conversations
listlengths 4
337
| speakers
sequencelengths 2
3
| product_name
stringclasses 10
values | file_name
stringlengths 19
26
|
---|---|---|---|
[
{
"utterance": "大丈夫か、ニコ",
"speaker": "姫"
},
{
"utterance": "俺は、倒れたニコをそっと抱き上げ声をかける。\n既に立ち上がる力も残っていないのか、ニコは弱々しい微笑みで俺を見上げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……す、すみません……あまり大丈夫とは……",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "姫にぃ……女の子にちょっとやりすぎ……でもないか。これ、おしおきだもんね",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "はは……妹さまは、厳しいですね……",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "皇女だけじゃないぞ。俺だって厳しい\nだけど、これでおしまいだ",
"speaker": "姫"
},
{
"utterance": "……すみません。そういうわけにはいかないんです……\nう、く……",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "そんな力はもうどこにも残っていないくせに、それでもニコは立ち上がろうとする。\nそれは、リンセを守りたいっていう想いからなんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "無理だよ、ニコ。もう休め\nリンセのことなら大丈夫だ",
"speaker": "姫"
},
{
"utterance": "大丈夫、じゃないんです……あの子は……あぐっ",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "痛みに顔をしかめながら、それでもなお諦めないニコ。俺は、そんなニコを本気で諫めようと……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いいかげんにしなさい!",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "え……",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "俺が行動するよりも早く、皇女の雷が落ちた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "姫にぃが言ったでしょ、リンセは大丈夫だって。姫にぃが言った以上、それはもう大丈夫なの!あなたの主さまなんだから信じなさいよ!",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "でも、どうやって……",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "あたしが姫にぃを受け入れればいいんでしょ。簡単じゃない\nあたしの姫にぃへの想いをなめないで!背徳?この世で一番素敵な言葉じゃない♪",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "いいんですか……?主さまと妹さまの関係は……",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "あたしのブラコンなめんな!いったい何年、お兄ちゃんのこと見つめ続けてたと思ってるのよ!",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "いや、皇女さん?正直その発言はかなり……",
"speaker": "姫"
},
{
"utterance": "ふん。そもそも、あたしをこんなに惚れさせたお兄ちゃんが悪いっ。いやなら代わりにかっこいい男の人紹介してよ、お兄ちゃんの代わりになるくらいの!",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "デイルとかかなり……",
"speaker": "姫"
},
{
"utterance": "却下!確かに強いし頭いいし気は利くしかっこいいとは思うけど、兄成分がない!",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "いやお前、それはどうかと思うぞ兄的に!",
"speaker": "姫"
},
{
"utterance": "クス",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "そんな俺達のやり取りに、ニコは笑った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "さすがは主さまの妹ですね",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "まったくだ、昔はもっと大人しい印象だったんだけどなあ",
"speaker": "姫"
},
{
"utterance": "ふふ。愛する想いの強さはよく分かってます。だから、信じます",
"speaker": "ニコ"
},
{
"utterance": "それは、紛れもない本心からの笑顔。心からの喜びに満ちた、最高の笑顔だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん、よろしい",
"speaker": "皇女"
},
{
"utterance": "そしてそれに応える皇女の顔も、紛れもない笑顔だった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"姫",
"ニコ",
"皇女"
] | 07_Endless Dungeon | 040005_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "静音が起こしてくれたおかげで朝食を食べ終わってからも多少の余裕はあったが、せっかくの入学式だしと、俺と静音は早めに家を出た。\n安綱だけは静音の親父さんと行くらしく、家を出た時点で別れたので、今は二人でこれから毎日歩く事になる通学路を歩いている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それにしてもいよいよ入学かぁ、ちょっとだけ緊張するわね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "だなぁ、何しろ日本で一番妖怪が多い学校だもんな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺達が今日から通う学園の名前は白峰学園。この白夜島の象徴の一つであり、日本で最も多くの妖怪を受け入れている学園だ。\nこの島にある学園だけに、最新鋭の設備が整っている事と、先ほど言った通り妖怪の受け入れ率が日本一な事などもあり、全国から入学希望者が絶えず、倍率はかなり高い。\n俺と静音も入学するまでに相当の苦労をしたが、ようやく今日それが報われると思うと感慨深い。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "本当、去年は受験勉強のせいでほとんど遊べなかったからな。入ったら学園生活を絶対に満喫するぞ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうね、あたしもそれは同意見だわ\nけど、五郎先輩の話だと、授業のレベルも結構高いらしいから、ちょっと不安ね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "その分丁寧に教えてくれるって話だし、まあ大丈夫でしょ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ま、確かに考えてみれば、あの五郎先輩が留年せずに無事二年に上がれたんだし、大丈夫よね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ははは、兄貴に聞かれたら怒られるぞ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まあでも、兄貴自身が自分は勉強が苦手だと言ってるぐらいだし、静音の言葉もあながち間違ってないかも。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……そういえばさ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ん?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "しばらく雑談をしながら、ゆっくりと学園に向かう途中、静音がふと思い出した様に尋ねてくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もしかして、昔の夢見てた?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "お?なんでわかったん?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "静音の言葉に驚き、思わず間の抜けた声をだしてしまう。確かに今日目覚める直前に見ていた夢は、かつて俺が“人でなくなった時”の夢だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "寝言で、雅とあたしの名前呼んでたから",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "マジで!?うわぁ、恥ずい!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "人に寝言を聞かれるというのは思いの他恥ずかしいものだ。それが、人の名前となればなおさらだ。\nしかし、わりとガチで恥ずかしがる俺を見ながら、静音はあくまでも真剣に聞いてくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あの日の夢?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "正解。ここ最近はずっと見てなかったんだけど、昨日おやっさんと雅の話をしたからかな?久々に夢に見たよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は幼い頃に遭った事故によって、生死の境を彷徨った。というより、俺はあの日一度本当に死んだのだ。これは比喩などではなく、確実に一度心臓が止まったらしい。\n一命こそ取り留めたが、あの日の記憶は俺の脳に強く刻み込まれてしまったらしい。一時期は毎晩のようにあの事故で死ぬ夢を見ては飛び起き、寝不足な日々が続いた。\nまあ、当然ながら既に克服して、今ではたまに夢に見る程度だ。それにもし見たとしても飛び起きる程の悪夢にならない事が多い。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "一応聞いておくけど大丈夫よね?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "はは、静音は心配性だなぁ。このぐらい大丈夫だって、昔と比べると全然安定してるんだから",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それならいいんだけど。ちょっとでも何かあったらすぐに相談しなさいよ?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "わかってるって",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "たかが夢の事にと思うかもしれないが、静音がここまで敏感に反応するのにはちゃんとした訳がある。\n先ほどの事故、というより命を救われた事による、後遺症と言うか副産物によって、俺は精神的に強く動揺したりすると、ある発作を起こしてしまう事がある。\n静音はそれを心配してるのだろうが、さすがに子供じゃあるまいし、この年で悪夢でパニックを起こすほどの動揺はしない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それにしても、できれば雅とも同じ学園に通いたかったな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうね、三人で一緒の学園に通えたら楽しかったでしょうね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "空気を変える為に、意識して明るく静音に話題を振った。静音もそれを分かってくれたのか、笑顔でこちらに言葉を返してくれる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そういえば、あの子、どこの学園に進学したのかしら?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "あれ?そういえば聞いてなかったな。今度聞いてみよう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうね。おやじさんが言うにはそろそろ雅の周りも落ち着くみたいだし、今度こっちから手紙だしましょ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そうしてその後も適当に雑談をしつつ歩き、俺達は白峰学園の前へと到着した。\n静音と二人で校舎を軽く見上げる。相変わらず規模が大きい学園だ。ぱっと見で学園には見えない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、和登くん、静音さん",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "お、大樹",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "聞き慣れた声に振り返ると、制服姿の大樹が手を振っていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "偶然ね、そっちも今来たところ?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ええ、ちょっと時間に余裕が出来たので、早めに来てみました",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "へえ、和登と同じで結構遅くまでゲームでもやってそうなのに、その辺はしっかりしてるのね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "和登くんがどうかしたんですか?",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "和登は今日はあたしに起こされて目が覚めたのよ。あたしがいなければ遅刻確定だったわね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "なるほど、あいかわらず仲がいいですね二人とも",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "大樹が静音の言葉に小さく笑うのを見て、俺は苦笑する。\n今は勝ち誇っているが、普段は朝に弱く、むしろ俺に起こされることのが多いくせに、ということは言わないでおいてやろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも昨日は確かネトゲのイベントだっただろ?俺は積みゲーを消化する為に軽く覗いただけで落ちちゃったけど、大樹はあの後もいたんだろ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ、もちろんですよ。あんなおいしいイベントを放っておくのはもったいないですから",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "なんの話?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ネトゲの話だよ。ほら、俺と大樹と兄貴が三人でやってるオンラインゲーム",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ああ、あれね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺と大樹はどちらもゲームオタクだが、どちらかと言えば俺はコンシューマやPCゲームよりで、大樹はネットワークゲームやアーケードよりのゲームオタクだ。\n先日のゲーセンでも分かる通り、大樹は一度のめり込んだものはとことんまでやりこんで極めるタイプの人間なので、ネトゲのイベントにも熱心に参加している。\n故に昨日などイベントがある日は、俺と同じように明け方までPCとにらめっこしている筈なのだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大樹は俺と同じように休み最後だからって、明け方までプレイしてると思ったよ。だから入学式もギリギリに来そうだな、なんて思っててさ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "失礼な、いくら僕でもそれくらい考えてますよ。しっかり寝坊等をしないように対策を講じました",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "へぇ、どんな?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "簡単な話です、眠らなければ寝坊しませんよね?",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "………は?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "いえ、ですから、眠らずにぶっ通しで朝まで続ければ、効率的にもおいしく、寝坊する心配もありません。完璧です",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "いや、おかしい!絶対におかしいからそれ!",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そうでしょうか?",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "あっさりと言ってのける大樹だが、よく見ると目の下には薄く隈が出来ている。本当に朝まで寝ずにプレイを続けていたのだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ちょっと、和登からも何か言ってやんなさいよ。さすがに徹夜は体に悪いって……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "さすがは大樹だ。お前天才じゃね?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "おかしいの一人じゃなかったー!",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "一瞬でも大樹の理論は間違っていないと思ってしまった時点で、俺も相当なものだろう。\nまあ、さすがに次の日がきつくなるので、徹夜でゲームなんてそうそうやらないが。\n連休以外は。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まったく、そんなんで入学式大丈夫でしょうね?式中に居眠りなんてしないでよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "おいこら、何で二人して目をそらす",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "できることなら大丈夫だと胸を張って言いたい所だが、なにぶん今日は天気も良く気持ちのいい陽気だ。\n寝不足の状態で、ただでさえ眠くなる入学式を無事に乗り越えられる自信は正直ない。それはおそらく大樹も同じであろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "と、とりあえず、集合場所行こう。新入生は最初教室に集合らしいから",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうですね、クラス分けももう発表されてるようですし、見に行きましょう",
"speaker": "大樹"
},
{
"utterance": "露骨な話題そらしだけど、まあいいわ。クラス分けはあたしも気になるし、見に行きましょう",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "話題が変わったことにほっとしつつ、俺達はクラス表が貼ってある場所へと歩いて行った。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"静音",
"大樹"
] | 08_Impury | 0105_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "全員で騒げば時間が過ぎるのはあっという間だ。気がつけば空は茜色に染まっていて、今日の所はこの辺で解散という流れになった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふう、楽しかったな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうね、久しぶりに雅と会ったけど、やっぱりあの子、全然変わってなかったわね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "だな、昔のままだ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "一条戻り橋を出て、それぞれが家路に向かう。兄貴と蓮華ちゃんは別方向なので店を出た所で別れた。\n大樹は同じ方向だったので一緒に帰るつもりだったのだが、どうやらネトゲの方で約束があったらしく、慌てて先に帰ってしまった。\nそのため、帰り道は俺と静音の二人で、のんびりと家に向かって歩いていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あの子の決意、聞いたんでしょ?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そんな静かな帰り道の途中で、ぽつりと呟くように静音が聞いてきた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ああ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺はその言葉に小さくうなずく。それに対して、静音はそっかと呟いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、そうなるんじゃないかなって、予感はしてたんだ。あの子、あんたを変えちゃったこと、気にしてたし",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺は気にしなくていいって言ったんだけどな。むしろ感謝してるって",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それで納得するような子じゃないのは、あんただってよく知ってるでしょ?一度決めたら絶対折れないし曲がらない、そういう所は本当に鬼の娘よね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "違いないな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そういって互いに軽く笑い合った後、静音はやっぱり同じ調子で軽く聞いてくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも雅の方もそうだけど、あたしが立てた誓いも忘れてないでしょうね?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そりゃもちろん",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そ、なら大丈夫ね。まあ、心配はしてなかったけど",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺が即答すると、どこか安心したように言葉を返してきた。\n忘れる訳がない。なにせ、俺がこうやって日々を安心して過ごせるのは、あの時の誓いがあるからに他ならないのだから。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、そうだ。ちょっとコンビニ寄っていいか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いいけど、何か買う物でもあるの?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "少しだけしんみりした雰囲気を吹き飛ばすように、俺は静音にコンビニに寄りたいと提案する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おう!今日から発売のシャリュトリュクリームパンを買っていかないといけないんだ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あんた、さっきおやじさんの所でデザート食べたのに、まだクリームパンなんて食べるの?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "あ、いや、ぶっちゃけクリームパンはどうでもいいんだ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "はぁ?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺の言葉に静音が盛大に首をかしげる。普通に考えてクリームパンを買ったにも関わらず、クリームパンに用は無いと言えば、そういう反応にもなるだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺の真の目的はシャリュトリュクリームパンについてくる、ロゼブルウォーズのプロモーションカードだ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それって、確かあんたがはまってるカードゲームだっけ?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そうそう、今日から期間限定でクリームパンにプロモカードが付属するから、絶対にゲットしないと",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あきれた。カードの為にパンを買うなんて",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "いや、それは俺も思うけど、今手に入れとかないと、多分絶対手に入らないし……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん、まあ俺自身、カードの為にパンを買うのはどうかと思うが、これもカードゲーマーの性だ。\nというか、メーカー側も食品にプロモカードつけるのは勘弁していただきたい。コンプリートするまで朝食が毎日クリームパンだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、いいわ。コンビニ行くならさっさと行きましょ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "おう!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は呆れる静音を尻目に、ノリノリでコンビニに向かって歩き出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よっしゃー、無事ゲット!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は無事にクリームパンを手に入れ、それを貢ぎ物よろしく空にかがげていた。三つほど。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まさか、三つも買うとは思わなかったわ……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "いや、だって入ってるカードが何種かあって、それがランダムで入ってるから……コンプするためには数を買うしかないのです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ちなみに、全何種類なのよ?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "十種類……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "は?じゃあ、全部集めるために、最低十個は買わないといけないわけ?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "あ、いや、一つのデッキに入るのが三枚までで、それぞれ三枚ずつ集めたいから……単純計算で、最低三十個は買う計算に……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あんたそれ、完全に売り手側に踊らされてるじゃない",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "おっしゃる通りです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "静音の言葉に頭を下げる。いや、俺だって分かってるんだよ。分かってるけどやめられないのがカードゲーマーの性というか、文句言いつつ買ってしまうというか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "言っておくけど、いくらカードが目当てだからって、食べ物をないがしろにするのは許さないわよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "当然、ちゃんと全部食べるよ。まあ、多分しばらくの間、朝食はクリームパン固定だけど……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だからメーカーさん、日持ちしない商品にプロモつけるのはマジで勘弁してください。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、というわけで、食べ物をないがしろにしない事にご協力ください",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "え?なに、くれるの?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺はカードをはがしたクリームパンの一つを、再び貢ぎ物よろしく静音に差し出す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん、さすがに明日の朝食べるにしても三つは多いので一つもらってくれ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いや、別にくれるなら断らないけど、本当にいいの?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "むしろ、貰って下さいお願いします",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "別にクリームパンは嫌いじゃないが、今後、毎朝これを食べ続けるとなると話は別だ。少しでも減らしておくに越したことはない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん、じゃあありがたく貰っておくわ。ありがと",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "多分、今後もちょいちょいお願いすると思うからお願いします",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まあ、たまにだったらね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そう言って静音はうれしそうにパンを一つ受け取った。俺がその笑顔に少しだけ見とれていると。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "んにゃー",
"speaker": "猫"
},
{
"utterance": "猫!?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "うおっ!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "後方から聞こえた猫の鳴き声に、静音は勢いよく振り向いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どこ?どこから?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ああ、あそこだ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "周囲をきょろきょろ見回す静音の肩を叩き、近くの塀の上でこちらを見下ろしている猫を指さす。首輪をつけてないところを見ると、野良だろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、本当だ~、かわいい~",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "静音は、先ほどの笑顔を吹き飛ばすほどの眩しい笑顔で、猫に手を伸ばす。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "相変わらず、猫が好きだなぁ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "違うわよ。猫が好きなんじゃないわ、猫“も”好きなのよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "さいですか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "こう見えて静音は猫等の小動物が大好きで、部屋にもそれ系統のぬいぐるみがあふれている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "にゃ?",
"speaker": "猫"
},
{
"utterance": "猫ちゃんおいで~",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そういって猫にしきりに声をかけるが、野良猫がそう簡単に人の声に応えるはずもなく、不思議そうに首をかしげるだけだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん~、何か餌になるものがないと駄目そうね。何かないかしら?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "クリームパンならあるけど?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんなもの、あげられるわけないでしょ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ですよねー",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それにしてもあの猫、降りてこないわりにここから離れようとしないな。こちらをじっと見下ろしているだけだが、何が目当てなんだろう。\nそう思った瞬間。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うにゃー!",
"speaker": "猫"
},
{
"utterance": "え!?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "はぁ!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いきなり鳴いたかと思うと、俺に向かって飛びかかってきた。\n突然の事に俺が反応出来ずにいると。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "んにゃ!",
"speaker": "猫"
},
{
"utterance": "げっ!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うそっ!?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺の手に持っていたクリームパンの包みを咥えて、そのまま走り出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はぁ!?ちょ、ちょっと待て!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は未だ何が起こったか分からない静音に、持っていた鞄と残りのクリームパンを押しつける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ちょっ、和登!?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "すまん!荷物頼む!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そして、そのまま静音の抗議の声を無視して猫を追って走り出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぬおおおおお!待ちやがれえええええ!それにはまだカードが付いとるんじゃああああああ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "最悪クリームパンだけなら仕方ないと諦めもつくが、あのパンについているカードはまだ回収していない。それだけは確保しないわけにはいかない。\n俺は後ろから聞こえてくる静音の声にも耳を貸さず、見失わないように全力疾走で猫を追いかけた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"静音",
"猫"
] | 08_Impury | 0114_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "昼休み明けの体育の授業が終わり、教室に戻ろうとしていた所で、水飲み場で首をかしげている雅と静音の二人を見つけた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あれ?雅に静音、どうしたんだ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、かずくん",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "それがね。なんだかこの水飲み場、調子が悪いのよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "調子が悪い?水が出ないのか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ううん、出るには出るんだけど、ほら",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "うわ、水流よっわ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "雅が蛇口を捻ると、水は出るのだがその水流はかなり弱々しく、一見してそれが正常な状態ではない事がわかる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ね?だから今、白子に先生呼んできて貰ってるわ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ふーん、なるほどね。それで二人はここで白子が誰か先生を連れてくるのを待ってたわけか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺の言葉に二人が頷く。確かにこれは、誰か先生を呼んできた方がいいだろう、何が原因かはわからないが、すぐに直せるものなら、直してしまうに越したことはない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あれ?しずちゃん、今度は水止まっちゃったよ?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "あ、本当だ。こりゃいよいよ駄目ね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "さきほどまで、水流こそ弱いもののかろうじて出ていた水すらもが、ついに止まってしまった。そんな蛇口を雅が閉じたり開いたりしている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "先生が来るまであんまりいじるなよ?なんか嫌な予感するし",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、うん。そうだね",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "あれ?なんか変な音しない?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "静音の言葉に、俺と雅は顔を見合わせると耳を澄ませる。確かに、蛇口の奥の方から妙な音が聞こえるような気がする。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん?そういえば……って、やばい!そこから離れろ雅!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "へ?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "それが何の音か気がついた瞬間、俺は慌てて雅にそこから離れるように言うが、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ!きゃあああああ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "うわっちゃぁ。こいつは酷い",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "時既に遅し。今までの鬱憤を晴らすかのような勢いで、水が噴き出し雅を襲った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "何かが詰まってたのかしら?また勢いよく吹き出したものね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ふええええん",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "っと、驚いてる場合じゃないか。おーい、大丈夫か雅?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "大丈夫?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "全然、大丈夫じゃないよ……もーびしょびしょ",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "情けない声を上げる雅に、俺と静音は慌てて駆け寄った。かなりの勢いを受けて後ろに倒れてしまった雅は、その場にへたり混んで涙目になってしまっている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんな雅に視線を送った瞬間、俺はあることに気がつき、慌てて視線をそらした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あっちゃー、こりゃまた盛大に……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "もう最悪だよぉ……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "しかし、当の雅は自分の惨状に気がついていないらしく、特に慌てた様子もない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えーと、雅?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ん、なに、しずちゃん?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "下着、ばっちりすけちゃってるわよ~",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "へ?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そんな雅を見かねたのか、静音が苦笑しながら指摘する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅は一瞬きょとんとした後に、視線をゆっくりと自分の体に向ける。そしてようやく自分の格好に気がついたのか、慌てて両手で胸を覆った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まったくこの子は、変な所で無防備なんだから。体操服でずぶ濡れになれば透けちゃうに決まってるじゃない",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "か、かずくんは……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "だ、大丈夫だ!見てない、みてないぞぉ俺は!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "先ほどより情けない声を上げる雅に、俺はぶんぶんと首を振る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうよね、ちょろっとしか見てないわよね。すぐに顔を背けたから",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "はうっ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "い、いや!大丈夫だって!すぐに顔背けたから、ほとんど見れなかったから!色と形ぐらいで、それ以外は全然!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いや、色と形って、要するに全部ばっちり見たってことじゃない",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ううう……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "まあそうとも言う。何しろかなり盛大に透けてしまっているわけで、この状態で男に見るなは中々に酷というものだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、ほら、涙目にならないの。和登以外に見られる前にさっさと着替えに行きましょ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "う、うん",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "確かに、俺はともかく他の男子に雅のこの姿は見せたくないな。うん、俺はともかく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うう、かずくんに見られるなら、もっと気合の入れた下着つけてきたのに……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "いや、あんた落ち込むところがおかしい",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "…………もっと見れば良かった……",
"speaker": "和登"
}
] | [
"和登",
"静音",
"雅"
] | 08_Impury | 0209_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "うわ、降って来ちゃったよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "九十九神の事件も無事解決した放課後、俺は用事があって商店街へと足を運んだのだが、間が悪いことに用事が丁度終わった所で降り出されてしまった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うお、こりゃまた一気にきたな",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "和登さん大丈夫ですか?これから帰るのに",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "ああ、大丈夫、大丈夫。折りたたみ持ってきてるし",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "丁度一緒に買い物に来ていた兄貴と蓮華ちゃんが心配そうに尋ねてくるが、今日の天気予報はしっかりチェックしていたので抜かりは一切無い。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "悪いな。オレ達に付き合わせる形になっちまってよ",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "まあ、俺もこっちに用事あったしね\nそれより、この雨の中、静音の家に寄らないと行けないのが憂鬱だよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "このまま家に直行ならば大した距離はないのだが、俺はこの後静音の家による予定があるのでそれが出来ず、ガックリと肩を落としてしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あー、雨の中あの階段を昇るのは大変ですよね",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "そう、別に距離的なことだけならいいのだが、天城神社は山の中腹にある関係上、境内に入るまでそれなりに長い階段を昇る必要がある。\n普段なら何とも思わないが、この雨の中あれを昇るのはやはり少々面倒だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "足滑らせて転げ落ちるんじゃねえぞ?",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "気をつけるよ。それじゃあ、これ以上雨が強くなる前に帰るよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "はい。それじゃあ、お気を付けて",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "手を振ってくれる蓮華ちゃんに手を振り返しながら、俺は折りたたみ傘を持ってアーケードの外へと向かった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おう、それじゃあ、また日曜な。忘れんなよ",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "分かってるって!十時にゲーセン前でね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "手を振り上げて明日の確認をしてくる兄貴に、こちらも手を上げて返す。\n明日は、記念すべきパト部最初の事件を解決したお祝いもかねて、みんなで遊びに行くことになっている。それを忘れるわけがない。\n美琴さんも来てくれるらしいし、うん、本当に楽しみだ。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"蓮華",
"五郎"
] | 08_Impury | 0212_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "美琴さんとの屋上での素敵イベントから、さらに数日後。俺は生徒会室に、ある生徒の資料を持ってやってきていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それで、この男子生徒が噂を拡散しているわけか",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "手元に持った資料にある妖怪の生徒の写真を見ながら美琴さんが尋ねて来たので、俺はしっかりと頷き返す。\nそう、美琴さんのアドバイスもあり、俺達はあれからさらに数日をかけて、ようやく犯人らしき人物に当たりをつける事に成功したのだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ええ、確証はありませんけど、ほぼ間違いないと思います。この生徒のHP内にある裏サイトでも、この噂を積極的に取りあげています",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "裏サイト?",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "裏サイトとは、表向きのサイトとは別に、特別なアクセス方法やパスワードがなければ閲覧出来ないサイトで、HPを所有する人がたまに作っていたりするものだ。\n裏サイトを作る理由は作成者によってまちまちだが、大抵は表に載せておくには少々問題がありそうな、アダルトコンテンツなどを扱う場合等に用いられる。\nそして、今回の犯人が運営していると思われるHPの裏サイトのコンテンツも、表に載せておくには少々問題のあるものだった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "違法薬物系の情報サイトです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺が裏サイトについての説明と共に二人にそう告げると、二人は困った様に顔をしかめた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "違法薬物って……それ大丈夫なんですか?",
"speaker": "白子"
},
{
"utterance": "あくまでも情報サイトで、本人が扱ってる訳じゃないからな。あくまでこういう薬が存在するって感じの情報を載せてるだけだ\nそれに裏サイトって事で、十八歳未満の人は入れないようになってる。扱ってる情報自体はグレーだけど、サイトとしては問題ないレベルにぎりぎり収まってる",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そして、その裏サイトに今回の薬に関する情報が載っていたわけか",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "ええ。いくつかの信憑性が高いって言われてる情報をたどっていった結果、このサイトに行き着きました\n恐らくはこのサイトの運営者が最初の拡散を行った生徒だと思います\n実際、現在でも裏サイトでは噂の薬に関しての特集が組まれたりしてますし、存在をほのめかす発言もいくつかログから発見しました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺からの説明に、なるほどと二人が頷くが、白子がふと何かを思いついたように首を傾げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも、サイトの表側も薬等の情報を扱ってますよね?どうして生徒会で調べた時にこれほどあからさまなサイトを見逃したのでしょう?",
"speaker": "白子"
},
{
"utterance": "白子の言葉はもっともで、これほどあからさまサイトならば、本来は捜査開始直後に見つかってもおかしくないはずだ。\nしかし、実はこのサイト、かなり巧妙な手段で学園や俺達に発見されるのを避けていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それなんですけど、多分美琴さん達、学内からインターネットにアクセスして探しませんでした?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ああ、そうだが、それがどうかしたのか?",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "やっぱり。それだと多分絶対に見つかりません",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "どういう事ですか?",
"speaker": "白子"
},
{
"utterance": "俺の言葉の意味が分からないのか、どういう事かと聞き返してきた二人に、俺は生徒会室にもあるパソコンを見ながら説明する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "フィルターだよ。学内から外部ネットに接続する場合、アダルトサイトなんかの俗に言う有害サイトは、自動的に検索から弾かれるようになってるんだ\nもちろん検索できないだけじゃなくて、そういうサイトにアクセスしようとすると、自動的にアクセス制限がかかってアクセスできないようになってる",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうか、そこを逆手に取られたか",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "さすが美琴さんと言うべきか、こちらの説明が終わる前に犯人の手口に気がついたらしく、やられたなといった風に顔をしかめる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はい。わざとアダルトサイトの広告やリンクをサイト内に置いたり、アダルトコンテンツを置くことで、意図的に学園側からサイトの存在を消すことができます\n俺達もそれに引っかかりました。学内から調べている場合、このサイトは絶対に発見できません",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "実際、俺達が調査に行き詰まった最大の原因がこれだ。\n俺達の調査は基本的に部活動中に行われるため、当然ながらインターネット等の調査も、学内のPCを使っている。\n別に部活の時間以外一切調査をしない訳ではないが、やはりよほどの事がない限りは調査を行うのは部活中だ。\n俺達も、家に帰ればさすがに普通に学園の課題や遊びなどに時間を割くので、家でまで熱心に調査はしない。\n本来はそれが普通の事なのだが、今回はそれが完全に裏目に出てしまった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "巧妙だな……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "本人が意図して行ったことかまでは分かりませんけど、個人的には限りなく黒だと思います",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "さすがですね。よくこの短期間でここまで",
"speaker": "白子"
},
{
"utterance": "正直、今回は相当苦労したけどね……足での聞き込みから、ネットでの情報集め。学園どころか学外の情報まで統合して、ようやくたどり着いたよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "実際美琴さんのアドバイスを元に、学外からのアプローチを試してみなければ、恐らくここにたどり着く事は出来なかっただろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お疲れ様だ。毎度の事ながら助かるよ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "依頼を受けた以上、必ず完遂する!それがパト部ですから",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "美琴さんの笑顔に、サムズアップしながら答える。今回はかなり苦労したが、それでもやはりこうして誰かの役に立つのは気持ちがいいものだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "本当に板についてきましたね",
"speaker": "白子"
},
{
"utterance": "はは、まったくだ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "そんな俺の姿に美琴さんは小さく笑った後、真剣な面持ちで資料を見つめながら話す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それじゃあ、さっそくご本人に話を聞きに行こうか",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "お、さすが美琴さん、行動が早いですね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ああ、こういうのは早いほうがいいからな。白子、一人この場へ招待することになりそうだ。先生への連絡とお茶の用意を頼む",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "はい、わかりました",
"speaker": "白子"
},
{
"utterance": "こうなった美琴さんの行動は早くて正確だ。白子にテキパキと指示を出すと、生徒会室を後にする。\nまあ、美琴さんなら大丈夫だとは思うけれど、念のため俺もその後を追い、件の生徒がいるクラスへと二人で向かった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"美琴",
"白子"
] | 08_Impury | 0261_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "それじゃあ、少しここで待っててくれ。わたしは件の生徒を呼び出してくるよ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "はい、わかりました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "件の生徒がいる教室に着き、早速生徒を呼び出そうと美琴さんが教室の中へと入っていく。\n一瞬俺もついて行こうと思ったが、ここは二年生の教室なだけに、さすがにそこまでする度胸はなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "失礼するよ、実は――",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "そうして、教室の外で待つこと数分、俺がそろそろ暇を持て余し始めた頃。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "こら!待つんだ!",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "突如美琴さんの大きな声が、廊下で待っている俺の耳へと届いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うるせぇ!どけぇ!!",
"speaker": "男子生徒"
},
{
"utterance": "きゃあ!",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "一体何事かと思った直後、中から件の生徒だと思われる者の怒号と美琴さんの悲鳴、そして机が倒れる音が廊下にまで響いてきたため、俺は慌てて教室内に入った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "美琴さん!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それと入れ違いに男が教室から飛び出す。\nぶつかりそうになったのを何とか避け、俺は床に倒れた美琴さんの元へと駆け寄った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大丈夫ですか!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、ああ、少し突き飛ばされただけだ。それよりあの生徒を追わないと!",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "やっぱり、さっきの奴が!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ああ、わたしが話を聞いたらあっさりとボロを出したよ。しかし生徒会室で話がしたいと言ったら、急に動揺して逃げ出した",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "なにか、後ろめたい事があるのか……?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "とにかく、あの生徒を捕まえないと!",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "分かりました、パト部のメンバーにも連絡します。手分けして捕まえましょう!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "美琴さんの言葉に俺は急いで携帯を取りだし、部室で待機している静音達に連絡を取る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああ、わたしもあまり事を大きくしたくない。出来れば我々だけで捕まえるぞ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "了解!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は耳に携帯を押しつけたまま、美琴さんの言葉に応えると、その直後に出た静音に口早に今の状況を伝えた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"美琴",
"男子生徒"
] | 08_Impury | 0262_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "どうだ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺の質問に、静音は地面に触れていた手を離すと、こちらに振り返った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "一応これで、しばらく大丈夫。ただ、あくまで応急処置だから、これ以上は安綱がいないと無理。今度安綱を連れてちゃんと妖力を祓わないと",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "不良生徒達を確保してからしばらく、俺と静音、雅の三人はそいつらを美琴さんと兄貴に任せ、周囲の調査と妖力の淀みに対する応急処置を行っていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そっか……妖力が淀んでいた原因はやっぱりこれか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "多分……ここって山の地脈のほぼ真上だから、ここに異物を流し込むと山全体に広がっちゃうのよ\nまだそれほど大きく広がってないけど、この辺りは流し込まれた場所が近いから、影響が他の場所より顕著に表れたんだと思う",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "わかりやすく言うと、山全体に力を循環させている動脈部のような場所に異物を流し込み、山の力が正常に循環するのを阻害してしまっているという事だ。\nその結果、妖力が正しく山全体に散らず、淀みを生み出してしまっているのだそうだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "一体何が目的でこんな事を……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "分からないけど……ともかくこれ以上妖力の淀みが広がると、住んでる動物や妖怪に悪影響でちゃうから、すぐに祓わないと",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そうだなと頷くと、丁度おやっさんに電話していた雅が電話を耳から離した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん、お父さんと連絡とれたよ。すぐにこっちに来てくれるって",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そっか、とりあえず今はここで待ってようか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "流石に事態が事態なので、おやっさんにも報告した方がいいだろうと、雅に頼んで連絡を取ってもらった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、美琴先輩からメール。無事学園に着いたって。今は先生に報告して、あの三人組は生徒指導室に放り込んだって",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ああ、こっちにも同じのが届いてる。まあ、美琴さんと兄貴が連行してったからね。心配はしてなかったけど、無事に着いて良かった",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "でも、本当に薬物事件と繋がってたね",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ああ、正直別件だと思ってたんだけどな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あの人達、バイトがどうこう叫んでたけど。一体だれが何の目的でこんなことしたのかしら……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "正直検討もつかない。けど、もしかしたら化け猫事件やカマイタチ事件もこの件と繋がってるのかもしれないな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "え?どうして?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "俺の言葉に雅が不思議そうに首を捻る。\n俺は、あくまでも仮説だがと前置きして、理由を説明し始めた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ほら、じんべぇもカマイタチ兄妹も元々この山の中に住んでたのに、山を降りざるを得ない状況になったって話してただろ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、そういえばそうね。じんべぇの方は不自然に力をつけちゃったからだし、カマイタチの方は長男の様子がおかしくなったことが原因だったわね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "だとしたら、もうずっと前から?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "少なくとも、今回が初めてって事はないと思う",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いくら定期的にあたしと安綱が山を見てるっていっても、限界はあるしね。もし、本来なら絶対に淀みが出来ないような場所に意図的に淀みを作られたら気がつかないかも\nまさか、誰かが意図的に妖力の淀みを作ってるなんて、想像もしてなかったし",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "この手の事に対して専門家である静音や安綱にも気づかれずに事を運んだとなると、かなり巧妙に計画を立てていたんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん~、でも、そう考えると腑に落ちない事があるんだよなあ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、もしかして、この前言ってたあからさま過ぎるってこと?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そう。もし今まで静音や安綱が気がつかないほど巧妙にこの山への干渉を続けていたのだとしたら、今回に限ってどうしてこんなずさんな方法で干渉したのかが気になる",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "確かにそうね。こんな簡単に見つかるような方法を今回とった理由は気になるわよね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "何か意図があるのか……?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そこまで考えたところで、雅が何かに気がついたように、近くの木の陰へ視線を飛ばす。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "誰!?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅がそう声を張り上げた直後、かなりのスピードで誰かが山の奥へと消えていくのが見えた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "今の誰!?さっきの奴らの仲間!?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "分からない。けど追いかけて事情を聞いた方が良さそうだな。雅、ついてきてくれ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん、わかった",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "あの先輩達の仲間にしろ何にしろ、この状況で姿を隠していて、見つかった途端に逃げ出すなんて、どう考えても怪しすぎる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "静音はここで現場が荒らされないか見張っててくれ。すぐにおやっさんも来ると思うから、そしたら事情の説明を頼む",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "本当は全員で行きたいところだが、俺達が全員離れているうちに、この場から証拠品か何かでも持ち去られたら洒落にならない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ええ、分かったわ。二人とも、気をつけて",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "静音はこちらの意図をすぐに理解してくれて、ここは任されたと胸を張る。\nそれを見て安心すると、俺は雅と共に駆け出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああ!それじゃあ行ってくる",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ここお願いね、しずちゃん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅と共に、逃げ出した人物を追って山の中を駆け回る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "雅、相手の場所は分かるか!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん、大丈夫。相手の妖力を覚えたから、ちゃんと追いかけられるよ",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "現状は相手を視認することすら出来ないが、雅が相手の位置を把握してくれているのなら安心だろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "妖力持ちって事は妖怪か",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "多分そうだと思う",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "全速力で走ること数分、雅がもう少しで追いつくと話した直後、驚いたように声を上げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、あれ?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "どうした?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺の問いに、雅は動揺した様に数度瞬きしてから、信じられないといった風に言葉を返してきた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "急に妖力が消えちゃった……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "どういうことだ?結界でも張られたのか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "相手が妖怪であるのなら、妖術を使われた可能性は否定出来ない。\nしかし、だったら何故最初から、それを使わなかったんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "分からない。けど、さっきまで追ってた妖力が急に弱くなって、そのまま消えちゃって……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "うーん、このままじゃ追いつかれると思って、どこかに隠れたのか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうだとしても、やはり腑に落ちず、俺達は立ち止まり首を捻った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうしよう、かずくん",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "妖力はすぐ近くまで迫ってたんだよな?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん、あと少しって所まで気配が近づいてた",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ということは、近くに潜んでいる可能性が高いな。少し探してみよう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "とりあえずダメ元で周囲を探してみよう。本人が見つからなくても、もしかしたら手がかりか何かが見つかるかもしれない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "わかった。でも、気をつけてかずくん。この辺り、さっきと同じで妖力が少し淀んでる",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ということはこの近くにも薬はまかれたのか……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺達は慎重に辺りを探りながら前に進む。すると、奥の草むらの方に人影らしき者が飛び込むのが見えた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いた!追いかけよう!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "しかし、その草むらへと飛び込んでみたものの、そこには誰の姿も見えなかった。おかしいなと首をかしげた直後、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あっ、ぐっ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "きゃあ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "突如、俺達を煙のようなものが包み込んだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "な、なんだ……これ!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "体を襲う不快感に、口を手で覆う。いったい何が起こったんだと思った瞬間、雅が信じられないといった声で呟く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そ、そんな……瘴気!?どうしてこんな所に!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "なっ!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "以前静音に聞いた事がある。瘴気とは、妖力が一カ所に長い間留まり変質したもの。力を持たない人間ですら認識出来るほどの濃度になってしまった妖力の霧だと。\nそして、その強すぎる妖気の塊は、ありとあらゆる生物に悪影響を与えるという。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、ぐっ……あ、あああああああ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そこまで思い出した瞬間、俺の頭を激痛が襲う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "脳みそを何かに突き刺され、かき回されているかのような激痛。\n間違いない、これは狭間の者の発作だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "が、ぐ……み、みやび……に、にげ……ああああああ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ま、まさか……暴走?そんな、そんな兆候一度も!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "俺は残る意識を総動員して、雅に離れろと警告するが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "があああああああああああああああああああああああああああああああああ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "直後に、今まで経験したことのない激痛が全身を貫き、思考を停止せざるを得なかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "この瘴気のせい!?な、ならこの場を離れれば!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "に、にげろ!!俺から……!にげろおおおおおおおおおおおおお!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "失禁しかねない程の激痛に意識が遠のくが、気絶することは許してくれないようで。俺は全身を貫く痛みに、ただただ悲鳴を上げることしか出来なかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃああ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "駄目!それ以上破壊衝動に呑まれたら駄目!!かずくん!意識を強くもって!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "遠くで雅の声が聞こえるが、もはや漂白された俺の意思には届かない。いかに意識を振り絞ろうと、後から後から湧いてくる衝動がそれらを全て飲み込んでいく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "があああああああああああああああああああああああああああ!!!!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だめ……だめ……!それ以上覚醒が進んだら、戻ってこれなくちゃうよ!!かずくん!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そして俺は、雅の悲鳴じみた声を最後に、僅かに残った最後の意識を手放した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "……アアアア",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "衝動に身を任せ、俺は雅の体を掴み地面に押し倒す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ア、アアア……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ぐっ、い、痛い!痛いよかずくん!やめて!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅が苦痛に満ちた声を上げるが、俺は、もはやその声を認識することすら出来ない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ア……ア……アア……アアアアアア!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そ、そんな……まさか、完全覚醒……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "…………………………………………",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うそ、だよね……かずくん。こんな、こんな……こんなあっさりと、こんな突然になんて……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "…………………………………………",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんなのってないよ……かずくん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "……カワク",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……え?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "……チヲヨコセ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ウ、エル……チニク……クラウ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だめ!その衝動に身を任せちゃだめ!!これ以上覚醒が進んだら本当に返ってこれなくなっちゃうよ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ウエル……カワク……ウ、エル……カワク……チ……ヲ……ニクヲ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ひっ……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ウエル、カワク、ウエル、カワク、ウエルウエルウエルウエル!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "お願いかずくん……元に戻って!じゃないと……じゃないと私",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "じゃないと私!かずくんを殺さなくちゃいけなくなっちゃうよ!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "……ア、ア、ア",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は雅の悲鳴も気にせず、ただ血肉を貪りたい衝動に任せ、雅の首筋に食いつこうとするが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん……?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅の顔を目前で見た瞬間、その動きを止めてしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ミ、ヤ、ビ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "手の中の少女の名前を呟き、相手を見つめる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "こちらの理性が僅かながら戻った為か、雅の瞳に希望が灯り、再び俺の名前を叫ぶ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "みやび……あ、アアア!あああああああああああああああああ!!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "もう一度雅の名前を呟いた俺は、すぐさま雅から体を引き離した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃあ",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そして、少々乱暴に雅を突き飛ばし距離を取る。あのまま雅にくっついていたら、雅を傷つけてしまいそうだったので、少々強引な手段をとらせてもらった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっ、ああ!ざっ、けんな!俺は……俺、は!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺はそう叫ぶと、近くにあった木に思い切り頭を叩きつける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "この、程度で、まけ、ねぇ……そ!!雅を傷つけて!たまるか!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それを何度も何度も繰り返し、木に亀裂が入るが、そんなのを気にしてる余裕なんてない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "くるな!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "こちらの行動を見て、再び駆け寄ろうとする雅を、俺は大声で静止する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "っ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "た、のむ……い、いまは!いま、いまだけは……俺に、ちか、ずく……な!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "おま、え……を、傷つけ……たく、な、い!だ、から……に、げ、ろ!!俺の意識が少しでも残ってる間に逃げろ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "全ての意思力を振り絞って叫ぶ俺に、雅はまっすぐに視線を向けると、何かを決意したように一歩を踏み出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……大丈夫",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "平気……今のかずくんなら怖くない……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "だ、だめだ!くるな!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ごめんね……いきなりだったから動揺しちゃって。けど、もう平気。かずくんががんばってくれたから、今度は私ががんばる番",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ぐっ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "駄目だ来るなと叫ぼうとするが、強烈な頭痛が俺の意識をかき消しにかかる。駄目だ、今意識を手放したら今度こそ返ってこれなくなる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……かずくん",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんな俺を、雅がぎゅっと抱きしめる。先ほど俺が押し倒したときとは対象的に、母親が子供を優しくあやすように。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私はかずくんを信じてる……だから、かずくんも私を信じて",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "その刹那、なぜか不思議と頭痛が遠のいたような気がした。そして次の瞬間、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ごめんね、少しだけ眠ってて",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ぐっ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "衝撃が俺の体を貫いた。どうやら雅が俺を気絶させようと一撃を放ったらしい。\n雅の抱擁によって一瞬ではあったが体が弛緩していた俺は、なすすべもなく、その一撃に意識が遠のいていく。\nだが、不思議とそこに恐怖はなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……あり、がとう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は最後に笑顔で礼を告げると、そのまま意識を手放し、まどろみへと沈んでいった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"静音",
"雅"
] | 08_Impury | a308_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "うう……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "意識を取り戻すと、俺は自分の部屋のベッドの上に寝かされていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よう、目が覚めたか",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "おやっ……さん?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "霞む目を開き、近くに立っているおやっさんに視線を向けた瞬間。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "和登!",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "うごっ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "突如脇から現れた静音が、俺に抱きついて来た。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "バカ!バカバカバカ!!なに、あたしがいないところで、暴走してんのよ!!",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "し、静音さん!?ちょっ、絞まってる!絞まってるよ!?うごっ、く、くるしい!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ギブギブと静音の腕を叩くが、静音は力を緩めようとはしなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "せめてあたしが見てる所で暴走しなさいよ……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "し、静音……?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そこで俺は、静音の声が涙声である事に気がつく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ほんと……心配させんなバカ……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "……わるい",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "本気で心配をかけてしまった静音に、俺は短く謝った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はは、それぐらいにしときな、静音嬢ちゃん。カズ坊も十分反省してるだろうしな。それに、それ以上絞めると生存本能でカズ坊の血が活性化しちまうかもしんねえぞ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "あぅ……ごめんなさい",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "……いや、俺の方こそ悪い。ちょっとしくじっちまった",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ううん。話は雅から聞いてるけど、和登が悪いわけじゃないのは知ってるから……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺、途中で気絶しちゃったんだけど、雅は大丈夫だったか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "というより正確には、雅に気絶させてもらった。\nさもなければあそこで、さらに覚醒が進んでいたことだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "安心しな、雅はお前ががんばったおかげで傷一つねえよ。話を聞くかぎり完全覚醒直前までいっちまったらしいが、よく耐えたな。さすが俺様が見込んだ男だ\nだが、あいつも瘴気を浴びちまったからな。大丈夫だとは思うが念の為、下で安綱が瘴気を祓ってる。あいつ自身は平気でもお前に悪影響があるかもしれねえからな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "そっか……雅が無事で良かった……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "おやっさんの話に、俺はほっと胸をなで下ろす。\n正直、今回ばかりは本気でやばかった。理性が戻っている間に、雅に気絶させてもらえなかったら、本当に返ってこれなかったかもしれない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも本当にびっくりしたのよ。おやじさんを待ってたら、気絶したあんたを抱えて雅が走ってくるんだもの……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "あれから俺はどうなったんだ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "とりあえず、静音嬢ちゃんに体内の妖力を祓って貰って、暴走状態は収まった。だが、この短期間に二度の覚醒だ、正直楽観はできねえな\n本来ならすぐに研究所に放り込むとこなんだが、あいにく昨日から所長は留守にしててな。とりあえず、静音嬢ちゃんが鍵持ってるってんで、お前の家に運び込んだわけだ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "なるほど、それで自宅にいるわけだ。\nおやっさんや静音はあえて言わないが、恐らく所長がいないという理由で、受け入れを拒否されたのだろう。\n狭間の者の担当なんて、専門的な知識があったとしても普通はやりたがらないだろうから、仕方ないと言えば仕方ない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうだったのか。おやっさんも静音もありがとう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "別にかまわねえさ。だが、今回ばかりは肝を冷やしたぞ。まさか瘴気に突っ込んで覚醒するとは思ってなかったからな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "俺もです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "瘴気なんて、本来滅多なことじゃ発生しないのに……やっぱり、あいつらがまいてた薬の影響かしら……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "あ、そうだ。薬まいてた先輩達はどうなったんだ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "静音の言葉に、そのことを思い出し尋ねると、静音は軽く嘆息しながら答えた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "今は全員で仲良く警察で事情を聞いてるわ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "何か分かったのか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "全然。警察に行く前に学園内で美琴先輩や先生達が尋問したらしいんだけど、自分達はバイトで雇われただけで詳しい事は知らない、の一点張りよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "バイトで雇われた?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そ、なんでもネットを巡回して見つけたらしくてね。特定の場所に特定の薬物を散布するだけで結構なお金がもらえるらしいわ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "なんだそのうさんくさいアルバイトは。あの先輩達も、よくそんなアルバイト受ける気になったな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "けど、その話を聞いてそいつらが行ったURLにアクセスしてみても、何もなかったらしいわ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "でも薬物は直接そのバイト先から受け取ってるんだろ?そっちを調べれば……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あの薬は全部直接送られてきたものらしいわ。それに、バイト先とのやりとりは全部電話かメール。依頼人とは直接会ったこともないそうよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "なんだそりゃ?そんなんじゃ、どこまでが本当の事かわからないじゃないか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まあね。けど美琴先輩も含めてその場にいたメンバーの話を聞くと、嘘をついてるようには見えなかったって言ってたわ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "う~ん……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まあ、その辺はこれから追々調べていくさ。ここまで好き勝手やられて俺様もいらついてっからな。絶対に黒幕を暴いてやるぜ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "うお、おやっさんに狙われるなんて、犯人に少し同情",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "おやっさんの言葉に苦笑しつつ、俺は例の薬の事を思い出して聞いてみた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そういえば、余ってた薬は今はおやっさんが?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ああ、研究所に置いてきたが、ありゃ十中八九、この前の事件で使われた薬物とおんなじもんだな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "やっぱり……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あんなものが山にばらまかれてたなんて……今度安綱と山全体の検査をしないといけなそうだわ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "あんなもんがまかれてたんじゃ、妖力が淀んで瘴気が発生しちまうのもうなずける",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "一体、なんの目的で……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "正直、こんな事をして得をする人間なんているんだろうか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そいつは犯人とっ捕まえてみないとわかんねえな。正直想像もつかん",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "うーん……事件の真相を掴むつもりが結局謎が深まっちゃったな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "二人して首を捻る俺達を見て、おやっさんは呆れ顔で嘆息する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "たく、お前らは。あれほど関わるなって言ったのによ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "いやあ、気になったことは最後まで調べないと気が済まない質で",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ま、お前らがあのまま黙ってるとは思ってなかったがな。だが、今回の件はわりと洒落になってねえって事は、ちゃんと自覚しろよ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "……はい、反省してます",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "とりあえず、これ以上はマジで無茶はすんな。次に暴走起こしたら俺様だって庇いきれねえからな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "はい、猛省します……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それに関してはおやっさんに言われるまでもなく自覚している。正直今回は本気で死を覚悟した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "分かればいい。そんじゃあ、俺様達は帰るから今日はゆっくり休め。そんで明日は研究所で検査だ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "はい",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それじゃあ、あたしも帰るわね。何かあったらすぐ連絡しなさないよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ああ、また明日",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ん、また明日ね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そう言って二人は俺の部屋から出て行った。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"静音",
"酒呑童子"
] | 08_Impury | a309_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "ぐっ!思った以上に降ってきたな!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "放課後、一緒に帰る途中で、間が悪いことに俺達は夕立に襲われてしまった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、雨宿りしていけばよかったね!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "降り出した時、どこかに避難して雨宿りするべきだったのだが、その頃は小降りだったので、丁度近くまできていた俺の家に急ごうという事になったのだ。\nだがそれが間違いで、降り始めた雨は一気に土砂降りへと変わり、やばいと思った時にはもう完全に手遅れだった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やっっとついた",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うう、もう手遅れだよ",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雨の中を猛ダッシュして何とか家にたどり着いた時には、すでに二人とも全身濡れ鼠状態だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あちゃ……こりゃ、タオルぐらいじゃダメだな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あう、下着までぐっちゃりだよ……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "なんというエロス……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "もう、そんなこと言ってたら……くちゅっ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "っと、確かに言ってる場合じゃないな。雅、先にシャワー浴びちゃいなよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "小さくくしゃみした雅を見て、俺は慌てて風呂場の方を指差す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ダメだよ!その間にかずくんが風邪引いちゃう!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "しかし、雅は自分より先に俺が入るべきだと譲らなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、こういうときはレディーファーストで",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんなの関係ないよ!かずくんの家なんだから、かずくんが先!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "いや、それを言ったら来客を濡れ鼠で放置できないだろ?俺は着替えがあるから大丈夫だって",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "でも――",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "だから――",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうしてしばらく言い合いを続けた俺達だが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はくしゅん!",
"speaker": "ぬれぬれの二人"
},
{
"utterance": "ほぼ同時にくしゃみをしてしまった事で、その言い合いは終了した。\n結果、このまま本当に二人とも風邪を引いてしまうのは避けたいという共通見解によって、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうしてこうなった?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "お、お背中お流ししますね……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "同時に入れば問題ないという超解釈に、何故かたどり着いてしまっていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、だからどうしてこうなった!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だってこうしないと、二人とも風邪引いちゃうもん",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "引いちゃうもん、って言ったってなぁ。他に何か手はなかったのだろうか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いいんだよ、私たち、こっ、恋人同士だもん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そ、それは確かにそうだが……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "というか雅、照れて真っ赤になるぐらいなら言わなければいいのに。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "も、もうこうなったらやけだ!しっかり洗ってくれ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "結局俺は折れて、少々やけっぱち気味に頼むと伝える。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん♪がんばるね!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そのかわり、後で俺がお前を隅々まで洗ってやる。ぐへへ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "え?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "え?じゃないよ。俺だけ洗ってもらう訳にはいかないだろ?でへへ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "な、なんかかずくんの目がえっちだよー",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そんな事はないぞ。でゅふふ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "女の子に背中を流してもらうのは確かに男の浪漫だ。しかし、それと同時に女の子の体を隅々まで洗ってみたいと思うのもまた、悲しき男の性である。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "も、もう!かずくんのえっち!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そんな俺の背中を。雅がぺちんと可愛くはたく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……あ",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "あ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "しかしその拍子に、雅が体に巻いていたタオルがはらりと解けて床へと落ちた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はうっ!?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "だ、大丈夫!見えてない!俺の位置からは見えない!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ほ、ほんと?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ああ、本当だ。ただし肉眼ではという注釈が入るが。\n確かに雅には背を向けているので直接は見えないが、俺の目の前にある鏡には、ばっちりと雅の裸体が映し出されてしまっている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だ、だから、早くタオルを巻きなよ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は平静を装いながら雅にそう告げるが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だ、だったらこのままでいいかな?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅は照れ笑いしながら、何を思ったかそのまま背中を洗うのを続行する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぶっ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だ、だって見えてないんだよね?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "え?いや……そ、それはそうだけど",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そう言われて、思わず鏡から目をそらしてしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だったら、問題無いよね?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そういたずらっぽく笑う雅に、俺は結局頭を下げる事になる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ごめんなさい、眼福すぎて目に毒なのでタオル巻いてください",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "すみません。平静を装いつつ内心小躍りしながら眼福眼福などと叫んでしまってすみません。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "くすっ。さっきの仕返しだよ",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ほんと、すみません……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あやまります、あやまりますから勘弁してください。さもないと大変な事になってしまいます。\n主に俺の理性が。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"雅",
"ぬれぬれの二人"
] | 08_Impury | A313_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "お待ちしてましたよ、赤城君",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "俺が研究所に到着すると、敬吾さんは一見いつも通りの顔で俺の前に現れた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そして、周囲を見渡し、楽しそうに笑顔を浮かべる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふふ、まさか本気で一人で来るとは思いませんでしたよ",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "あんたが一人で来いってメールに書いたんだろうが……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そう、俺が先ほど受け取ったメールは、アドレスこそ雅のものだったが、本文は敬吾によって書かれていた。\n内容はひどく単純。雅を拘束しているので、研究所に来いというものだ。\n当然、警察その他に連絡した場合、雅に危害を加える旨も書かれていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ええ、確かに書きました。しかし抜け目のないあなたの事ですから、仲間を密かに待機させて奇襲してくるくらいは考えていましたが、当てが外れました\n観客と犠牲者は多い方が良かったのですけどね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そんな見え見えの罠に引っかかるか……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "実際仲間達に相談しようとも考えたが、指定された時刻がすでにギリギリだったこと、考え無しにみんなを呼べば、間違いなく敬吾の思うつぼであるのは明確だった。\nそれでもいくつかの対策は一応してきたのだが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふふ、本当に抜け目が無いな君は",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "ご託はいいから早く雅の所に連れていけ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺の言葉に楽しそうに笑う敬吾にいらつき、語気を強めて敬吾を睨む。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "せっかちだな君は。まあ、私も早く実験に入りたくてうずうずしているからね。さっそく案内しよう",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "雅!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうして案内された一室に、雅は拘束されていた。両手を鎖でがっちりと拘束されて。\nそれを見て、とりあえず無事な様で安堵する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅も俺の方を見て、安心したように顔をほころばせる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "何もされてないか!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "大丈夫、私は無事だよ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "信用ありませんね……指示を守れば何もしないと、ちゃんとメールに書いたではないですか",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "俺と雅のやりとりを見て、敬吾はやれやれと首を振る。それを見て俺は敵意むき出しで敬吾を睨みつけた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "人の彼女誘拐するような奴の言葉を信じられるか!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まあ、それもそうですね!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "しかし、そんな俺の怒りを簡単に受け流し、敬吾はすっとこちらに手を向ける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "一体何をする気だと思った瞬間、全身が硬直し、その場に倒れこんでしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "大丈夫ですよ、ただの拘束用の妖術です。まあ滅多な事では壊れないように何重にもかけたので、身動きできないでしょうが",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "敬吾……!あんた、一体なにをする気なんだ!こんな事をしてただですむと思ってるのか!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "これは明確に犯罪だ。掴まればさすがの敬吾も終わりだろう。何をする気かは知らないが、警察や本気になったおやっさんから逃げる事が出来るとは思えない。\nしかし、敬吾はそんなこちらの意見に、あくまでも冷静に返す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "安心してください。ただで済むも何も、私は今日ここで不幸な事故にあって死ぬ事になっていますから",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "え……?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "意味が分からないと見つめ返す俺と雅に、敬吾は楽しそうにくくっと笑う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "簡単な話ですよ。今日この研究所は事故によって爆発炎上、消滅する事になる。そう、狭間の者の暴走とその妖力の暴発という事故によってね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "なっ!?お前!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "敬吾の言葉に絶句する。この男は狭間の者としての暴走を利用し、自分の死を偽装しようというのだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なに、私が君の担当だということは、この研究所の所員なら誰でも知っている事だ。そして妖力の暴発がどれぐらいの威力かもね\nあわれ私は肉片一つ残らず消滅してしまいました。そう誰もが思ってくれるはずです",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "一体あなたの目的はなんなの!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅の言葉に俺も同意する。一体何が目的でこんな事をする気なのだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "先ほども教えてあげたじゃないですか。実験ですよ、実験。この島全体を巻き込んだね\nそう、人類がより高みへと上がるために必要なね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "その台詞に、先日言われた言葉や、狭間の者の血を使った薬物、それによって起こった事件などが次々と俺の頭をよぎっていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっ、もしかしたら事件に関わってるんじゃないかって思ってたけど……関わってるどころか、お前が薬物事件の黒幕か!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ああ、あの実験はなかなかの成果を上げました。あの薬の完成だけでも、この島に来た甲斐があったと言えますね\nふふ、貴方のおかげですよ、赤城君。貴方を研究したおかげで、薬の研究は大幅に進みました、ありがとうございます",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "考えてみれば、この島に狭間の者を研究する研究所はいくつもあるが、狭間の者そのものを研究したことがあるのは、この研究所だけだ。\n恐らく、俺がバイトと称してやらされた事は、それらの開発に使われたのだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "くそっ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それじゃあ、山の中の妖力の淀みや瘴気も……!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ええ、実際に私が手を下した訳ではありませんが、島の各所に例の薬をまいて妖力の循環を阻害しました\nまあ、それらは今日の為の布石ではありましたが。野生の動物や妖怪の突然変異や暴走の誘発などのデータが手に入ったのは収獲でした",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "それを聞いて、今までパト部で扱った大きな事件の大半が、山の異変がきっかけで起きていた事を思い出す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "カマイタチ事件や九十九神も間接的にはお前のせいか!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "酷いよ!島を好き勝手におもちゃにして!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "おもちゃにしてるなんてとんでもない。全て意味のある実験ですよ",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "心外だと首を振る敬吾に、俺は更に語気を強め問い質す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それだけの事をやっておいて、何をする気なんだ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だから言ったでしょう?島全体を使った実験だと\n狭間の者を意図的に暴走、妖力の暴発を発生させて、その妖力を島全体にばらまくんですよ",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "あっさりとそう告げる敬吾に、俺は血の気が引いていくのを感じる。雅も同じだったのか、顔を青くしながら敬吾に向かって叫んだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そ、そんな事したら島のみんなが!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ええ、大変な事になるでしょうね。下手をすれば強い妖力に拒絶反応を起こして人間は全滅。妖怪や自然環境も甚大な被害を被る事になるでしょう\n実に素晴らしい、とてもいいデータが取れそうです",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "データだと?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "本当に、本当に楽しそうに語る敬吾に、俺は内心恐怖を抱く。一体何がこの男をここまでさせるのだろうか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "研究の成果を確認するためですよ。私の理論が正しければ、特定の強さをもつ妖力を浴びて、それを体内に取り込む事によって、狭間の者を人工的に生み出す事ができます",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "その言葉を聞いた瞬間、俺は敬吾が語っていた言葉を思い出す。狭間の者は人類を超越したものであり、人間をさらなる高みへ導くという話を。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まさか……島の人間を全員狭間の者にする気か……!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いえいえ、全員なんて高望みはしませんよ……まだ研究段階ですからね。せいぜい二割か三割成功すればいい方、最悪一割以下かもしれませんね\nまあ、その一割も恐らく変化に耐えきれず発狂死するでしょうが、きっと有益なデータを残してくれるはずです",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "あくまでも当り前の事実のように語るその姿には、罪悪感など微塵も感じない。本気で、最終目標へたどり着く為の実験の一つ程度にしか思ってないのだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そんな……そんなのおかしいよ!貴方は狂っているわ!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "いえ、私はまともですよ?まともでないのは世界の方です。優れた進化個体である、私のような狭間の者を忌避する世界こそが狂っているのですよ",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "私の……ような?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "敬吾の言葉が気になり、思わず聞き返す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おっと、言い忘れていました。私はあなたと同じ狭間の者ですよ?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "ずっと人間だと疑わなかった敬吾が、先ほどから平然と妖術を使っているのは分かっていた。けれど、てっきり妖怪である事を隠していたからだと思っていた。\nだが、さすがに狭間の者であることは完全に予想外だった。いや、そもそも狭間の者だとしたら、おかしいところが一つある。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そんな馬鹿な……いくら狭間の者だって、妖術は使えないはずだ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そう、狭間の者であるのなら、妖力を持っている事に関しては納得ができる。だが、その妖力を制御する術を持たないため、妖術を使う事が出来ないはずだ。\n事実、俺自身、鬼の血によって与えられた強い妖力を持つが、ある程度制御は出来ても、妖術だけは扱う事が出来ない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私は祖父に妖狐をもつクォーターでしてね。純粋な人間と違い妖力に耐性があるんですよ。ですから、妖術も普通の妖怪以上に使えます\nもっとも、逆に狭間の者になる前は使う事が出来なかったんですけどね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "……え?でも、さっき妖狐の血がって",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "自嘲気味にそう語る敬吾に対して、雅が思わず投げかけた疑問に、敬吾の表情に静かな怒りが込められる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ええ、確かに私は妖狐の血を引いています。だが容姿を見て分かる通り、生まれつき妖力を含めた妖怪らしさを一切引き継がなかった\n勝手に生んでおいて、血が薄まり過ぎて出来損ないが生まれたと言われながら生きていくのは中々辛かったですよ?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "それは、力を与えられた事で周囲から疎まれた俺とは真逆だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まあ最後は私を一番見下していた祖父の血を飲み、狭間の者として生まれ変わる事ができましたが",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "あんた……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "恐らく、この人にとって狭間の者は一種の救いであったのだろう。力を持たない事で蔑まれていた自分に、力を与えてくれた狭間の者が。\nだからこそ、この人は狭間の者にこだわり、狭間の者こそが全てを導く者という理論にこだわるのだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おっと、話がそれてしまいましたね\nそれではそろそろ、本番といきましょうか",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そう言うと、敬吾はポケットから注射器とアンプルを取り出す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そ、その注射器は!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ、察しの通り、私が作り出した狭間の者の血を模した人工血液です",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "恐らく俺に打ち込むつもりであろうそれを見て、雅が身を乗り出して叫ぶ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そ、そんなのかずくんに打ち込んだら!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "はい、普通の人間ですら、まともな思考が保てなくなるのです。狭間の者である貴方に使えば、あっという間に覚醒状態まで持っていってくれるでしょう",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "俺はそれを聞いて、あの薬物事件の最後を思い出す。あの時暴走した生徒も、美琴さんが話を聞きに行ったとき、多少情緒は不安定だったものの普通だったという。\nしかし、山の中で再び現れた時は、もはや見る影もないほどに豹変していた。恐らく逃げている途中に、あの薬物を使用したのだろう。\n狭間の者でない者でも、あれほど豹変したのだ。俺のような狭間の者があれを打ち込まれてしまったらどうなるか分からない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふふ、そして伊吹さん、あなたは完全覚醒した赤城君の餌になってもらいますよ",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "なっ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんな!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "驚愕に染まる俺達の顔を見て、敬吾は笑顔で続ける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "自ら愛する者を食い破った時の絶望は、妖力の暴発を引き起こすのには十分ですからね\nそして、なにより伊吹さんは赤城君に血を与えた張本人。さぞかし大きな妖力爆発が見れることでしょう",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "初めから、それが狙いだったのか!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ、だから言ったでしょう?犠牲者は多い方がいいと。あなたが仲間を連れてくるならば、即座にこれを打ち、仲間同士で殺し合いをさせるつもりでしたから",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "こいつ、本当に腐ってやがる!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "後は、暴走した妖力は建物を伝わり、この研究所の上部に設置された大型アンテナによって島中に拡散されます\nふふ、どのような結果になるか、今から楽しみです",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "実験の成功を確信し、楽しそうに笑う敬吾。\n俺は近づく敬吾に前に、ちらっと雅にアイコンタクトを送る。そして、雅が小さく頷くのを確認してから、敬吾に向かって口を開く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なあ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "なんですか?最後に遺言ぐらいは聞いてあげますが?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "なんで、俺が一人でここに来たと思う?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "は?いきなり何を?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "理由は簡単だ……一人で来ても大丈夫だと思ったから",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺がそう言いながら再び雅にアイコンタクトを送ると、雅は視線だけで頷いてみせた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なにをわけの分からないことを――",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "意味が分からないと言う敬吾の言葉を、俺は大声で遮った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "雅が黙って掴まってる時点で、これほど安心できることはない!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "はあああああああ!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "直後、俺の言葉と共に雅が声を上げる。それにびくりと顔を上げた敬吾が、一気に青ざめた。\nなぜなら、先ほど本人がちぎれないといったはずの鎖が音を立ててちぎれ飛び、鞭のように顔面に迫っていたからだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なっ!?があっ!!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そしてその鎖は、鞭のようにしなりながら敬吾の顔面を打ち、敬吾の体を後方に吹き飛ばした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うっへぇ、いったそう……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "恐らく死んではいないと思うが、あれほどの勢いで鎖の一撃をうけた以上、気絶ぐらいはしているだろう。\n事実、俺のかけられた妖術の呪縛が解けている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はぁ……はぁ……よかった、かずくんが気づいてくれて……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "流石にあの鎖を引きちぎるのは簡単ではなかったのか、雅は疲労困憊といった感じで、へたりこんでいる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、部屋に入ってきて雅が黙って張り付けになってる時点で察したよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "えへへ、それってなんだかちょっとだけ複雑な気分",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "でも、雅で無事で本当に良かった……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん、ありがとう",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "俺はほっとして雅を抱きしめる。雅もそれに応じて笑顔になってくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "とりあえず一旦外に出て、警察に連絡しよう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まあ、実は来る前に美琴さんやおやっさんに連絡だけはしてあるので、何らかの動きが外ではすでに起こっているはずだ。\n恐らく敬吾は俺が警察を呼んだり仲間に伝えていたとしても、妖力を暴発させればその混乱に乗じて逃げられると踏んだのだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうだね……あ、でもその前に一応縛るかなんかして捕まえておかないと",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "それもそ――",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうだなと言いかけた直後、俺の脇腹を衝撃と共に激痛が襲い、雅共々部屋の隅まで吹き飛ばされてしまった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃあ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ああああ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "かずくん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "床に転がり、激痛に転げ回る俺を見ながら、敬吾がゆっくりと歩いてくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふん、狙いがそれてしまいましたか",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そんな、さっきのを食らって動けるなんて!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "あの程度の小細工でこの私をどうこうできると思ったか!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そう言って敬吾は手を振り上げると、何も無い空間を振り払うように手を振う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃああ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "その直後、雅を吹き飛ばすように妖力が炸裂し、雅は壁に叩きつけられた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "こ、この力……まさか、自分に薬を",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "あなたはそこに跪き、すべてが終わるまで見ていなさい",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そう言って再び手を振う敬吾。それと同時に雅は壁に貼り付けられたまま、驚愕に顔を歪める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "け、結界!?そ、そんな!鬼の力でも、破れない結界なんて!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "拘束から抜け出そうともがく雅を尻目に、敬吾がゆっくりと俺に近づく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "さあ、少々予定が狂ってしまいましたが、実験を再開しましょう",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "がはっ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうして、今度こそ俺に例の薬を打ち込んだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "薬を打ち込みました。これで貴方の暴走は止められない",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "あぐっ!があああああ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "薬を打ち込まれた瞬間から広がる、全身の血液が沸騰するような灼熱感に、俺は絶叫してしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、そもそも、先ほどの傷は十分に致命傷になり得る深さを抉りました。どちらにしろ覚醒と暴走は、避けられなかったでしょうけどね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "かずくん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅の声が遠く聞こえる。俺は何とか理性を保とうと意識を集中させるが、それを塗りつぶす程の頭痛と、あふれ出る破壊衝動に飲み込まれそうになる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっああ!ま、ける!かあ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ほう、まだ抵抗する意思が残っているとはやりますね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "床に頭を叩きつけ、歯を食いしばり、必死に力の制御を試みる。\nこれでもおやっさんにガキの頃から鍛えられてるんだ、この程度で負けてたまるか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "では、その抵抗の意思も砕くとしましょうか",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "体内で暴れまわる妖力を何とか制御しようと全力を振り絞る俺に敬吾は近づくと、俺の頭を鷲掴みする。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なっ、なにを!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "貴方にプレゼントですよ……妖力という名前のね!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "直後、俺の体の中に敬吾の妖力が流し込まれる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっあああああああ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "狭間の者にとって、外部からの妖力干渉は感情の爆発に次ぐ、最大の暴走要因だ。\n元々自分では制御が難しいほど不安定なのだ。そこに外部から妖力を流し込まれたら、当然のことながら、制御不能に陥り暴走は加速する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "分かりますか赤城君!貴方の中に流れ込む力が!私を通じて感じる筈ですよ!進化への道が!!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "てっめえ!気持ち悪い、こと、言ってるんじゃーぐああ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "何とか流れ込む妖力をせき止めようとするが、同じ狭間の者であっても、妖狐の血が流れている敬吾の方が制御能力が上だ。\nその為次々と流れ込んでくる妖力に、俺の意識はすでに風前の灯火となっている。\nそれでも必死に意思を強く持ち、自分自身を見失わない様にと必死になる、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "くははっ、ここまで耐えるとは、やはり君を殺すのは惜しい!このまま君の意思のみを砕き!研究資料としましょう!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そんな抵抗を続ける俺がよほどおかしいのか、敬吾はより深くこちらと繋がり、体の奥深くに力を送り込もうとする。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なに、君の代わりなどいくらでも作ればいい!幸い最強の血を提供してくれる素材もいることですしね!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そういってにやりと笑い、雅に視線を向けた敬吾を見た瞬間、俺の中の何かがキレた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふっ、ざっ、けっ、るっ、なあああああああああ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "狭間の者によって生み出された破壊衝動も手伝い、全ての怒りと共に体の中に眠る狭間の者の血を意図的に覚醒させる。\nその行為に、敬吾の顔に初めて驚きと焦りが生まれる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なっ、君は!?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そして、慌てて俺の体から離れようとする敬吾の手を俺はがっちりと掴むと、相手の腕が砕けんばかりの力で締め上げる",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はは……妖術で俺との間に妖力を送りつけるラインを作ったんだろうけど……失敗だったな!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺はあえて普段抑えている妖力を全て爆発させて、それを完全に制御せずに敬吾の方に流れるように意識した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あんたから送ってこれるってことは、俺の意思が強ければ送り返せるってことだろ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "確かに制御力は敬吾の方が上かもしれないが、俺の体に流れるのは最強の鬼の血だ。\nそれによって生み出される爆発的な妖力は、敬吾の有する妖力の値を軽く上回る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "馬鹿な!ありえません!!あくまでも主導権を握っているのは私なんですよ!なのに!なのに何故!押し戻される!逆流する!?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "惚れた女を苦しませるって宣言した奴に、負ける男がいるかよ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は信じられないと驚愕する敬吾に、はっきりと宣言する。\n正直体の中は暴れ回った妖力でボロボロで、全身を激痛が走り続けている。意識もすでに朦朧としてきて、少し気を抜けば俺は二度と目覚める事がない眠りに落ちるだろう。\nそれでも俺は、自分を見守る雅の為にも、絶対に負けられない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん……!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ぐっ!だめだ!お、おしもど!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "時間と共に俺の覚醒は進み、妖力の出力も倍々に上がっていく。敬吾は何とか俺の手をふりほどこうとするが、俺は更に力を込めて敬吾の腕に指を食い込ませる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "悪いな!俺の体には先約があってな!他の力なんていらねえんだよ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "苦痛に歪む敬吾に向かって、俺は不敵に笑いながらそう言ってやる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっ、なにを、わけのわからないことを!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "意味が分からないと叫ぶ敬吾に、そうだろうなと内心で呟き、俺は敬吾をまっすぐに見ながら大声で叫ぶ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "じゃあ、わかりやすく言ってやる!俺の中には雅の力がある!だからてめえの、薄汚れた力なんざ!いるかあああああああああああああああ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "直後、俺は体内の妖力を縛る全てのたがを外し、それを敬吾に向けて解き放った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぎゃああああああああああああ!",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "結果敬吾は、俺の体からあふれる妖力の波を体内に直接打ち込まれ、叫び声を上げながら吹っ飛び、壁に激突した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はぁ……はぁ……ざまぁ、みや、がれ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そのまま床に落ち、今度こそ動かなくなった敬吾を見て、俺は荒い息のまま脱力する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅……よかった……無事だったか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "敬吾が倒れた事でようやく術が解けたのか、雅が俺の方へ慌てて駆け寄ってくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!まって!今妖術で傷を!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "すぐさま俺の脇腹の傷を妖術でふさごうとした雅を、俺は力無く首を振って拒絶した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、ダメだ……今、妖力が体内に入ったら、暴走が加速しちまう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんな!それじゃ、それじゃあどうすればいいの!?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "焦りながら、何か方法がないのかと慌てる雅に、俺は力無く告げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はは、流石にどうにも、できない、かな……これは",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんなのってないよ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅の悲痛な声に申し訳のない気分になるが、残念ながら自分の体の事は自分が一番よくわかる。\n俺は敬吾に対抗するために狭間の者としての全てを解放した。今まで抑えようとしてた妖力を制御せずに解き放ったのだ。\nその結果、俺の体はもはや取り返しのつかないところまで、いってしまった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ぐっああ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "かずくん!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "自分でもどうにかしたいとは思うが、体内の妖力が増していくのが実感できるだけで、もはや制御どころか抑えることすらできない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "わ、るい……雅、なんか、ダメっぽいな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "諦めないで!絶対絶対方法があるはずだから!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "自分の、体の事だ……よく、わかる……\nこのまま、俺が意識を手放したら……抑えがきかなく、なった妖力が、暴発する……だから、その前に",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "その前に、殺してくれ。\nそう言い切る前に何かを察した雅が、ぎゅっと手を握りこちらの言葉を遮る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やだよ!絶対にかずくんと離れない!絶対に!これからも!これからもずっと!!だから、いかないでよ!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "ごめん……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あやまらないでえ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "もはや謝る事しか出来ない俺に、雅が必死にすがりつく。\n一体どうやって雅を説得しようと思った直後、予想外の声が俺達の耳に届いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "…………血を、飲ませろ",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "その声に慌てて視線を向けると、そこには敬吾の姿があった。\n敬吾は最後に倒れた場所から動いてこそいなかったが、血まみれになり、虚ろな顔でこちらを見つめている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "て、めぇ……まだ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まだやる気かと言い切る前に、敬吾は自嘲気味に笑って、首を振る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "安心してください……君が突き返した妖力で体の中がずたぼろです……そう長くはないでしょう",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "本人が言う通り、傍目から見てもすでに敬吾は虫の息だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "血を飲ませろってどういう事!?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "だめだ、雅!耳をかすな!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "もはや藁にもすがる気持ちなのだろう、雅が敬吾に問い質すが、俺は敬吾の言葉を信用できずに声を荒らげる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "信じるかどうか……お任せします……ただ、この状況で、私に嘘をつく、メリットがないのも、事実です",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "聞かせて、お願い!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺が止めるのも聞かない雅に、敬吾はゆっくりと話し始める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "赤城君を救う方法は、一つ……彼を狭間の者にした者の血肉を与え、生命力を極限まで活性化するしかありません\n元々は、完全覚醒した狭間の者がより大きな力を手に入れる、儀式です。覚醒前に施した場合、どうなるかは保証できません",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "それは完全覚醒した場合、狭間の者が血を与えた者の血肉を欲するという話だろう。\n事実、俺と雅が離れて暮らさざるを得なくなったのも、万が一暴走した場合、雅に危険が及ぶのを防ぐ為だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ただ、もし、その行為によって、赤城くんが助かるので、あれば……それは、私の、りろ……ん……が",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そう言いながらも、敬吾の目からは徐々に光りが失われていく。そうして、敬吾の動きは完全に止まった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "敬吾さん……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "こいつ、言いたいことだけ言って、息絶えやがった……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それも俺達の為ではなく、あくまでも自分の理論を証明するための言葉だ。\n確かに俺が雅の血をさらに取り込めば、新たな何かが生まれるかもしれない。しかしそれはあくまでも可能性の話であって、より暴走が激しくなる危険性の方が高い。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "血を与える……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "やめろ!耳を貸すな!もしその血で俺の暴走が加速して、お前を傷つける事になったら!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だから俺は必死になって雅に言い聞かせようとするが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大丈夫",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "なっ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺を覗き込む雅の瞳からは、一切の迷いが消えていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大丈夫だよ……きっとかずくんなら、変わらない……だってかずくんだもん……私は自分が好きになった人を信じるよ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "俺を必ず助けたいという強い意志と、俺に対する絶対の信頼をその瞳から感じる事が出来る。\n俺はそれを見て、思わず胸中で苦笑してしまう。やっぱり雅には勝てないと。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "んくっ!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "雅が躊躇いもせずに、唇えおかみ切る。そして、かつて俺を狭間の者にしたときと同じように、口の中に血を含む。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "雅……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いくよ……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "まったく、そんな顔されたら断れないじゃないか……ずるいな雅は",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そう呟いて俺はゆっくりと笑みを作る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "わかった、俺もお前を信じるから。お前も俺を信じてくれ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そして俺は全ての運命を天と雅に任せ、目を閉じて雅の唇を受け入れた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……\n……ん",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "……こくっ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "口移しで流し込まれる温かいそれを、飲み込んだ瞬間。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "今まで以上の灼熱感が俺の全身を貫いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん!?",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "!!!!!!!!!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "全身の灼熱感に俺が声も上げられずにいる中でも、雅の声だけははっきりと聞き取れた。\n体がばらばらになりそうな苦痛と、炎の中にいるような灼熱感の中、俺はその苦痛をはねのけるのではなく、受け入れようと努力する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "がんばってかずくん!!",
"speaker": "雅"
},
{
"utterance": "そして、雅の声に励まされ、俺は体内にある妖力を徐々に制御していく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あああああああああああ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "力が体の中心に集まり、それが弾けるように全身に広がった瞬間、俺はそこで意識を失った。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"敬吾",
"雅"
] | 08_Impury | A405_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "はい、今日の検査はこれで終了です",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "敬吾さんの声に俺は診察台から起き上がり、体を伸ばしながら尋ねる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ありがとうございます。それで、どうでした?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ、前回同様非常に安定しています",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "ふう、それを聞いて安心しました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうですね。以前覚醒寸前まで追い詰められたので、警戒して検査の回数を増やしているのですが、暴走の兆候どころか、むしろ以前より安定している\nいや、馴染んでいるようにすら感じます",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "データを見ながら呟く敬吾さんに、首を傾げる。\n馴染んでいるとはどういう意味だろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "馴染んでる?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ。今更説明するまでもないですが、本来狭間の者の中に流れる妖力は非常に不安定で、いつ爆発してもおかしくはありません\nその理由は本来妖力を持たない人間の体が、妖力に対して拒絶反応を起こしているためです",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "確か、人間の体と妖力が互いに反発し合ってるから、常に不安定なんですよね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ。しかし、ここ最近の赤城君の妖力は反発し合うどころか、まるで互いを受け入れようとしているかの様に、落ち着いているのです\nこのような反応は過去の歴史を振り返ってみても確認されていません。いったい何故このような事が赤城君だけに起こるのか、興味はつきませんね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "は、はあ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "データを見ながら興奮気味の敬吾さんを見て、少しだけ引いてしまう。\n相変わらず、敬吾さんは研究の事になると人が変わったようになるな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おっと、失礼。少し興奮してしまいました。いけませんね、どうにもこういう過去に類を見ない事例を見ると、研究者としての血が騒いでしまいます",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "はは、別に気にしてないんで大丈夫ですよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "と言いつつ、研究について語っている時の敬吾さんの目は、若干苦手だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お恥ずかしい。しかし、研究者として興味が尽きないと同時に、赤城君にとっても嬉しい話だと思います\nこのまま妖力が安定すれば、暴走の恐怖に怯えることはなくなるのですから",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "だと嬉しいんですけどね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "実際、このまま暴走の危険が無くなってくれればいいんだけれど、さすがにそこまで都合は良くないだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ええ……なにしろこのまま安定し、制御が可能になれば、赤城君は歴史上初めて人間と妖怪を超えた超越者になれるかもしれません",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "なんか、大袈裟な言葉が出てきたなぁ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "超越者なんて単語、普通に生活してたら絶対に使わないぞ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大袈裟なものですか。今まで人間でも妖怪でもないと蔑まれてきた狭間の者が、その二つを超越し新たな生命となるのですよ?\n人間と妖怪を超えた高み、素晴らしいとは思いませんか?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そう熱弁されても、俺にはどうにも実感が湧かなかった。\n確かにこの体に流れる血は、雅によって与えられたものだ。しかし、その血や、狭間の者に変わった自分の体も含めて俺だ。\nそれを今更変えようなんて、思いつきもしない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん~、別に俺は俺だしなぁ。そもそも進化とか高みとかあんまり興味ないし",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうですか。残念です……人類をより高みへと押し上げるきっかけになるかもしれないのですが……",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "人類を、より高みにですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ、私の夢であり目標です。進化の袋小路にいると言われる人間、そして妖怪をより高いステージに導くことが",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そんな目標があったんですね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "真剣な顔で説明する敬吾さんに俺も真面目に答えるが、敬吾さんはすぐに苦笑した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はは、お恥ずかしい。我ながら子供じみた夢だとは思うのですがね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "いえ、凄い事だと思いますよ。少なくとも、俺なんかには考えもつかないぐらい",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ありがとうございます。そう言ってもらえると勇気が湧きます。まあ、まだまだ試行錯誤を繰り返している段階ですがね",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "がんばってください",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "なるほど、敬吾さんが研究に力を注ぐのには、そんな理由があったのか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そういえば、赤城君。先ほど言った通り、最近あなたの妖力は非常に安定している。何故このような現象が自分に起こるのか、なにか心当たりはありませんか?",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "心当たりですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ、最近の生活の中で変わったこと等があれば教えてください。それらを分析すれば今回の現象を解析することができるかもしれません",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "そんな事言われてもな。常に自分の環境を意識しながら生活しているわけじゃないし。\n強いてあげるなら。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "う~ん……変わったことなんて……彼女が出来たぐらいですよ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "あーすみません、マジすみません、真面目な話の途中で惚気てすみません。だからそのゴミ虫を見るような目をやめてください、お願いします",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "敬吾さんの視線に耐えきれず、俺が平謝りしていると、後ろから聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "がはははははは!本当に彼女が出来て妖力が安定したんだったら、まごう事なき愛の力だ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "って、おやっさん?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "振り返ると、予想通りおやっさんが腹を抱えて笑っていた。一体いつのまにここに来たんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よう、元気そうでなによりだ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "いらしていたのですか",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "おうよ。俺様はこれからちょいと用事があって本土に行っちまうだろ?その前に挨拶しておこうと思ってな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "あ、そっか、今日からだっけ。おやっさんが本土に行っちゃうの",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "なんでも、本土の方で鬼と妖狐と天狗の三大妖怪合同で話し合いがあるらしく、おやっさんはそれに参加するために、白夜島をしばらく離れるらしい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、二週間で帰ってくるがな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "なるほど、それではあまり赤城君を拘束してしまってはいけませんね。今日の検査はこれで終わりにしましょう",
"speaker": "敬吾"
},
{
"utterance": "はい、ありがとうございました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "敬吾さんに礼を言って、俺は荷物を取りにロッカールームへと向かった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そんじゃ、おやっさん、俺荷物とってくるから",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "おうよ、それじゃあ、また後でな",
"speaker": "酒呑童子"
}
] | [
"和登",
"敬吾",
"酒呑童子"
] | 08_Impury | B400_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "和登~",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "研究所を出ると、丁度静音がこちらに手を振っていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お待たせ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "今日はこの後遊びに行く予定だったので、研究所の前で待ち合わせをしていたのだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お、なんだ静音嬢ちゃんも来てたのか",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "こちらに走ってきた静音が、おやっさんを見て首を傾げる。どうしてここにいるのだろうと思っているのだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おやっさんは、本土に行くから挨拶に来てくれたんだってさ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、そういえば今日でしたね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "静音から質問される前に先回りして答えると、静音は納得がいったと頷いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おう、たまたま近くを通りかかったからな、ついでだついで",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "ありがとう、おやっさん。とりあえず、お土産よろしく",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、あたしも",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "たくっ、送り出す言葉がそれかよ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "二人して同じ台詞を言う俺達に、おやっさんは呆れながらもわかったよと答えてくれた。\nさすがおやっさん、器がでかいぜ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうだ、お前等には話しておいた方がいいな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "ん?何を?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "おやっさんの台詞に首を傾げながら問い返すと、おやっさんは真剣な顔で答えてくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もうすぐ、例の薬の解析結果が出る",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "おやっさんの言葉に俺と静音は同時にはっとなった。例の薬とは、この前静音に打ち込まれそうになった薬の事だろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺様がいない間に解析が終わるってのは間が悪いが、しかたねえ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "確かに間が悪いが、こればっかりは仕方ない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "薬の解析は誰が?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "研究所の所長だ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "え?敬吾さんが?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ああ。あそこの所長、普段から何気なく接してるが、意外と顔広いぞ。警察関係者やらなにやら色々とコネもってるらしい\n今回例の薬の解析を任されたのもその繋がりからだって、話だぜ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "あ、そういえば確かに。最初の事件の犯人、意識不明になったあと、あの研究所に運びこまれたわね",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ああ、言われてみれば",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "敬吾さんって、思った以上に凄い人だったんだな。\nまあ考えてみれば、あれだけ大きな研究所の所長だもんな。そりゃそれなりの力は持ってるか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、ともかく、俺様がいない間に解析が終わるからって、無茶するんじゃねえぞお前等",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "あれ?もしかして、その釘を刺すために、わざわざ島離れる前に伝えに来たの?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺がもしかしてと思うと、おやっさんはにやりと笑った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "察しがいいな、その通りだ",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "信用ゼロね……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "はん、一人で突っ走ったあげくに罠にはまった奴を信用できるかって",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "あーん、もうそれには触れないでよ!",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "はは、ともかく、俺様がいない間は無茶するんじゃねえぞ?分かったな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "どうやらあまり信用されていないようなので、俺はおやっさんが安心できるようにしっかりと頷いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はい!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "お前がはっきり返事すると逆に不安だな",
"speaker": "酒呑童子"
},
{
"utterance": "ひどっ!!",
"speaker": "和登"
}
] | [
"和登",
"静音",
"酒呑童子"
] | 08_Impury | B401_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "あれ?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "なんだ、どうかしたのか、カズ",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "ああいや、なんでもないっす",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あははと笑いながら、俺は慌ててごまかした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お……なんだその態度、怪しいじゃねえか",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "しかし回り込まれてしまった!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、課題で使うノートを教室に忘れて来たみたいだからさ。兄貴、教えてくれるかい?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "おっといけねえ、俺はこれから昼寝っていう大事な仕事があったんだ。じゃあな",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "かいしんのいちげき!五郎は寝てしまった!\nよし、成功!これで問題ない。\n俺は、いつの間にやらカバンの中に入っていた手紙を取り出すと、素早く部室を後にした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "君の教室で待ってる",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "美琴さんの可愛らしい文字で書かれた文章。わざわざこんな形で伝えてきたっていうことは、他の誰にも知られたくないってことだろう。\n俺は急いで教室へと向かった。\n教室の中に入ると、そこには手紙の通りに美琴さんが待っていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "美琴さん?あの、急にどうかしたんですか、こんな手紙を忍ばせてまで……\nそれにここ、俺の教室ですよね。言ってくれれば美琴さんの教室にでも行ったのに……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……いや、ここが良かったんだ。ここで君と、二人きりになりたかった",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "微笑みながら、美琴さんは雅の席へと歩いていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "こっちが和登くんで……隣のこの席が雅くん。後ろは静音くん、か……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "まるで慈しむように机の上を撫でながら、美琴さんは小さく呟いた。\nその美琴さんの姿は、なんだか凄く寂しげで……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんだか少し嫉妬してしまうな……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "嫉妬って、何にですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "わたしも、和登くんと同じ年に生まれて、同じこの教室で、一緒に騒ぎたかった……\nもし、もっと前から一緒に……雅くんや静音くんのように、幼なじみという関係でいれたのなら、もっと……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "その言葉に、美琴さんの想いが伝わってくる気がした。\n美琴さんはきっと、比べてる。自分と雅、そして静音を。比べた上で、自分と二人の、俺との距離を思っているんだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……そう、ですね。もし美琴さんが幼なじみでいてくれたなら……俺ももっと楽しかったかもしれない。もしかしたら、狭間の者にだって……\nだけど、俺はイヤです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……わたしじゃあ、ダメ?",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "だって、俺が今こうして美琴さんと一緒にいられるのは、美琴さんが幼なじみでない未来ですから\nほんの一つ。ほんの一カ所でも違っていたら、俺と美琴さんは出会っていなかったかもしれない\n俺が今欲しいのは、こうして美琴さんと仲良く一緒にいられる未来ですから、そうならない可能性のある過去はいりません",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "和登くん……\nそうだな。わたしも、君のいない未来になるのはイヤだ\nだけどそれでも……思ってしまう。まったく……どうしようもないくらい嫉妬深い女だな、わたしは",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "少しくらいは嫉妬してくれないと、男としては寂しいですけどね。ああ、その程度にしか見られてないんだって",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうやって、君はわたしのどんなイヤなところでも、強引にいいところへと変えて受け入れてしまうんだ\n聞いて、いいかな?君にとってのわたしは……今どんな存在なんだろう。君の中にいる他の大切な人たちと比べて、どうなんだろう\nわたしにとっての君は、希望だ。わたしがずっと求めていて、けれど掴むことのできなかったもの。その可能性を、君は初めて見せてくれた\nわたしの中に、たった一人しかいない大切な光。なくしてはならない大事なものだ……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "俺にとっての美琴さんも、同じですよ\n人間とあやかしの違いを認めながらも、違うからこそ共存出来ると信じてくれている\n今まで以上に、もっともっと親密に、仲良く生きていくことが出来る。そう信じてくれている\n人間は、あやかしの友達になれる。そう人間の可能性を信じてくれている\nそんな妖怪がいてくれるのだから、これからも両者は大丈夫。そう信じられる\nだから、美琴さんだって俺にとっては同じです。俺にとっての、希望ですよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それを言うなら、雅くんと、静音くんだって……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "あの二人が信じてるのは、人間でもあやかしでもありませんよ\nその、俺が言うのもなんですけどね、あの二人が信じてくれてるのは俺です。『赤城和登』っていう個人です\n美琴さんみたいに、人間とあやかしって種族を信じてくれてるわけじゃない。いえ、むしろ信じてないんじゃないかな……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……それじゃあ、わたしだけなのかな?和登くんの希望は……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "ええ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "少しだけでも、自惚れてしまっていいのかな……?",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "ええ、もちろん",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……そうか……わたしが、和登くんの希望か……\nこれは、困ったぞ。顔が自然と緩んでしまう……こんなだらしない顔、見せたくないのに……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "いやいや、どんどん見せて下さい。可愛い女の子の可愛い笑顔は、男にとって紛れもないご褒美ですから",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そ、そうは言うけどな、自分でも分かってしまうくらいに、その……崩れてて……\nは、恥ずかしいんだ……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "慌てて両手で顔を隠す美琴さん。首筋まで完全に真っ赤だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……今日君を呼んだのは、不安だったからなんだ。わたしは、君にとって大切なものに、必要なものになれているのか……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "だったら、その答えはもう言いましたよね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん……聞いた\nだけど聞いちゃったら、今度は別の気持ちが出てきちゃって……\n……どうやらもう、無理みたい……\n一時の気の迷いだ……そう言い聞かせようと頑張ってもみたんだけれど……やっぱり無理っ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "美琴さんは、少し恥ずかしそうに微笑むと、そのまままっすぐ俺の目の前に立った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "こんな感情、初めてなので、正直どう伝えたらいいのか分からないんだけれど……もう素直に伝えさせてもらう\n和登くん、わたしは、君が好きだ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "それは、あの時既に……キスをしたあの時既に伝わってきていた想い。\nけれどその気持ちを、ハッキリと俺に伝えてくれた。\nだから俺は、そのストレートな気持ちをしっかりと受け止めて、そして応えないといけない。\nもっとも、その答えは決まっている。\nなんといっても俺達は、互いが目指しているもの、希望同士なんだから。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺もです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "オレンジ色の教室の中、俺達は確かに、その気持ちを繋げあった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"美琴",
"五郎"
] | 08_Impury | C310_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "疲れた……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "三人寄ればかしましい、と言う連中が五人集まったらどうなるのか。しかもその中に二人も危険人物がいたならどんな阿鼻叫喚となるのか。よ~く分かった一日でした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大丈夫か?和登くん……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "いやあ、どうにもならないくらいに大丈夫じゃなかったんですが、美琴さんの膝枕のおかげで急速治療中です\nああ……美琴さんの太もも……いい……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうか……この程度で喜んでくれるなら、もっと早くやってあげればよかったな",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "ああ……なんだか気持ち良すぎて本当に寝ちゃいそうですよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "もう結構な時間だしな。だが、ここでは風邪を引くぞ。寝るならちゃんと部屋に戻ってだ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "うう……このままこの素敵な枕で眠りたいなあ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それで風邪を引いたりしたら、わたしは二度とやってあげないぞ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "はあ……仕方ない。分かりました、今日はもう寝ましょう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺はガックリと溜息をつくと、後ろ髪を引かれながら頭を上げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それじゃあお休みなさい",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "笑顔の言葉と共に、その唇が俺の頬に素早く触れる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "み、美琴さんっ!?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "お休みなさいのキス。これくらいは、いいよね",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "なんかもう、寝るどころか目がバッチリ冴えてきたんですが、どうですかこれから!朝まで!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うわ、なんか元気満タン?でも今日はダメ。これくらいで自制できなくなっちゃったら、これからまずいから",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "うう~、生殺しはキツイですよぉ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ガックリと肩を落としながら、俺は美琴さんとは逆の方へ向かう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あれ?和登くんは寝ないのか?",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "いえ、トイレ行ってからすぐ上がります。お休みなさい",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん、お休みなさい\n……そっか、そうだな。これくらいは許されてもいいはずだ♪",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "明日はまた学校かあ……一日って短いよなあ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "次の休みはまた一週間後だ。それまで頑張らないとな。\nにしてもさっきのキス……美琴さんは時々ああいう、とんでもないサプライズをくれる。おかげでいい夢が見られそうだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よし、寝ようっ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺はドアを開くと、静かに部屋の中へと入った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えへ♪",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "そしてそこには、髪を下ろした可愛い子狐が一匹、俺を待っていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……えーと、なぜここに美琴さんが?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "狐は寂しいと死んじゃうんだ♪",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "それウサギ!ウサギだから!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "美琴は寂しいと死んじゃうんだ♪",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "ええい、この子狐めが……可愛すぎんだろうこら\nまったくもう、俺を悶え殺すつもりですか。今ならまだ間に合います。狼さんに襲われる前に、自分の小屋へと戻って下さい",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "えー……わたしは一緒に寝たいぞ。さすがにそれくらいの一歩は踏み出していいと思わないか?",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "美琴さん、あなたは鬼ですか!ただでさえこの同棲生活の中、可愛すぎる子狐ちゃんを食べてしまわないように必死に耐えているというのにっ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だから、少しずつ解禁していってる、って思ったらどうかな?",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "……マジにあと一歩?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "わたしも、自分が少しずつ大胆になってきてるのを分かってるんだ。前は、恥ずかしさが強かったんだが、今は、恥ずかしいけれど、それが心地よくなってきてる\nわたしが君のものになっていってる。それが嬉しくてたまらないんだ\nだからその……ごめん、ね。だけど、本当にあとちょっとだから……ワガママを聞いてくれると、嬉しい……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "……まったくもう。本当に酷い人ですよね、美琴さんは。そんな可愛らしいこと言われたら、ガマンしないわけいかないでしょう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん。そう言ってくれる和登くんが、大好きだ。だから大丈夫になったら、いっぱいしようね",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "はにかむような笑顔の美琴さんの笑顔は、俺の精神を更に疲弊させるには充分すぎた……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "う……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "珍しく、目覚ましが鳴るよりも先に目が覚めた。昨日はいつもよりもかなり早く寝たもんな。それが原因かもしれない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……なんか、勿体ない気もするけど起きるか……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "のろのろと体を起き上がらせようとして……体の右側が妙に重いのに気がついた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ん?なんか、右手が妙に重くてあったかくて柔らかくて……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ん……んんぅ……",
"speaker": "右手"
},
{
"utterance": "俺の右手がしゃべった!?それも、妙に可愛らしい声で!?\n右手はそのままモゾモゾと動き始め、やがてゆっくりと起き上がった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふわぁ……もう朝か……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "……そうでした。昨日は隣にこの方が……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "和登くん……今日は随分と早起きなのだな……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "きっといつも以上に快適な寝心地だったからだと思いますよ\nいやあ、素晴らしい抱き枕でした",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうか、それはよかった……\nうみゅう……眠い……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "美琴さん、結構だらしないですね。ほら、肩紐とか落ちてますよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うう……仕方ないじゃないか。昨夜は君が一緒に寝てくれたせいで、妙に心地よく眠れたんだ\nあったかくて、力強くて……うう、寝直したいよぉ。和登くん、も一回抱かせてー",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "よしきた任せとけっ\nって言いたいんですけど、遅刻しますよ。生徒会長が遅刻はさすがにまずいでしょう",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うみゅう……仕方ないな。起きるとしよう……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "美琴さんは、可愛らしくアクビを一つすると、大きく伸びをした。そして、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よしっ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "と気合いを入れ直す。途端に、いつも通りの笑顔がそこに浮かんだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おはよう、和登くん。本当にスッキリとした目覚めのようだな",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "いやあ、枕なんてどれ使っても同じ、が持論だったんですが、崩されちゃいましたよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ふふ。君のことだから、さぞかしわたしにドキドキして眠れないんじゃないか、と思っていたんだが……ちょっと残念だ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "あー、いや……それはそれでしっかりと堪能しました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ふふーん。それで、ずっと眺めていたわたしの寝顔はどうだったかな?\nあまりに可愛くて見惚れてしまった……だったら嬉しいな",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "あまりに可愛くて見惚れてしまいました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ぶー。同じ言葉で返すのは失礼極まりないと思うのだ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "愛らしすぎて、眠ってるのをいいことに色々いたずらしちゃおうかと思いました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そ、それはさすがに正直すぎて……ひ、引いちゃうぞ……",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "そりゃもう、こんな可愛い子が無防備そのもので隣にいるんですから。ほら、胸とか見えかけてますよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "見えてないから大丈夫だ。これくらいならサービスしちゃうぞ",
"speaker": "美琴"
},
{
"utterance": "……今日の学校、休んでもいいかもしれない……。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"美琴",
"右手"
] | 08_Impury | C319_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "ねえねえ、かずくんってさ、狭間の者ってやつ?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ん、がん、ぐっ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "んな!?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "事件の翌日。精密検査込みの入院が決まった俺を心配し、飛鳥さんと静音が様子を見に来てくれていた。\nが、検査終了直後の俺に向かって放たれた、あまりに唐突かつストレートな飛鳥さんの言葉に、俺と静音は思わず喉をつまらせかけた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "げほっ、ごほっ……な、なんですか、いきなりっ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いやほら、昨日の奴、かずくん凄かったからさ。普通の人間じゃあんなの無理だろうし、だけど妖怪、って感じでもないし\nだったらもう、それしかないかな、って",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "確かにまあ、目の前であんな光景を見せてしまったわけだし、間違いなく何か聞かれるだろうなあ、と覚悟はしていた。\nだが、狭間の者については、妖怪にとって最大の禁忌だ。それをこうも明るく聞いてくるっていうのは、何か狙って……とは思えないなあ。飛鳥さんだし。\nどうする、と静音とすかさずアイコンタクト。ちょっとつついて様子を見ろ。そんな静音からの返答に俺は頷いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……もしそうだって言ったら、どうします?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "どうするって……別にどうも?かずくんが凄い存在だっていうだけなのに、何かあるの?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "えっと……もしかしてだけど、本当に分かってない……?まじで?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……あの、一応聞いておきますけど、飛鳥先輩って狭間の者のこと、どれくらい知ってます?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "どれくらいもなにも、ハーフみたいなものでしょ?うん、あたしと同じだね",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ニッコリと笑顔で言い切る飛鳥さん。その表情に、裏のようなものは一切感じられない。どうやら本気でそう考えているようだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えーと……間違ってはない……のかな?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あれ?それとも何か別の意味とかあるのかな?あたし、妖怪社会のこと、実はあまり知らないんだ。パパもママも、どちらかといえば人間社会寄りの生活だったから",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ああ、なるほど。それで理解しました。確かに、人間側では、狭間の者についてなんて、ほとんど伝わってませんしね\nただ、その……あまり大きな声では言えないというか、実は結構重要なことだったりするんですけど……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "えっと、狭間の者って妖怪にとっては本当にやばい話だったりしまして……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "出来る限り穏便にと、ちょっと遠回しに言葉を濁す。けれど飛鳥さんは、それである程度は把握してくれたらしい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああ、大丈夫。別に他の人たちに広めようとか、そんなこと考えてないから\nまだまだハーフの数って少ないから今一つ知られてないみたいだけど、ハーフってさ、結構大変だよね\n人間にはなれなくて、だけど力では妖怪に敵わなくて……こう見えて、あたしも結構苦労してきたのですよ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "両腕を組み、うんうん、と頷く飛鳥さん。ああそうか。確かに、狭間の者とは大分レベルは違うけれど、ハーフの人達も結構大変なんだよな。\n飛鳥さんも、こんな風に明るい性格してるけど、実際ここにくるまでは相当辛い思いもしてるはずだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でもこれからは大丈夫。この飛鳥お姉ちゃんが、色々と相談にのってあげちゃうから。もし何かあったら、遠慮なく言ってきなさーいっ\nあたしもさ、嬉しいんだ。なんていうか、やっと分かってくれる人が現れた、みたいな。えへへ♪",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "本当に嬉しそうな笑顔で笑う飛鳥さん。それだけで、俺と静音は飛鳥さんを信用することに決めた。\n本当にずるいよなあ、この笑顔は。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よっし、それじゃあ早速だけど、乾杯しよっか",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "乾杯って、何に、ですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうだねえ……友達記念なんて言ったら、もうとっくに友達だしなあ……恋人、とかだとかずくん喜んじゃう?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "その、にんまり笑顔で胸押しつけてくるのはちょっと勘弁して下さい。気持ちいいのでいいぞもっとやって",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "はいはい、本音と建前混ざってるわよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "あたしとしては、正直な男の子は好きだけどね。変にムッツリで、じいっと胸見てる男の子とか最悪\nあれ、女側にはバレてるのにね、どこ見てるか",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ええ、ほんとですよね。バレてないつもりなんでしょうけど、目線とか、妙にオドオドしてる態度とか",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そ、そうだったのか……今後まじ気をつけよう……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、二人はそこそこ大きいし、よく動くからぽよんぽよん揺れますしなあ\nなので、これからも正直に正面から見ることとします。うん、いいなあ、これ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あたしは別に許可した憶えないんだけど……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "まあ、かずくんだったら、見るくらいなら許してあげてもいいかなあ\nふふーん、どうだこの揺れる固まり",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "……………………って、いかんいかんっ。慌てて手を伸ばしそうになってしまった",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いやあの……しっかり伸ばしてるんですけども……指先が……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "おお!どうりで指先が幸せなはずだっ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "こういう奴ですから、甘やかさない方がいいですよ、飛鳥先輩",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "と、とりあえず、貸し一だからね。こういうことを平気で許す女、って思われちゃったらいやだから",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "肝に銘じておきまする……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "と言いながら、真っ赤になった顔を逸らす飛鳥さん。普段は仲のいい友人、って感じだけど、こういうところ見ちゃうと意識しちゃうよな。\nすっごく可愛い女の子だっていうことを。\nでも、正直嬉しいな。\n俺が狭間の者だと聞いても、それに少しも動じることなくこうして関わってくれる人がいる。\nうん。こういう人が周囲にいてくれるから、俺は頑張れるんだ。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"静音",
"飛鳥"
] | 08_Impury | D300_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "えへへ、良かった、見つかりました\nやっぱり、ここに置いてきちゃったんですね",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "日曜日の学園。部室に忘れてきた課題用のノートを大事そうに持ちながら、蓮華は安堵の息をついた。\n教室に無かった時は青ざめたものの、その後遊びにいったパト部のことを思い出し行ってみれば、やっぱりそこに忘れられていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "内容の見直しをやってたから、その時に忘れちゃったんですね",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "とにかく、これで課題は大丈夫そうだ。蓮華は持っていたカバンをテーブルの上に置くと、ノートを丁寧に中へと収める。\nそこで、もう一つ、別のカバンが置かれているの気がついた。脇に付いているアクセサリーには見覚えがある。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あれ?これって、飛鳥お姉ちゃんの荷物?\nもしかして、飛鳥お姉ちゃんも来てるのかな?",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "見れば、カバンの下には丁寧にたたまれた制服がある。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "飛鳥お姉ちゃん、ひょっとして……",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "蓮華は呟くと、窓の外へと視線をやった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えっと、さっきは確かあそこに……いたっ",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "トラックを体操着姿で走る飛鳥。飛鳥が付属校だった頃にはよく見かけた光景だが、今の本校に上がって以降、この校庭で見るのは初めてだ。\nけれど、その姿勢は昔見たものとまったく同じ。こうして見るだけで、綺麗、と感じられるものだった。\nぐんぐんと凄いスピードで走り続ける飛鳥。それはそのまま速度を落とすことなく、ゴール地点を駆け抜けた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "さすがですね、飛鳥お姉ちゃん",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "はぁ……はぁ……れん、ちゃん……?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "蓮華はちょっと興奮気味に、呼吸を整えている飛鳥に声をかける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "れんちゃん、なんでここに……?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "えへ、忘れ物です。そうしたら、部室に飛鳥お姉ちゃんの着替えが置いてあったから\nでも、やっぱり飛鳥お姉ちゃん、速いですよね",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "なんと言っても、学園最速ですから。自称だけど",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "自称、じゃなくて、みんなにも納得してもらえるように頑張ってみたらどうですか?",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "無理無理。本気でやってる人たちには到底敵いません。あたしのはあくまで自称。井の中の蛙がぴょこぴょこ跳んでるだけだもん",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ぱたぱたと両手を振りながら、あははと笑う飛鳥に、蓮華は小首を傾げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも、だったらなんで、休日にわざわざ校庭を借りてまで走ってるんです?",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "今日はたまたま、かな。なんかモヤモヤしてて、ちょっとスッキリしたかったの",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "あ、納得しました",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "れんちゃん、何、そのニヤニヤ笑いは?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "和登さんのことですよね、そのモヤモヤ",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "そ、そそそそそそそんなことなかとよ!?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "なんで方言?",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "むう……れんちゃんは時々いじわるになるなあ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "うふ、ごめんなさい。飛鳥お姉ちゃんの恋を応援する者としては、れんげの右に出る人はいませんから",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "ほんと、ごろーちゃんの妹だよねえ。顔はまったく似てないけど、ていうか似てなくてよかったけど",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥は苦笑すると、その場に座り込んだ。そして、両手で体を支えながら大きく空を仰ぐ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "飛鳥さんは、陸上部には入らなかったんですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "和登に言われた台詞が頭から離れない。\nそう、飛鳥は入らなかった。入れなかったわけでもなく、ただ純粋に入らなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だって、怖かったんだもん……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "誰にも、目の前の蓮華にすら聞こえなかっただろう小さな呟き。まるで後悔してるみたいだな……言ってみて、飛鳥は改めてそう思った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ねえ、れんちゃん……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "はい。どうかしましたか、飛鳥お姉ちゃん?",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "もしあたしが陸上続けてたら……勝てたと思う?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "もちろんですよ。飛鳥お姉ちゃんなら、絶対にっ",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "両手をギュッと握って、強い口調で言い切る蓮華。それは、前に美琴にも言われた言葉に似ている気がした。\nけれど飛鳥は、そんな蓮華の言葉に寂しげな笑みを浮かべながら言い返す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あたしはね、無理だったと思う。ううん、思う、じゃないね。絶対に無理だったよ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "そんなことっ",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "測ってみる?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "結果は分かってる。そんな笑顔で、飛鳥は言った。\nさっきまでの疲れを感じさせないような元気さで立ち上がると、トラックのスタート地点へと歩いていく。\n蓮華は何も言わずにゴール地点の横に立つと、ポケットから時計を取り出した。ストップウォッチの準備をする。\nスタート地点では、飛鳥が既にスタートの態勢に入っていた。あとは合図を送るだけ。蓮華の手がゆっくりと上がり……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "3……2……1……",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "勢いよく振り下ろされた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やっぱり、現実って残酷だよねー",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "計測されたタイムを見て、飛鳥がほらね、と苦笑する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "これは、飛鳥お姉ちゃんが全力を出してないから……",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "計測になれていない蓮華の、自分の時計で測ったタイム。当然それなりのズレはあるだろう。\nけれど、そのズレを考慮したとしても、陸上部員のそれとはかなりの差があった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "出してないっていうよりね、出せないんだ\n……怖いの、全力を出すのが……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "怖い……?",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "うん。怖くて怖くてね、もうたまらない……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "それは蓮華にとって予想外の答えだった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それって、どういうことなんですか?",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "あたしは、人間と烏天狗のハーフでしかない。そういうこと",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "それだけ言って、飛鳥は空を仰ぎ見た。そこに誰かの顔を写しているのか、自然と頬が緩んでしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だけど……かずくんは、違うんだ\n最初ね、かずくんはあたしと一緒だ、って思ったの\n人間と妖怪のハーフ。どっちにもなれない中途半端な存在。きっと色々うまくいかないことがあって、たーっくさん辛い悩みがあるに違いない、って\nうん、確かに悩みは持ってたよ、かずくん。あたしが持ってるものとは比べものにならいくらいお~~~~~~っきな、それでいてす~~~~~っごく重い悩み\nだけど、全然違った\nかずくん、いつも前向いてる。自分が何かなんて考えないで、ただ、今を一生懸命生きるんだって、ずっと前向いてる",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥お姉ちゃん、和登さんのこと……",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "あ、あははは……\nうん。なんか、好きみたい\nいやぁ、まさかこのあたしが、恋だなんてものを知っちゃうだなんてねえ。かずくんってばほんとすっごい\nや、やっぱりその……変、かな。あたしがこんな……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "そんなことありませんっ。いえ、むしろ素敵です!れんげ、おもいっきり応援します!\n大丈夫ですよ、飛鳥お姉ちゃんなら。だってお姉ちゃん、こんなに美人なんですから",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "び、びじん?そ、そうかな……あ、あはは……うん、ありがと。お世辞でも嬉しいかなあ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "むう。お世辞じゃありませんよ。飛鳥お姉ちゃんが美人でなかったら、他の女の子たちはどうなっちゃうんですか\nれんげとか、ただの幼いへちゃむくれですよっ\nですから、自信を持って頑張って下さいね、飛鳥お姉ちゃんっ",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "う、うん……でも、しずっちとか、みやびんとかいるからなあ……二人とも可愛いし、付き合い長いし……\nていうか、まだ付き合ってないのかな……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "静音さんとは、特にそういう素振りは見られませんよ。神社でよく二人きりの時ありますけど、そういう流れにまったくなりません\n多分、距離が近すぎるんじゃないかなあ\nだから、さしあたっての強敵は雅さんです!臆病は敵ですよ、飛鳥お姉ちゃん!積極的に、押せ押せです!",
"speaker": "蓮華"
},
{
"utterance": "普段は押しの弱い蓮華の強引な物言いに、さすがの飛鳥も後ずさる。\nああ、この子はやっぱり女の子なんだなあ……飛鳥はそう理解した……。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"蓮華",
"飛鳥"
] | 08_Impury | D307_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "昨夜テレビにかじりついて見ていた天気予報の通り、今日の天気は晴れ。見上げる空は快晴で、雨の可能性はこれっぽっちも感じられない。\nティッシュの箱を二箱ほど空にしたテルテル坊主のおかげだろうか、これ以上ないデート日和は、神様に土下座で感謝したいレベルだ。\n後は、飛鳥さんが来るのを待つだけ。失敗しないよう、パークの中は綿密に調べて、美味しい露天の店までバッチリだ。\n今日はなんとしてでも、二人の仲を深めないと。\n約束の時間まではあと十五分ほどある。なんだろう、普段一緒に遊んだりは当り前のようにしてるし、部室で二人きりになった時だって何度も有るのに、妙に緊張するぞ。\nこれが、これがデートの魔力というものなのかっ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……そっか。俺達、本当に恋人同士なんだよな……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "デートなんだと認識して、改めて意識する。俺と飛鳥さんの関係は、間違いなく前と変わっていることを。\n世界に一人しかいない、特別な人になったんだ、っていうことを。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……うん。デートの時にやたら早く待ち合わせ場所に行くやつらの気持ちがすげえ分かった\n家でジッとなんてしてられないよな、これ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "こうして待っている時間すらもがなんか嬉しいんだよな。\n俺は、晴れ渡った空に改めて感謝しながら、飛鳥さんの来るのを待った。\n待ち合わせ時間五分前。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん、さすがに時間前だしな、慌てない慌てない",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "待ち合わせ時間丁度。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、女の子は支度に時間がかかるもんだ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "待ち合わせ時間十分後。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はは、これくらいで焦ってどうするよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "待ち合わせ時間二十分後。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん、女の子を待つのは男の甲斐性。これくらいどうってことないさ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "待ち合わせ時間三十分後。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……さすがにちょっと遅くないか?飛鳥さん、時間には別にルーズじゃなかったはずだし……まさか何かあったんじゃ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "家の方に行ってみた方がいいかもしれないな。何か事件にでも巻き込まれた可能性が……なんたって、飛鳥さん美人だもんなあ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "って、家の場所聞いてない!!\nお、落ち着け俺!こんな場合はとりあえず三回回ってワン、だ!\n一回……二回……三回……ワン!って回ってどうする俺!やっちゃった後で気づいても遅いけど!\nそ、そうだ警察!おまわりさーん、飛鳥さんの家の住所を……って、飛鳥さんで分かるわけないだろ!誰のことか特定できるものを……\nそうだ、携帯!携帯番号を見せれば!\nって、携帯に電話すればいいだろ、俺!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いやー、人間、焦るとほんとわけわからない行動に出ますな。えーと、筑波飛鳥を選んで……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃあっ",
"speaker": "?"
},
{
"utterance": "え?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "まるで俺からの着信に驚いたかのようなタイミングで聞こえた驚きの声。あそこの樹の陰あたりから聞こえたような……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "そこには、ヒラヒラのフリフリでグリングリンした飛鳥さんがいた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お、おはよう……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "困ったような笑顔を浮かべつつ、申し訳なさそうに言う飛鳥さん。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お早うございます……あの、なんでこんなところに……?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、あははは……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥さんは、胸の前で両手の人差し指をちょんちょんと合わせると、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ご、ごめんね……あの……待ち合わせ時間のちょっと前に来てたんだけど……は、恥ずかしくって……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "恥ずかしいって……もしかして、その服ですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "う、うん……こういう時のためにって買っておいたんだけど……実際に着るのは初めてで……\nや、やっぱり、やりすぎちゃってるよね、これ。あ、あははは……\nうん、決めたっ。一緒に歩くかずくんにまで恥かかせちゃうし、着替えてくるねっ。ダッシュで行ってくるから、ちょっと待っててっ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "いやいやいやいや、それを着替えるなんてとんでもないっ\n充分可愛いじゃないですか。勿体ない",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "で、でも……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "俺は、その格好の飛鳥さんと一緒に歩きたいです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……うん。かずくんが、そう言うなら……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "普段、こんなヒラヒラしたタイプの服着てないから、気にしちゃってるみたいだな。飛鳥さん、元がいいんだから、気にする必要ないのに。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それじゃ、行きますか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は飛鳥さんの手を取ると、しっかりと握りしめる。小さくて柔らかい、女の子の手だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ダメですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "う、ううん。むしろ望むところっ。え、えへへへ……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑顔を浮かべてくれる飛鳥さん。可愛いなあ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おっし、テンション上がってきたー!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "きゃっ、かずくん?ちょっと張り切りすぎじゃない!?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "何を仰いますかっ、こんなのまだ序の口ですよ!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "その手を強く握りしめたまま、俺は走り出す。そんな俺に引っ張られながら、飛鳥さんも走ってついてくる。\n目指すは白夜島最大の観光地にしてデートスポット。その名も『モンスターキングダム』!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うわ、やっぱり結構混んでるね",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "まあ、白夜島といえばここ、ってイメージありますからね\nわざわざ観光でこの島に来ておいて遊園地とか、何考えてるんだろう、って気もしますが",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "どうせなら、この島ならではの自然とか見に行けばいいのにな。勿体ない。\n白夜島に作られた最大のレジャー施設『モンスターキングダム』は、西洋妖怪をテーマとした遊園地だ。\n妖怪が数多く住むこの島で、あえて西洋妖怪をテーマにしたアミューズメントパークを作るというその考えに、初めて聞いた時は驚いたものだ。\nまあ結果的には、和風妖怪達までが、西洋妖怪なんかに負けてられるか!と遊びに行くようになり大成功を収めている。\n白夜島を訪れる観光客はかなり多いけれど、ここを目当ての客も相当らしい。\n俺達はその大勢の客の中、しっかりと手を繋いで歩き出す。\nさて、まずはどこを目指そう。テーマパークとしての広さも、ここは相当なものだ。アトラクションの数も当然それに比例しており、無計画ではどうにもならない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "飛鳥さん、まずどこ行きたいです?ゆったり系か、それとも激しい奴か",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だが飛鳥さんは、そう尋ねる俺のピッタリとくっついて、周囲をオドオドと見回している。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うう……やっぱり浮いてる感じするよぉ……みんな変な目であたしのこと見てるような……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "確かに、やたらこっち見てるな、男ばっかり。\nうん、あれだ。どう考えてもこれは、飛鳥さんが可愛いからだ。\n他にもカップルいるけれど、ひいき目に見たって飛鳥さんに勝てそうにないし。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、これだけ可愛ければ、世の男共は見たくもなります。なんなら見せつけます?\nもっとイチャイチャと抱き合いながら歩くというのは……ああ、キスしまくりってのもいいなあ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そんなことしたら、かずくんが笑われちゃうよ、あたし相手じゃ……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "うーん、これは重症だ。今まで自分の魅力を考えたことなかったんだろうなあ。\nとはいえ、このままじゃ飛鳥さんも楽しめないだろうし……ここはちょっと荒療治といきますか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ちょっと失礼しまーす",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "きゃあっ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "俺は許可すら得ずに、飛鳥さんをお姫様だっこで持ち上げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うわ、飛鳥さんちょっと軽すぎません?胸にそんな重いの二つもついてるのに、何これっ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "かずくん、それちょっぴりセクハラー",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ふっふっふ。何を今更。俺と飛鳥さんの愛が、この程度で減少するはずもなし",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いやまあ、そうだけどね。むしろ、そんなかずくんがやっぱり好き、なんて再認識しちゃったし……\nじゃなくてっ。な、ななななんで、いきなり!?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "せっかくお城もあるわけですし、お姫様気分を味わっていただこうかなと",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "お……お姫様……\nかずくん……さすがにそれは無理だよ\nあたし、女の子っぽさ足りないし……お姫様なんて……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "俺の説明を聞いて、飛鳥さんはいじけたように視線を逸らしてしまう。その態度がまた可愛いなあ、なんて思ってしまう俺はかなりやばいかもしれない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "少なくとも俺は、俺の知っている女性の中で一番可愛い、と思ったから飛鳥さんを選んでるんですけどね\nそれは、顔はもちろんですけど、それ以外の点も全部含んで、ですよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "え……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "俺にとって、飛鳥さんは一番可愛いお姫様なわけで。それじゃ不足です?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そ、そんなこと、ないないないない!\nかずくんが思ってくれるなら、あたし、それだけで充分っ\nでもあの……あたし、いつも全然女の子っぽい態度とかとってないし……本当に……可愛いって思ってくれる……?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥さん、可愛すぎ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "え……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "俺の言葉を信じてくれるなら、ストレートな意味で受け取って下さい",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "かずくん……\nえへへぇ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ゴマカシでも嘘でもない、本心から言っているのが伝わってくれたのか、飛鳥さんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あーちくしょう、やっぱ笑顔の方が可愛いなあ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だったら、もっと言ってほしいな♪",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "可愛いよ、飛鳥……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うわー、うわー、うわー、呼び捨てだー、ダメ!今のやばすぎ!あたしの心臓、どっきどき言ってる!\nわんもあっ、わんもあぷりいずっ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "まったく、しょうがないなあ、飛鳥は……まあ、そんなところも可愛いんだけど",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "はわわわわわわわわわわわわわ……かずくん、本気で飛鳥キラー!\nどうしようっ。あたしもう、死んでもいいくらいにスマイルハッピーしてるよっ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "それは困るなあ。飛鳥には、俺のために長生きしてもらわないと",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "かずくんの、ため?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "そ。俺とずっと一緒にいてくれってこと",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "かずくん♪",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "その目にハートマークを浮かべ、俺を見つめる飛鳥さん。こういうところ、間違いなく女の子してると思うんだけどなあ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "すごかったね、今の立体映像っ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ええ。どこで映像に変わったのか俺、まったく気づきませんでしたよ。飛鳥さん、分かりました?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あ、一瞬ね、ライトの色が変わったから、何かやるのかなあ、とは思ってた",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "すげえ……よく気づきましたね、そんなの",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "気がつけば楽しい時間はあっと言うまで、陽は既に傾き夕暮れ時。\n俺達のデートも、もう終わろうとしていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……なんか、あっという間でしたね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん……一日が48時間だったらよかったのにな。あたし、今本気で思ってる\nギリシャ神話とかにさ、いるじゃない。時間の神様。こういうところでなんとかしてくれないのかな。時間巻き戻してくれたり",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "でも、そういう時って、大抵やった成果すらも巻き戻りますよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うげ……それはやだなあ……\nかずくんとの、こんな楽しい記憶までなくなっちゃうってことだもんね",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ガックリと肩を落としながら、飛鳥さんは諦めの言葉をこぼした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、大丈夫ですよ。今日は終わりですけど、明日がまた来ますから\n明日また、学園で会えますし。まあ、もうちょっとくらい一緒にいたいのが本音ですけど",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "うん……本当にそうだよね",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥さんは、寂しげにそう言うと、それでも少しだけ笑顔になった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "かずくん……今日は、ありがとうね",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "可愛い女の子とずっと一緒で、時々胸を押しつけてもらったり、抱きつかれたりと、むしろお得だったのは俺の方です。なので、それは俺のセリフですね",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ううん。そんなの、どれだけ積んだって届かないくらいの嬉しいことを今日はもらえたから\nだから、明日も、明後日も、明明後日も、その次の日も、その先の日も……ずっとずっと……ありがとうってお礼を言わせて\nあたしを隣にいさせて",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "……むしろ、いてくれないんです?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "その言葉を聞いて、飛鳥さんの顔に、自然と笑顔が浮かんでくる。\nその笑顔が、俺の質問に対する答えだった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"?",
"飛鳥"
] | 08_Impury | D320_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "珍しく早起きした休日の朝。\nすこぶる、やることがなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "こういう時にかぎって、本当に誰も来ないし、やることなかったりするんだよな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ならば寝るのみ!そう決意してベッドの上に横になること数分……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ダメだ、まったく眠くならん……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "こんなことなら、何も考えずに昼過ぎまでずっと寝てるんだった。俺は落胆と共に、ゆっくりと体を起こす。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……散歩でも行くかな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "窓の外に広がる蒼空を見ながら、俺は呟いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふう。一人でここに来たのも、久しぶりな気がするなあ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "島の奥側にある自然公園。その中でも少し奥まった、あまり人の来ない場所。\nあまりここまでは来ないせいか、少し懐かしいような感じがする。俺はその場に立ち尽くしたまま、周囲をゆっくりと見回していった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……飛鳥さんとのデートの場所にしてもいいかもな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "などと呟いたところで、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あれ、かずくん?",
"speaker": "少女"
},
{
"utterance": "不意に、誰かが自分を呼んだ気がした。\n訝しみ、振り返れば、\nそこには、健康的な太ももを惜しげなく晒した、飛鳥さんの姿があった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "え、飛鳥さん?その格好、どうかしたんですか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……言ったことを叶えてくれるという言霊さまのご降臨!?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん、ちょっと急に走りたくなっちゃってね。山を一周しようかなって",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "それ、唐突に走る距離なんですか……?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "あはは。ちょおっと、距離長いかもね\nでもほら、あたし、一応趣味でちょこちょこ走ってるから、これくらいの距離なら別にね",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "にしたって、校庭の方が走りやすくありません?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "それはそうなんだけど、ほら、景色が変わらないでしょ",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ああ、なるほど。納得しました",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "長距離を走る時のモチベーションを維持するためには、やっぱり同じ場所を何周もするより、変わる景色を眺めながらの方が絶対にいい。\n飛鳥さん、本当に走るの好きなんだなあ。\nただ……。\n俺は、目の前に立つ飛鳥さんを嘗め回すように見る。それはもうネチっこく、とにかくじっくりと。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、あの、かずくん?その……目が怖いよ……?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "……なんか嫌だな……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "嫌って、何が?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "だって、山を一周するってことは、飛鳥さんのその格好を大勢が見るわけでしょう\n飛鳥さんのはしたない格好を見ていいのは俺だけだ!!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いや、はしたないってあーた……\nこれ、普通の体操服なんですけども",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥さん、スタイルいいからなあ……そのブルマから伸びる、スラリとした足とか……たわわに揺れる、二つのオパーイとか",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……かずくんて、本当に隠さないよね……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "本心ですから",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "本心って……かずくんて、あたしのこともそういう目で見れたりするのかな?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "いや、むしろ見れない奴って、男同士じゃないとダメか、目が見えないかのどっちかでしょう\n男だったら……いえ、女でも、飛鳥さんのそのプロポーションって憧れだと思いますけどね\n具体的には美琴さんに謝れ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "みこっちゃんはともかく……そ、そうなんだあ……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "えっと、妙に嬉しそうに見えるのは気のせいでしょうか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ううん、事実。だってほら、嬉しいから\n自分の一番好きな人が、自分のことを興奮するって言ってくれてるんだよ。そりゃあ嬉しくて当然だって",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "なるほど、言われてみれば男だって、好きな女の子に誘惑とかしてもらえると嬉しいもんな。女の子だって同じような気持ちはあるわけだ。\n……だったら正面から……っと、いかんいかん。そこでビーストモードになったら、喜ばせるどころか狩人さんに撃ち殺されかねん。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ね、ねえ、かずくん……?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "はい、なんです?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "かずくんは、その……あたしと……し、したい?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "当然したいです",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "……なんか、あまりに躊躇がなくてビックリ……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "当然でしょう。一番好きな相手としたくない、なんてバカ男いませんよ\nただ、その気持ちを無理に押し付けようとは思わないですけどね。男は必死にガマンの生き物です",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "すいません。男はやっぱりビーストでした。とはいえ、獣の中にも相手を大事にするやつはいるわけですよ、狼みたいに。\nなので、本心から言えば今すぐにでも……だけれど、しっかり抑えましょう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "…………いい、よ。しても",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "けれど、そう懸命に自分を制御しようとしていた俺の耳に、信じられない言葉が入った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ううん。あたしがね、かずくんと、したい……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "恥ずかしそうに、だけどどこか望むかのように微笑みながら言う飛鳥さん。俺は内心の動揺を必死に隠しながら、どうにか尋ねる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……正直、メチャクチャ嬉しいんですけど、でもいきなりどうしたんですか?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "う、うん。ほら、みんなにさ、交際宣言しちゃったじゃない\nあの後、みこっちゃんとしろっちにも伝えてさ……\nそしたら、実感湧いてきたっていうか……ああ、そういう関係なんだなって改めて思えて……\nそれで、あの、えっと、その時からね……あ、あはははは……だ、だから……\nかずくんを想う度に……結構その……下着を替えなくちゃいけないことに……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "……つまり濡れ……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "はいそこまで!それ以上禁止!\nそれくらい……かずくんのこと、想っちゃってるんだもん……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "なんていうか、嬉しい。ていうか、嬉しすぎる。ここまで俺を想ってくれていることが。\n瞬間、俺は抑制することをやめにした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……飛鳥さん",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "は、はい……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "なら、しましょう!今すぐに!",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "え?今すぐって……あ、あの、まさか……ここ、で……?",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ごめんなさい。俺もう、興奮してガマンできそうにないんです\n俺だって、飛鳥さんのこと、想いまくってるんですから……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "家やホテルになんて移動するのももどかしい。とにかく今すぐ、一分一秒でも早く、俺はこの人を抱きしめたい。\nこの人の想いを受け止めて、俺の想いを伝えたい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……かずくん……\nあの……もうちょっと奥の方でいい、かな……?さ、さすがにここだと恥ずかしい……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "ええ。俺の飛鳥さんを他の人になんか見せたくないですから……その……奥の方で……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は、恥ずかしさに俯く飛鳥さんと一緒に、更に奥の方へと向かっていった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"少女",
"飛鳥"
] | 08_Impury | D326_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "放課後の校庭には、いつも通り飛鳥さんの姿があった。\n苦しそうに、けれど全力で走り続ける飛鳥さん。勝つために、ただ必死に頑張るその姿は眩しくて……だけど同時に腹立たしくもある。\n俺は、その姿を少しだけ眺めると、やがて顔を背けて横を通り過ぎていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんだ、声かけなくていいのか?",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "今かけても、邪魔にしからないよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そもそも、今声をかければ、言ったらいけないことまで言葉にしてしまいそうだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、そうかもしんねえな。あいつの今の原動力はカズだしな。それが乱れちまうかもしんねえ\nと、いけねえ。わりい、忘れもんだ。先行っててくれ",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "了解",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺は軽く一言答えると、そのまま部室の方へと歩いていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……さて、と。忘れもん忘れもん\nよう、張り切ってんな",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "はぁ……はぁ……ごろーちゃん?はあ……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥はゴール地点のすぐ横に座り込みながら、疲れた顔で五郎を見上げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ほれ、差し入れだ",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "今買ってきたばかりのスポーツ飲料を軽く放り投げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "で、どうだ、調子は",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "うん……頑張れてると思う……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "言ってる内容の割には表情が今一だな",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "あー、ごろーちゃんには隠せないなあ、やっぱり",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "その様子じゃ、厳しいか",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "……うん\nだけど、頑張る。今までの分を取り返さないと",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "無理すんな、なんて言える状況じゃねえな。ま、やれるだけやってみろ",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "えへへ、ありがと",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "けどまあ、オレから見ても無理あると思うぞ、お前の賭け。分の悪い賭けは嫌いじゃねえが、勝てる見込みの無い賭けはさすがに別だろ",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "そうかもね……あたしも、なんでこんなバカなことやってるのかなあ、って思う\nでも……なんか、許せなかったんだ。ただ逃げてきただけのくせに、辛いことに耐えてきた、頑張ってきた、なんて笑ってたあたし自身が\nだけど、かずくんは逃げてなかった。ずっと逃げないで、まだ戦ってた。これからも戦い続けなくちゃいけない\nそんなかずくんの隣に、逃げてるままのあたしじゃ恥ずかしくて立てないよ……",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "……カズの奴の昔についてはオレはよく知らねえが……お前がそこまで言うんだ。だったら仕方ねえよな\n分かったよ。だったらもう、後は応援してやるだけだ。とことん頑張って頑張って、やってみせろや",
"speaker": "五郎"
},
{
"utterance": "ごろーちゃん……うん、ありがと。頑張る",
"speaker": "飛鳥"
},
{
"utterance": "飛鳥は、笑顔で力強く頷いた。五郎もその返答に満足そうに頷き返すと、その場を後にした。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"和登",
"五郎",
"飛鳥"
] | 08_Impury | D345_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "やっと全部片付いたな……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうね、ようやくいつもの日常に戻ってきたって感じね……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "本当に疲れた~",
"speaker": "お疲れの二人"
},
{
"utterance": "敬吾との一件から二週間ほど経ち、ようやく様々な仕事から解放されて、俺と静音は神社の境内で思い切り声を出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そういや、安綱は?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "今日はずっと、ごろごろしてるって",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "まあ、安綱も色々がんばったからな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "結論から言えば、静音のがんばりによって敬吾が起こした妖力の暴発は、全て空に向かって逃がす事が出来た。\nしかし、その後が大変だった。駆けつけた警察に事情を説明したくても、肝心の敬吾は跡形も無く消滅してしまったのだから。\n一時は俺達が逆に犯罪者扱いされそうなって肝が冷えた。\nまあ、それでもおやっさんや学園側からの事情説明や、その後の調査で敬吾が犯人であるという証拠がごろごろ出てきたおかげで、最終的には丸く収まった。\n俺達は巻き込まれた哀れな被害者でありながら、白夜島を救ったヒーローとして報道され、連日の警察の事情聴取やらテレビの取材やら、死ぬほど忙しい日々が続いた。\nそれらも最近ではようやく落ち着き、こうして俺と静音は神社でまったりしているわけだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でもこれで、全部終わったのね……昔から、ずっとずっと続いてた色々なものが",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そうだな。初音さんの事、俺とお前の事、それから学園に入ってからのごたごたも、ようやく決着がついたな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ほっとした反面、ちょっと寂しいなんて思うのは贅沢なのかしら",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そうだな、贅沢だ。けど、終わったわけじゃない。始まったと思えばいいんだよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "そうね!これからが始まりよね!",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "俺の言葉に静音は嬉しそうに笑顔になると、何かを思いついたように俺に向かって手を伸ばしてきた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それじゃあさ、新しい始まりを祝して……一つ、誓わない?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "ん?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "だから、昔みたいに物騒で危険な誓いじゃなくて、もっと優しいやつ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "静音……",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ほら、あの日……妖力を空に逃がせたのって、和登が後ろで支えてくれたからだと思うの……",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そんなことないさ、あれはお前の力だよ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "いいの、そんな事あるの!あんたが支えてくれたから、あんたが後ろにいてくれたからがんばれたのよ",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "そっか……うん、お前が言うならそうかもな",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "もう、あたしは迷惑って言葉から逃げないし目を背けない。だから言うわ。今ここで誓いましょ\n今後も互いをずっと支え合おうって……ダメかな?",
"speaker": "静音"
},
{
"utterance": "駄目なわけないだろう?",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "俺はそう言って静音の手をしっかりと握った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もちろん誓うよ……これからずっと、俺はお前を支えるから、お前も俺を支えてくれ",
"speaker": "和登"
},
{
"utterance": "ええ、もちろん!",
"speaker": "静音"
}
] | [
"和登",
"静音",
"お疲れの二人"
] | 08_Impury | EPb_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "王都からわずかに離れた森の中。木の根元に座り込み、寝息を立てている男の周囲を一人の少女がせわしなく動き回っている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ~、もう退屈っ。ソルはすぐ寝ちゃうし、面白い事はなんもないし……\nというか!食事の用意とか全部ぼくに任せて、自分は一人だけ寝ちゃうのはずるいと思うの!",
"speaker": "???"
},
{
"utterance": "少女は近くに設置したテントから野営用の装備を取り出して、手際よく昼食の準備を進めていく。\n近くで寝ているソルという男に対しての当てつけか、大きな音を出したり鼻歌をしながら作業を進めているので、だいぶやかましい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あれ?調理用ギアの出力が弱い?う~ん、これももう寿命かなぁ……使い始めて結構たつしね\nえーと、じゃあ調理時間を再計算して……ん?",
"speaker": "???"
},
{
"utterance": "動きっぱなしだった手と口を止めて、少女は何かに気がついた様に顔を上げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ねえ、ソル……ソルってば!",
"speaker": "???"
},
{
"utterance": "あぁ……?",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "そして数秒後。慌てたように木陰で寝ている男の名前を呼ぶ。男は、面倒くさそうにゆっくりと目を開けた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シャイン……夕方まで起こすなって言っただろ……",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "ただでさえ強面のつり目が半眼になって更に迫力を増すが、慣れているのか、シャインと呼ばれた少女は軽く流してまくし立てる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もう!寝てる場合じゃないよ!お仕事だよお仕事!",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "はあ?寝ぼけてるのはお前のほうじゃねえのか?まだ、前回から30年ぐらいじゃねえか。一世代もたってねえぞ",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "寝ぼけてないよ!ちゃんとママから届いた情報だもん!",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "ちっ、とりあえず情報オレに回してみろ",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "あっ……",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "ソルはそう言うなり、シャインの頭を掴むと強引に互いの額同士をくっつけ目を閉じる。\nシャインは突然の事に顔を赤くするが、抵抗らしい抵抗はせずに、ソルと同じように目を閉じた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なるほど……ブレイブギアの起動を確認か……確かに間違いないようだな",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "あう……",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "ソルは必要な情報を同期すると、用は済んだとばかりにシャインを押しやり、軽く嘆息する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だんだん周期が短くなってやがる……そろそろ対策うたねえとな\n面倒くせえ……って、なに赤くなってんだよ",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "も、もう!接触同期する場合はちゃんと言ってよぉ……その、ぼくにだって心の準備とか色々……",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "これが一番てっとり早いだろ。それに、いい加減慣れろ。いつもの事だろう",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "むう、ソルのバカ……",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "口をとがらせてぶつぶつと言っているシャインに肩をすくめ、ソルは荷物の中から一枚の透明なガラス板の様な物を取り出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "んで、任務の詳細は情報取得任務?今代の勇者の情報収集か。また珍しい任務だな",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "うん。いつもなら起動した瞬間に同期して終わりなのに、なんでこんな任務が来たんだろう?",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "さあな、とりあえず俺達は任務をこなすだけだ、お上の指示通りにな",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "ソルはそう言って、透明な板に手をかざす。そこに次々と文字や画像が浮かび上がってくる。\n本来であれば、そこには今代の勇者の画像や詳細なデータが表示されるはずなのだが……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あん?なんだこりゃ?",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "うわ、文字化けしてる",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "表示された文字は乱れ、画像も映らず、その表記からはわずかな情報しか読み取る事が出来なかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "故障か?",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "ううん。この前メンテしたばかりだから、壊れてるなんてこと無いと思うんだけど……",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "なるほど。つまり、これがオレ達に依頼が来た理由か",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "え?",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "つまり、お上もこれと同じ情報しか取得できなかったってことだよ\nだからオレ達に直接確認してこいっていってんのさ",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "あ、なるほどね",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "シャインに説明しながら、ソルは改めてガラス板へと視線を移す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ねえねえ、そういえば今代の勇者の名前は?",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "ああ、そういや名前は文字化けしてねえな。召喚された時点で決まってるからか",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "シャインに指摘され、ソルは改めて各種項目の一番上の欄へと視線を向ける。そして、そこに表示された文字を読み上げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "今代の勇者は……『ヤマナシアカリ』だとさ。女らしいぞ",
"speaker": "ソル"
}
] | [
"シャイン",
"???",
"ソル"
] | 09_Sekai | 0108_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "高い壁に囲まれた王都のすぐ外にある草原。俺は、勇者としての第一歩を踏み出すべく、灯と共に王都の外へと繰り出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "RPGのお約束だな。まずはお城の周りでレベルアップ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "でも、最初から伝説の最強武器付きっていうのは珍しいよね",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "勇者だからといって、敵をなめてはダメだ。そうやって敗北するのはヒーローじゃなくて悪がやること。\nたとえ伝説の武器を持っているとはいえ、俺はまだ勇者一年生。ここはしっかりとブレイブギアを使いこなせるようにならなければいけない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おし、それじゃ頼むぜ、レイ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そう言って、俺は右手の甲を上にして突きだした。そこから白い光が噴き出し、翼の生えた小さな少女を形作る。\n長い紫色の髪と白鳥のような白い羽。それはまさに、天使か妖精といった雰囲気だった。\n少女は、俺の顔の前に浮かびながら、まっすぐ俺を見て言う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はい。まずマスターには私、すなわちブレイブギアの使い方を憶えていただきます",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "少女の名前はレイ。ブレイブギアに宿るサポート用の人格らしい。つまりは、このブレイブギアに宿る人格のようなものであり、マニュアル、ということだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私は、ブレイブギアの独立型戦闘支援用管制人格プログラム・レイです",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "独立……なんだって?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "独立型戦闘支援用管制人格プログラムです",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "え~と、つまり人工知能ってやつなのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "その認識で問題ありません。私は勇者としてこの世界に召喚されたマスターを導き、魔王との戦いに勝利させる事を目的に作られました",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "なるほど……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "確かにまあ、いくら対魔王用兵器と言われても、このギアの使い方とかさっぱり分からないしな。\nとりあえず使ってみればなんとかなるか、と思ってたんだが、解説役がいてくれるならそれは助かる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それじゃあ、改めてレイ。俺は光島新だ、よろしく頼む",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ラジャー。マスター名、『コウジマアラタ』を登録しました\nこの私がサポートについている以上、マスターの勝利は絶対無縁です。大船に乗ったつもりでいて下さい",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "いや、勝利に無縁じゃやばくない?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ああ……あまりに無敵なこの身が口惜しい……一度でいいから敗北の味を知りたいというこの小さな願いすら、やはり聞き届けてはいただけないのですね……\nマスターのいけず",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "オリジナルギア。俺達は、そのあまりに偉大な力に宿った意思の力が放つ威厳の満ちた言葉に、何も言うことができなかった……。\nそうして、そのレイに言われて、ブレイブギアの使い方を学ぶために俺は王城を出た。\n灯は、姫さまやアウロラが全力で止めたが、ついていくと言ってきかなかったので、そのまま連れてきた。まあ、俺が守ればいいことだしな。いつものことだ。\n光島新!勇者への第一歩、踏ませていただきます!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "早速頼むよ、レイ。俺はまず何をすればいい",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "それでは、美少女妖精レイちゃんの『レベル1でも出来る魔王退治講座♪』。早速始めましょう\nれっすんわーんっ。習うより慣れろ!\nそこに、この周辺の魔物達の巣があります。まずは適当にやってサクっと滅ぼしてきて下さい",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "うわっ、マニュアルさんがいきなりスパルタ!",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "いや、滅ぼしてくるのはいいんだが、操作方法くらいは教えてもらえないとどうにもならないぞ。素手で殴ればいいのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ガッ、とやってグッ、といってキュンッ、って感じでやってみて下さい",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "いや、それどんな感じ?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "なんか、レイちゃん教える気まったくないよね……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "うおっ、すげえ、なんかごっつい小手みたいなの出たぞ!これで殴れってことなのか!?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ああ、うん。それでやれちゃうとか、さすがの私もドン引きしてるよ、新くん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "言われた通りにやってみた瞬間、右手の甲から噴き出した光が、瞬く間にごっつい腕になって固まった。\nこれ、マジで凄いぞ。力が漲ってきて止まらない。こいつで殴れば、確かにどんな魔物だって一発な気がする。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "この呑み込みの早さ、素晴らしいですね。さすがはマスター、魔物の巣くらいらくしょーらくしょー\n大丈夫。マスターだったら問題ないですれでぃーごー",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "うん、これなら確かにやれそうな気がするぞ。これはもう行くしかない!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おっしゃー、ちょっくら行ってくるぜー!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "気をつけてねーっ!",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "……………………。\n…………。\n……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おーっし、草原の巣のボス、ぶち倒してきたぜ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "中々のパワーファイターだったけれど、ブレイブギアを装備した俺とパワー合戦とか大失敗だったな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、ビックリです。まさか本当に倒すとは。人間、気合いがあれば出来るものですね",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "あれあれ?さっきレイちゃん、問題ないですれでぃーごー、とか言ってなかったっけ?",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "ふ、当然だ!どんなピンチでも仲間の声と愛する者達の声援と自らの気合いで跳ね返す!それこそがヒー・ロー!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ああなるほど、よく分かりました。今度の私のマスターは、バカ!!なのですね",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "その通り!自他共に認める熱血ヒーローバカだ!悪人退治と人助けは俺に任せろ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "…………なんでしょう、私今、すっごい敗北感味わってるんですが……。初めてですよ、こんな屈辱を与えてくれたマスターは……",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "あはは……なんだろう、この会話の噛み合ってなさ……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "れっすんとぅーっ。考えるな感じろ!\nそこに、魔物達の砦があります。さっきと同様にサクっと滅ぼしてきて下さい",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "また!?レイちゃん!?それさっきと同じっ。何も新くんに教えてないよ!?",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "フンッ、という感じで、ハッ、とやって、オラオラァッ!とやってみて下さい",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "おう!任せろ!これも勇者の修行と思えばなんてことはないぜ!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ほ、本当に気をつけてねーっ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "……………………。\n…………。\n……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うっしゃー!魔物の砦、粉砕してきたぜ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "さっきのとは違って、今度はスピード型のボスだったな。けれど、俺に攻撃する時は必ず俺の間合いに入る。そこを狙えば問題なしだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんということでしょう。どうやらマスターは私が思っていた以上にマスターだったようですね",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "当然だっ。なんといっても俺は、お前のマスターだからな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うーん……新くん、会話はちゃんとするべきだと思うよ?",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "れっすんすりぃーっ。見事だ。俺が教えることはもうなにもない\nマスターはもう大丈夫です。さあ、さっくり魔王を倒しにいきましょう!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "おっし、卒業!いやー、意外となんとかこれちゃうもんだな!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "えーっと……うん、新くんが楽しいならそれでいいのかなー\nでもレイちゃん、あとで二人っきりでお話ししようか",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "なんでしょう……私今、生まれてこの方味わった事の無い恐怖を感じています。アカリさま、怖い子!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "とりあえず魔物の巣や砦を色々破壊しまくりつつ、レイの言うままに歩いていたら、いつの間にやら俺達は魔王城の前にいた。\nさすがは魔王城、その迫力は尋常じゃない。いかにも、ここにラスボスがいる、っていう雰囲気だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だけど新くん。いくらなんでもいきなりラスボスさんの所に押しかけちゃうのはまずいんじゃないかなあ。ヤクザさんの事務所とは危険度違うと思うし\nゲームでも、ちゃんとレベル上げてからじゃないと負けちゃうよね",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "確かにそうだな。勇気と無謀は別のもの、履き違えてはいけない\nだからまあ、軽い様子見にとどめておこう。どれくらいの強さの敵がいるのか、どんな造りになっているのか、情報は必要だ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "さすがはマスター、よくお分かりですね。少なくともここ三十年の間、魔王城の内部に入った人間はいません。内部がどのようになっているかも不明です",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "だったら尚更、だな。本気で攻め込む前に、一度見ておく必要はあるだろ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ほ、本当にちょっとだけだよ。中の雰囲気とか、状態とか、ちょっと見るだけ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "さすがに、魔王城の目の前に灯を置いておくわけにもいかない。必然的に、灯も俺と一緒に中に入ることになる。\n守らないといけない人がいる時に、バカみたいな無茶をするつもりはない。守る相手を危険にさらさない。これもヒーローにとっては大事なことだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おう、俺を信じろ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "言って、自信に溢れた笑みを一つ。灯は、仕方ないなあと溜息を一つつき、おずおずと俺の服の裾を握った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、バッタリ魔王と出会ったりしちゃったら、その時は殺るしかありませんけれども",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "城の中を徘徊してるラスボスとか、威厳も何もないぞおい",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺達は、その扉へと向かって足を踏み出した。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"レイ",
"灯",
"新"
] | 09_Sekai | 0109_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "シャイン……あなたに、新しい任務を与えます\n空間転移に最大級のエラーが発生しました。今代の勇者ユニットが、勇者の責務を放棄している可能性があります\n至急確認し、事実であるならば、代行者としてその勇者ユニットを排除しなさい\nこれは、優先度SSSの任務となります。いいですね",
"speaker": "ママ"
},
{
"utterance": "だってさ、ソル。ママからの連絡",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "SSSかよ……この前の任務も、動き始めたら1日でキャンセルだぞ。何が起こってんだ、いったい",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "王都に近い湖の畔、一組の男女がそこにいた。\n少女の言葉に、地面に寝転がっていた男がめんどくさそうに身体を起こす。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "さあ。だけどさ、場合によっては久しぶりにやれるんじゃない?",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "まあ、そうだな。ここはぜひとも事実であってほしいところだが……\n『コウジマアラタ』か。楽しませてくれよ",
"speaker": "ソル"
}
] | [
"シャイン",
"ママ",
"ソル"
] | 09_Sekai | 0120_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "アウロラ!",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "新の!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "実験教室~♪\nというわけで、早速実験、始めましょっか",
"speaker": "勇者とエルフ"
},
{
"utterance": "いや、それは構わないんだけど、今のはいったい?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ノリよノリ。実験なんて勢いでやってなんぼだもの。さあ、色々試すからちゃっちゃといくわよっ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラは、持ってきていたカバンを開くと逆さにした。中から様々な大きさのギアがザラザラと落ちてくる。\n今日の勇者稼業は、アウロラの実験手伝いだ。昨日一日で作った様々なギアを、ここで一気に試すつもりだとか。\nちなみに、灯とシエルは、アウロラに言われて置いてきた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えーと……これ、全部試すのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "草の上に山のようにつまれたギアを見下ろして、俺は確認する。まあ、答えは分かっているが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ええ、もちろん。あたしの研究の成果を、ここで誰よりも早く見せてあげるわ。光栄に思いなさい",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "いや、依頼は依頼だし構わないけども……こんな所で実験とか、どんな能力のギアなんだ?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "もちろん戦闘用。言い換えれば破壊用",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "戦闘用!?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "当たり前じゃない。だから、わざわざ戦闘服で来てるのよ\nというわけだから、早くブレイブギアを起動しなさい。で、ギアの力の付与をした、あたしの弓を打ち落とすの",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "まあ、シエルに戦闘の意思がないとはいえ、魔物は存在してるからなあ。そういうギアの開発も、確かに必要か……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "防衛力無しに平和は築けない。それは間違いなく真理だ。そして、その危険な実験に、周囲の人を容易く巻き込むわけにはいかない。俺に頼むのも当然か。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "分かった。で、どういう力なんだ?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "まずは貫通能力の付与ね。ブレイブギアの起動と同時に展開される不可視のエーテルシールドを貫いて破壊するのよ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "いや、それ成功したら、俺死なないか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "大丈夫よ。成功したら、それを元にして魔王クラスの防御結界を破壊できるギア作るから。勇者は不要になるわ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ああ、うん分かった。俺の安全はまったく考慮されてないわけだな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "姫さま、このエルフどうにかした方がいいかと思います。\nとりあえず、敵との戦いならどんな苦難も乗り越えてみせるが、味方に背後から攻撃されるのは勘弁だ。最近のヒーローは、変身中すら撃たれることあるからな。\nここは素直に、全力撃退モードに入っておいた方がいいだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "頼む、レイ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺は、右腕に向かって呼びかけていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "くうっ。今のは絶対の自信作だったのに!",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "いや、どこに飛ぶか分からない爆発物とかマジやめろ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "だって、それなら先読みでかわされることもないかと思って……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "むしろ自分もかわせなくしてどうするよ\nまさか……撃たれるどころか味方の自爆で殺されかけるとは……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "呆れつつも周囲を見回せば、そこはまるで戦場のようになっていた。\nああ、うん。これ、灯とシエル置いてくるはずだよな。\nアウロラのギアは、確かに凄かった。ある意味成功だったと言っていい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "使用者の安全を考えられていればな……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "どこに飛ぶか分からない高速の矢、二分の一の確率で、撃つと同時に爆発するギア、破壊力を上げすぎて、敵に辿り着く前に自壊する爆発物……。\nなんていうか、ほんと勢いだけで作ったって感じのものばかりでした。\nさすがのレイも、終わったと同時に疲れて引っ込んじゃったし。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うーん……発想の着眼点はどれも良かったと思うのよね……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "うん、そこからあさっての方向にさえ飛ばなければな。\nそう溜息をついたところで、俺はふと気がついた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アウロラ、ちゃんと寝てるか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "化粧かなんかでごまかしてるみたいだが、目の下に、明らかな隈ができている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ね、寝てるわよちゃんと。研究者にとって睡眠は命だもの。ほ、ほら、頭働かなくなっちゃうし?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "……目が泳いでるぞ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "き、今日は暑いものねー。湖にでも行こうかしらー",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "なるほど、これはもう完全に無理だな。ドクターストップだ。完全に思考が制御できてない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ほら",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺はその場にあぐらをかくと、ぽんぽんと膝を叩いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "な、なによ、それ……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ほとんど寝てないんだろ。貸してやるから少し寝とけ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "し、淑女たるもの、そう易々と男性に寝顔を見せるだなんて……でもあの……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "どうやら、実験も終わり落ち着き始めたせいか、かなりな眠気が襲ってきているらしい。チラチラと俺の足を見ては、負けるなあたし、とか言いながら視線をそらす。\nそういえば、灯も言ってたな。アウロラの奴、俺達が帰る方法を見つけるために、毎日無理してるらしい、とか。\nあの異常なハイテンションは寝不足のせい、か。まったくなあ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺達のために、無理してくれてるんだろ。だからその、せめてものお礼ってことで",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……ま、まあ、そこまで言うなら仕方ないかな",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラはちょっと照れくさそうに言うと、そっと腰を下ろした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん。アラタの枕、悪くないわね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "俺の膝を枕にしながら、アウロラは笑顔で言った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そいつは良かった。ま、俺としては、普通に部屋の柔らかな枕を使って寝てほしいところだが",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "だって、睡眠時間削らないと、研究の時間が足りないんだもの",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "無理にそこまでやらなくても、充分凄いと思うんだがなあ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "さっきのギアだって、色々失敗してたとはいえ、あれだけの数を作るとかマジ凄いだろうに。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "全然ダメよ。アーベンなんかに負けちゃってるし……あたしにもプライドあるもの",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "プライドって、やっぱエルフとして人間に負けられない、とかか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "確かにまあ、ファンタジーものなんかだと、エルフって頭よくって魔法要員だったりすること多いしな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "エルフって、やっぱりみんな研究好きなのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……そんなことないわよ。むしろ森の奥地に引きこもって、昔の知識だけを守って生きてる進歩のない連中ね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "引きこもりっすか……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "なんか、思いっきり日本のRPG設定と同じだな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それじゃあ、なんでアウロラはこんな王都なんかに?エルフなんだろ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……そうね。実に残念ながら、エルフなのよねえ……あの古くさい連中と同じ……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "その言葉は、明らかな侮蔑に満ちていた。自分がエルフであることを歓迎していない、そんな感情が前面に出ている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "確かに、人間と比べて高い知力や身体能力を持ってる。けれどそれだけ。ただ与えられたものに満足してるだけの種族\n自分たちの周囲にあるものしか知ろうとしない。それで世界の英知も何もないわよね\n外に出て、見たことのないものを見て、触れたことのないものに触れて……未知への驚きと感動を得て……それでこそ初めて分かるものがある\nそれすらしようとしないあいつらは、ただの自己満足の引きこもりよ\nにも関わらず、自分たちは選ばれた種族だなんて思い込んで、ただ見下して……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "まさか、それで飛び出してきたり、だとか……?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……当たり。ただね、森を飛び出したはいいんだけど……そこでその、ちょっとミスちゃって……\nいやあ、森から出ちゃえば街もすぐ、って思ってたのよね。それが、歩けど歩けど見えるのは地平線。地図もないからどこ向かっていいかも分からなくて……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "地図も無しで出たのか!?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ふふ……あの頃はね、まだ若かったのよ……まさか、行き倒れるとは",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "行き倒れ……うわぁ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "むう……わ、悪かったわね\n森の外なんて初めてだったのよ、仕方ないじゃない",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "俺の眩しいジト目に、アウロラは顔を真っ赤に染める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、まあ……そこを、先代国王さまに拾ってもらって……お城でお世話になることになったのよ……\nエルフとしてのギアの知識とかは喜ばれたしね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "なんだろう。すっごいアウロラっぽいとも思うんだが、これっぽっちも褒められん。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それ、下手したら山賊とかに拾われて最悪なこととかになってたんじゃないか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ほんと、運良かったわよねえ。危うく、女として一番大事なモノを奪われるとこだったわ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "女として以前に、命奪われてたんじゃないっすかねえ、それって。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……で、それからずっとここに?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そうね、もう十年くらいになるかしら。気がついたら、すっかりルミネのお姉ちゃんになってた……わ……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "そこまでで限界だったんだろう。アウロラは、遊び疲れた小猫のように、唐突に落ちてしまった。\n気持ち良さげな寝息を立てつつ、完全に熟睡モードに入っている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんていうか、アウロラだなあ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ついこの前出会ったばかりでしかないにも関わらず、妙に納得出来てしまう話だった。\nまあ、アウロラにも色々あるんだろうけれど……エルフさん、お約束すぎないか?\nそんなことを考えながら、俺はアウロラが目覚めるまで、この場に座り続けていた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"勇者とエルフ",
"アウロラ",
"新"
] | 09_Sekai | 0205_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "疲れた……本当に疲れた……誰か俺の精神防御のステータス、上げてくれ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "女性陣の水着選びをどうにか終えて帰ってきた俺は、足に奴隷の鉄球でもついてるかのような重い足取りで部屋へと向かう。\nもう、周囲の目の痛かったこと……さすがにあの空気は無理だ。ヒーローにだって苦手なものはある。\nとりあえず休もう。休んで精神力を復活させるんだ。そして明日への活力を養おう。\nなお、レイは早々にアイスクリームです、と叫びながら姿を消している。ほんと元気だな、あいつは。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ……そういえばアウロラに荷物渡し忘れたな……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ついでに寄った店での買い物。その時に持ってあげてた袋が一つ。すっかり忘れてたな、これ。精神的に疲れてたせいか、まったく記憶に残ってなかった……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "思いついたら即行動、だ。部屋に戻る前に渡しておくか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺は足をとめると、向かうべき方向を変えた。\nそして辿り着いたアウロラの部屋の前。俺はいつも通りにドアノブを握ると、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アウロラ、入るぞ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "それだけ言ってドアを開ける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はい?",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "え?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "あれ?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そこにあったのは、まさしく典型的なお約束という光景だった。\n下着姿、というか、その下着すら脱ごうとしている姫さま。その瞳が、驚きと共に俺を見ている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えーと、アウロラ……?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "一応言っておくけど、ここがあたしの部屋なのは間違いないわよ……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ああ、うん、そうですよね……よかった、俺の記憶は間違ってなかった……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あの、お姉さま?",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "こっちにも一応言っておくけど、今目の前にいるのがアラタなのは間違いないわよ……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "で、ですよね……アラタさまですよね……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "そして状況を徐々に把握していったのか、その顔が赤く染まっていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、あの……えっと……その……あ、あわわわ……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "女性のこんな姿を見ていいわけがない。分かっているのだけれど、つい目が吸い寄せられてしまう。それくらい、姫さまの裸身は綺麗だった。\n均整の取れたプロポーションに、白磁のように滑らかで白い肌。夕焼けの明かりを帯びて輝く銀髪に、なによりもその、少女らしいあどけなさを含んだ美貌。\n男としての本能が俺の理性を抑え込み、これを見ないなら今すぐ男をやめてしまえ、そう言っているかのようだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それで、ノックをしなかったことに関しては、まあいつものことだし別にいいけど、何か用かしらアラタ?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "えっと……アウロラの荷物届けにきただけなんだけど……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あら、ありがと。あとで受け取りにいかなきゃなって思ってたのよね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "この状況を理解しているのかしていないのか。いや、完全にしているはずなのに、アウロラは平然としている。\nそして、こんなことを考えている俺自身、どうすればいいのか分からなくなっていた。ていうか、逃げていいのか土下座で謝るべきか判断できません。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うきゃあああああああああああ!!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "……姫さまの方が耐えられなかったか……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさまが!アラタさまに見られて!アラタさまに辱められてー!!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "い、いや待ってくれ姫さま!辱めとかそれはさすがに誇張されすぎ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……それで、アラタとしてはいつまで見てるつもり?ルミネ可愛いから見たい気持ちは分かるけど",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "い、いや、別に見ていたいわけでは……いやごめんなさい俺も男でした失礼いたしまーす!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アウロラの言葉に俺は二者択一の選択肢を確定させると、慌てて部屋から飛び出していった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "が、慌てて飛び出したはいいものの、今度は荷物を渡し忘れたことに気がつき、俺は心の底から溜息を吐き出しつつ、その場にへたれ込んだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "今日は厄日でしょうか、ヒーローの神様……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "入っていいわよー",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "それから五分も経たないうちに、部屋の中からアウロラの声がする。荷物の受け取り忘れを向こうも気がついたようだ。\n俺はとりあえず立ち上がると、部屋の中へと再び足を踏み入れていった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "見られちゃいました見られちゃいました見られちゃいました……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "真っ赤になって俯きながら、ぶつぶつ呟き続けている姫さまが妙に可愛かったのは、この際スルーしよう。俺の心の平穏のために。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "で、なんで姫さまが?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "さっき買った水着をね、もう一度試着しておきたいっていうから",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "うう……ルナが所用でいなかったので、お姉さまに見ていただこうかなと……\nほ、本当にお見苦しいものをお見せして……うう……ダイエットしておくべきでした……お腹……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "あれだけのプロポーションを見せておきながら、まだダイエットか。女性っていうのは本当にウェストを気にしすぎるなあ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "てか、アウロラは妙に落ち着いてたよな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "まあ、他の男だったら問答無用で矢を打ち込んでるところだけど、アラタだったし。勇者さま相手だったら似たようなシーン書いてたものね、ルミネ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "あ、はい。王女さまを勇者さまが女として意識し始めるキッカケのシーンですね",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "えっと、どゆこと?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "この子、恋愛小説が大好きなのよ。で、読みまくってるうちに、自分好みのものがなさすぎます!とか怒り出して",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "無いのなら、自分で書いてしまえばいいんだ、ということに気がついたんです\nとはいえ、やっぱり本当の書き手の方々は凄いですね。書きたいシーンだけ書いていればいい、というものじゃないことに気がつかされました",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "でもまあ、しょっちゅう書いてるわよね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "趣味ですから。特に最近は、アラタさまを直接見させていただいたおかげでもう、インスピレーションが後から後から……はあ……はあ……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "あーそこ、ストップ。部屋戻ったら書いてもいいから、ここでは無し",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ううう、アイデアは宝なんですよお姉さま、部屋に戻るまでに忘れてしまったら……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "へえ、でも凄いな、そんなの書けるなんて。俺なんかそういう才能まったくないから、読書感想文すら思いっきり手こずるぞ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "い、いえ。その……あくまでただの趣味で、そんな大したものじゃあ……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "うん、姫さまさえ良かったら、ぜひ今度読ませてくれ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うん、悪いこと言わないからやめときなさい、アラタ。甘すぎて砂糖吐くから。一週間は糖分いらなくなるわよ。むしろとりすぎ?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "むう。だ、だって、やっぱり幸せなラブラブ生活が一番じゃないですか。腕が飛ぶ足が飛ぶ首が飛ぶ、だなんて血なまぐさい鉄分の香りだとかはいりませんっ",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "いや、そういうの事細かに描写されても困るのよね……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "本気で勘弁して、と肩をすくめるアウロラに、姫さまは助けを求めるような目で俺を見て。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はは。でもまあ、俺もヒーロー目指してる身として、姫さまの考えには賛成だな。やっぱり、幸せな物語が一番だ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アラタさま……\nえへへ~",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "俺の言葉に、姫さまが嬉しそうに甘えてくる。う……この姫さま可愛い……。\nそして、そんな俺達を、アウロラが知ーらない、といった風に苦笑を浮かべて眺めていた。\n……この後、姫さまの書いた小説のあまりの過剰糖分ぶりに意識を失いかけたのは、まあいい思い出、ということにしておこう……アウロラさん、ほんとすみませんでした。\n本当ならば、ここで笑顔で褒めるのが正しいことなのだろうと思う。けれど、俺の勘が囁いていた。危険だ、と。\n慌てて視線を逸らす俺に、姫さまは、うう~……と涙目で落ち込んだ。いや、ほんとごめん、姫さま。\nちなみに、落ち込む姫さまの姿を、妙に可愛く思ってしまったのは内緒にしておこう。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"アウロラ",
"ルミネ",
"新"
] | 09_Sekai | 0218_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "アラタさーん!アラタさん、どこですかー!こっちの方だと思ったのに一体、どこへ……あっ!\nアラタさん!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエル、こっちに来るな!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……ひっ!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "戦いの決着は既に付いていた。\nだが、ソルはまだ倒れていない。その場に辛うじて立ち、こちらを睨み付けている。\nここでシエルが来て、危害を加えられたら守りきる自信がない。だから、近付かないように叫ぶしかない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "オレを……殺さないのか……",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "襲われたから戦っただけで、恨みもなければ殺す理由も俺にはない。だから、殺す理由もない\nそれに、きちんと話してくれれば、協力できることがあるかもしれないだろ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "勇者であるお前が魔王を殺さない限り、オレはお前を狙い続ける",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "まだそんなことを……!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "お前は魔王を殺さなければ元の世界には帰れない。そしてオレは、代行者として永遠に勇者の命を狙う。それだけのことだ",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "あ……おいっ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "こちらに近付いていたシエルに一瞬だけ視線を向けると、ソルは最後の力を振り絞ってその場から離脱して行った。\nだが、ソルがいなくなったことに気が緩んだのか、一気に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、ああ!アラタさん~!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "悪い、シエル……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "崩れ落ちた俺を支えるため、慌ててシエルが駆け寄ってくる。\nその肩を借りて、なんとか立ち上がることができたけど、全身疲労でぼろぼろ。正に満身創痍だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だ、大丈夫ですか?動けますか?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "このまま、シエルが肩を貸してくれれば大丈夫……ひとりじゃ、ちょっと厳しいかな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "わかりました。あの、しっかり支えてますから!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ああ、悪い……ありがとう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "それじゃあ歩きますね。辛かったら言ってくださいね",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "わかった",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "シエルに支えられながら、何とか王城へ向かって歩き出した。帰ったらすぐに治療してもらわないと……色々ヤバそうだ。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"ソル",
"新"
] | 09_Sekai | 1300_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "ソルとの対決が終わって王城に戻った俺は、怪我の治療に専念することにしたんだが……。\n治療用ギアにブレイブギアが持つ回復促進の力もあり、怪我は驚くほど早く治ってしまった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "本当にすごいな、ブレイブギアは",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "勇者のためのギアですから当然です。しかし、怪我は治りましたが、無理はされないようにしてください",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "万全でないのは自分でもわかってるよ。無理はしない",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ、あの、本当に大丈夫ですか?私に何かできることはないですか?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "大丈夫。そんなに心配しなくて平気だから",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あれからずっと、シエルが俺のそばから離れようとしない。\n多分それは、ソルが去り際に言った言葉のせいだろう。\n勇者は魔王を殺さなければ元の世界に帰れない。\nシエルにしてみれば、自分のせいで俺と灯が帰れないのが確実になったんだ。\nおまけに代行者であるソルが実際に俺を狙って来た。しかも、延々と勇者を狙い続けるとまで言っていた。\nあれで不安にならない方がどうかしてる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シエル、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だから",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "でも、でも……私のせいで、アラタさんとアカリさんが……それに、勇者の命を狙うってあの時……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルは俺がそんなに簡単にソルにやられると思ってるのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そ、そんなことはないです!でも、あの……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "じゃあもう少し信頼してくれ。それに、元の世界に帰る別の方法もきっとあるはずだ\nだから、シエルがそんなに気にする必要ないんだよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "でも……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "頭を撫でてやりながら言い聞かせるけど、シエルはまだ不安そうだった。\nでも、尻尾が嬉しそうにぱたぱた揺れているところを見ると……ちょっとは安心してくれたのかな。\nもうちょっと安心してもらえた方が嬉しいんだけど。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あんまり暗い顔してると心配になるから……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……あ!あ、あの、あの!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そっと抱き寄せると、シエルは驚いたように身体を硬直させた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "誰もシエルのせいだなんて思っていないし、俺だって思ってない。自分を責めなくていいんだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アラタさん……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "大丈夫だから、俺を信じてくれ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "優しくシエルを抱きしめたまま、囁くようにそう伝える。\nするとようやく安心してくれたのか、シエルも少しだけ俺に身体を預けて頷いてくれた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"レイ",
"新"
] | 09_Sekai | 1301_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "ソルからうけた傷はすっかり回復し、体力の方も問題なく元に戻り、平穏な日々が戻ってきていた。\nでも、ソルという明確な刺客が襲って来たことを考えると、このままただのんびりとしているわけにはいかなかった。\nソルが俺を襲って再びやって来るのは間違いない。去り際に本人もそう言っていた。\nそのため、俺達が元の世界に帰る方法や、役目を果たさない勇者が代行者に襲われる理由を早急に解明する必要があると判断された。\n現在はアウロラと博士が主体となって、伝承や過去文献の調査が慌ただしく続けられている。\nおれも勇者稼業を続けながら、ふたりの手伝いをする日々が続いていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさん、図書館で参考になりそうな本を借りて来ました~",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ああ、ありがとうシエル。重くなかったか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "このくらいなら大丈夫です",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "あれからずっと、シエルは俺の側にいて、後ろを付いてきたり、今みたいに手伝ってくれたりが増えていた。\nそして今日は勇者稼業の依頼で魔物退治に出て来ている。とは言え大した強さの魔物はほとんどおらず、難なく依頼をこなせた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふう。ざっとこんなものか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "周辺を調べましたが、今はまだ他の魔物の気配はありません",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "わかった。でも、引き続き警戒を頼む",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "了解です、マスター",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "アラタさん、大丈夫でしたか!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ああ、大丈夫だよ。怪我もないし",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "本当に?本当にどこも痛みはないですか?傷もないですか?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "危ないからと止めたんだが、今日もシエルは俺と一緒だ。\n魔物を倒した俺に駆け寄ると、怪我がないかと一生懸命確認してくれる。\n顔を見つめてから俺の周りをぐるぐる動きまわって、腕を掴んで持ち上げて確認して。\nしかし……大きく開いている無防備な胸元が迫ってくると、なんというか目のやり場に困る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あの、シエル……大丈夫だから、うん……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "はっきりと理由を言えるわけもなく、赤くなったのを隠すために顔を背けて目をそらした。\nでも、シエルは俺がどうして目を背けたのかすぐにわかったようだった。\n俺もシエルも、言葉を失ってしまう。恥ずかしさが俺達の感情を支配して、互いに顔を赤らめながらそっぽを向き合う。\nここは、男らしく謝るべきか。けれどこの状況で更にこの話題を続けることは、シエルをもっと辱めることになりそうで躊躇してしまう。\nヒーローになるための特訓は続けてきた。だけど、女の子の扱い方なんて俺にはさっぱり分からない。\n今になってよく分かった。俺はどうやらヘタレ、と言われる存在らしい。こんな俺についてきてくれた灯さん、本当にありがとうございます。\nちょっと横目でシエルに視線を送れば、真っ赤になったまま、俺にチラチラ視線を送ってきていた。そうだな、この空気はなんとかするべきだろう。シエルのためにも。\nここは強引でも土下座で謝って、それでその後はなかったことに……そう考えをまとめ始めた時だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさん……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルが、小さな声で俺を呼んだ。\nそして、振り返った俺にシエルは……シエルは恥ずかしそうに言葉を繋げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……アラタさんなら、見てもいいですよ",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "え……!ちょっと、シエル……!?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "その言葉に驚きもう一度見つめると、頬を真っ赤にし少し潤んだ瞳でシエルが俺を見つめていた。\nそして、さっきの言葉通り……シエルは胸元を隠すこともしない。\n目の前のシエルの瞳に、隠されていない胸元に、視線が釘付けになってしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シエル……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アラタさん……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "マスター、お楽しみのところ大変申し訳ないのですが、新たな魔物の反応です",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "お!お、うわああ!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "は!はわわわわっ!!!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "わ、わかった!魔物の反応はどっちだレイ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "案内します",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "ああ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "聞こえてきたレイの冷静な声に慌ててシエルと距離を置き、レイの案内の元、魔物のいる方へ向かって走り出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "は、はううう……ど、どうしよう。私、どうしてあんなことをアラタさんに……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "アラタさんの走り去るのを見送って、一人取り残された私は、さっきの自分の行動に想わず呟いていました。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "み、見られてもいいのは本当だけど、でも、でも……あ、アラタさんに変に思われなかったかな……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "なぜかはわからないけれど、恥ずかしさに顔が火照っているのがわかります。\nこのよくわからない感情に悶々としていた私ですが、そこで不意に背後から聞こえてくる足音に気がつきました。\nアラタさんとは反対の方向からのそれに振り返ってみれば……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "え……あっ!あ、あなたは!?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "残っていた魔物を無事に倒し、シエルが待つ場所へと戻って来た。\nひとりでいる間、シエルには何もなかっただろうか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ただいま、シエル……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "…………",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルは妙に難しい顔をして何かを考えている様子だった。\nもしかして、俺がいない間に何か起こったのか?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうしたんだ、シエル。何かあったのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……おかえりなさい、アラタさん。私は大丈夫です。何もないですよ……何も……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "……?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "慌てたように首を振るシエルだったが、何もなかったようには思えない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "本当に何もなかった?何か考えてるようだったから気になるんだけど……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あの!さっき私の胸を見たアラタさんが、喜んでくれてたらいいなあ~って……考えてて……あっ!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "え、ええ!?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ!あ、あの、あの、えっと、その……!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルの言葉に思わず真っ赤になってしまう。\nおまけに自分から言い出したシエルも真っ赤になってもじもじし始める。\nな、なんなんだろう、これは……嫌でもさっきの光景を思い出してしまう。\n案外、大きかったんだよな……って!違う!そういうことを考えてる場合か俺!!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "え、えっと、魔物退治も終わったし、きょ、今日は帰るか!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そ、そうですね",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "レイ、魔物の反応は?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "先ほど退治したのが最後だったようです。反応は一切ありません",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そうか、それは良かった!じゃあ、帰ろう!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "魔物もいないみたいだし、また変な雰囲気になる前に帰った方がいいだろう。\nでも、照れくささを隠すために慌てて歩き出したが、シエルが付いてくる様子がない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シエル、どうしたー?帰るぞ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ!あ、あの、はい!か、帰ります",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "立ち止まっていたシエルが慌てて駆け寄って来る。\nその直前、一瞬悲しそうな顔をしていたように見えたけど……気のせいかな。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"レイ",
"新"
] | 09_Sekai | 1302_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "シエル!!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……っ!!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "全速力で魔王城までやって来て、迷うことなく玉座の間へとやって来た。\n玉座に座っていたシエルは立ち上がり、マントを広げて俺を見据える。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よ、よく来たな勇者!さあ、そ、それでは……ま、魔王としてお前と……た、戦いを!\nゆ、勇者を倒して、わ、私がこの世界の、に、人間をほ、ほ、滅ぼすのだ!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "………",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "玉座の前にいるのは、あの時に初めて出会った時と同じように、必死に魔王になろうとしているシエルだった。\nその姿を見据え、ブレイブギアを構える。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "レイ!ブレイブギア、全開!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "え!?ま、マスターしかし、あの魔王は……",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "やれ!全開だ!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "は、はい!了解です!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "俺の指示に一瞬だけ戸惑ったレイだが、すぐにブレイブギアを全開で発動させる。\nそのままブレイブギアを構え、一気にシエルの懐目掛けて走り出し距離を縮める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うおおおおおおおっ!!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ひっ!ひ、ひぃいい!!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "距離を縮めた俺に対応することもできず、シエルはただ玉座の前でおろおろと慌て、頭を抱えて目を閉じた。\n一瞬でシエルの眼前へと辿り着き、ブレイブギアの全力の一撃をシエルに向かって振り下ろす。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃあああああああ!!!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "レイ!出力急停止!!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "は、はい!!!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "……がっ!!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "だが、全力の一撃がシエルに直撃する寸前、全力だったブレイブギアを一気に急停止させた。\nその全力の一撃を急停止させた反動で、ブレイブギアの中をめぐっていたエーテルが一気に俺へ向かって逆流してきた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "マスター!!!!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "全身に一気に駆け抜けていく激しい衝撃。\nその全てを受け止めた途端、まるで全身を思いっきり全方向から殴られたような衝撃が襲い掛かってきた。\nその衝撃に耐え切れず、全身から血液が噴き出したが、なんとか倒れるのを防ぎ、そのままシエルを見つめる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、あ、あ……あ、れ……?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "はあ、はあ……は………",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……っ!!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "いつまで経っても攻撃が来ないことに気付いたシエルは目を開け、そして俺の姿を見て絶句した。\nだが、そんなシエルから目を離さず、その手を掴んで俺の身体を強引に殴らせる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ひ!あ、ああっ!やめてください、アラタさん!何をするんですか!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "なに、って……勇者がふらふらなんだ……だったら、魔王のシエルは……俺を、殺そうとしなきゃ……おかしいだろ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "だ、だって!そ、そんなの!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルの手を取ったまま、何度も何度も俺の身体を殴らせる。\n嫌がり抵抗しようとしているけど、決してその動きは止めさせない。\nシエルの拳は力ないものだけど、自分の力で自分の身体を殴ってるんだから、その強さに全身がぐらぐら揺れる。\nさっきのエーテルの逆流もあるせいか、ほんのちょっとの衝撃でも全身にダメージを受けてしまうのがわかる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、アラタさん!アラタさん!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "なんだ……ようやく、俺を殺す気に……なったか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そ、そんな……そんなことは、私には……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "なんだ?シエルはどうだっていうんだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "シエルが答えない間も、何度も身体を殴らせる。\n正直、もう身体はボロボロでいつ倒れてもおかしくなさそうだ。\nだからって倒れるわけにはいかない。シエルに思い知らせないといけないことがある。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もう、いやです!やめてください!こんなの私、やりたくないです!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "どうしてだ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "泣き出しそうな声で叫びながら懇願するシエル。\nだけど俺はその手を止めず、真剣にじっとシエルを見つめたまま問いかける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうして殺せない?殺せばすべて終わる\nシエルを倒さなくても、勇者である俺が死ねば、シエルの抱えてる問題は解決する……だから、俺を殺せ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そんなの……そんな、こと……できるわけないじゃないですか!アラタさんを殺すなんて!!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "俺の言葉を聞いたシエルは首を大きく振り、遂にはその場に崩れ落ちた。\nそんなシエルを見つめながら、倒れそうになった身体を必死で動かしてその前にしゃがみこむ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シエル……お前がしようとしたことは、こういうことだ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アラタさん……全部、気付いて……!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "当たり前だ。勇者にわからないことなんかないんだよ\nシエルが俺を殺せないように、俺にもシエルが殺せるはずがないだろ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……あ!わ、私……私……!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ようやく、シエルは自分がしようとしていたことが、どれだけ酷いことなのか気付いたようだった。\n耳と尻尾をしょんぼりとさせたシエルは、泣き出しそうな顔をして俺を見つめる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "何か理由があるんだろ?何もなくシエルがこんなことをするとは、俺には思えない。何があったのか、話してくれないか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "それは……あの、この前……魔物退治に行った時に、代行者に会って……言われたからです",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ソルに……?何を言われたんだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "まさか、ソルの名前が出てくるとは思わず驚いた。\nだけど、あの時少しだけシエルと離れた時間があった。きっとその時にソルに出会って何か言われたんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "勇者が元の世界に戻るには、死ぬか魔王を倒すか、どちらかしかないって\nこれはこの世界がそういう風に決まっていて、他の方法はどんなに探しても絶対にないって",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "それをソルが言ったのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい。このまま、魔王である私が倒されなければ、代行者は怪我が治ればまたすぐにアラタさんを襲うって\nそれはアラタさんが死ぬまで止まらないし、たとえ今の代行者が倒されてもすぐに新しい代行者が現れると\n魔王を倒さない勇者は狙われ続け、そのうち疲弊し、間違いなく殺される……そう、言われました",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "あの時何か考えていたようなのも、一瞬だけ悲しそうな表情をしたように見えたのも、そのせいだったのか……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だから、私が死ねばすべて解決すると思って、死ぬ覚悟をしたんです\nそもそも、魔王である私が幸せになろうなんて、本当はいけないことだったんです\n他の人と同じようになんて、魔王には無理なんです。それならいっそ……\n私を救ってくれた大好きなアラタさんに殺されようって……それでもう、魔王としては十分幸せなんです……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そんな風に言うなよ……!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "今にも泣き出しそうなのに、必死にそれを堪えながら言うシエルを見つめて、たまらずその身体を抱きしめていた。\n確かにシエルは魔王だ。だけど、俺が今抱きしめているのは正真正銘、守りたくなるような女の子なんだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "魔王だから幸せになっちゃいけないなんて、誰が決めたんだよ。無理だなんて、なんで最初から諦めるんだよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "だ、だって……私は魔王なんですよ",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "だからって全部諦めることないだろ。幸せになっちゃいけないなんて言うやつは、俺が全部はっ倒す!\nそれにな、シエルが死んで元の世界に帰ったところで、俺が幸せになるわけないだろう\nシエルを犠牲にして帰るなんて、そんなの俺が自分を許せない!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "でも、それじゃあアラタさんはずっと帰れません。代行者にも狙われ続けます",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ヒーローである俺が誰かを犠牲にするなんて、そんなのは絶対に嫌だ。それなら代行者に狙われ続けた方がずっといい\n俺は誰も犠牲にしない。それには、魔王だからってのは関係ない。シエルは絶対に生きてなくちゃダメだ!\n生きて幸せにならなくちゃダメなんだ!だから、誰かのために……俺のために死のうなんて思わないでくれ……!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "腕の力を強くして、シエルをしっかりと抱きしめた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "う、う……う、ああああっ!あ、あああ……!あ、アラタさん……アラタさ、ん……わ、私……!\nほ、本当は死にたくない!みんなと、アラタさんと一緒にいたい!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "子供のように大きな声で泣き出したシエルは、ようやく自分の本心を口にしてくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうして?どうして私は魔王なんですか?どうして、こんな辛い目に遭わなければいけないんですか!\n私だって、普通の人みたいに好きな人と一緒にいたい。たくさん話して、笑って……ずっと一緒に生きていたい!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "泣きながら思いを伝えてくれるシエルを、更に強く抱きしめる。\nその泣き声は、あふれる涙は止まらない。それだけ、シエルは今まで自分の思いを閉じ込めて来たんだ。\nなんで自分は魔王なんだろうってずっと考えて、だけど口にできなくて……どれだけ辛かったんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私……死にたくない……!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "それでいいんだ。これからはもっと自分の気持ちに素直になって、シエルの好きに生きていいんだよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アラタさん……アラタさん、私……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "泣きながらシエルが俺を見つめる。\nその瞳は涙で濡れていたけど、視線は熱く、真っ直ぐに俺を見つめて離さない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私、アラタさんが好きです。まだ生まれて間もない私ですけど、この気持ちだけは誰にも負けないくらいに、本当です\n私は魔王です。だけど、こんな私でもいいって、アラタさんに受け入れて欲しいです",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "熱く真っ直ぐな視線。\nその視線から目をそらしたくなかった。いつまでもずっと、シエルを見つめていたいと、心から思った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私でもじゃないよ、シエル。俺にとって、シエルはとても大切な人だ。俺は、シエルがいいんだよ\n俺も……シエルのことが好きだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……アラタさん……!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "俺の言葉を聞いて、シエルはようやく嬉しそうに笑ってくれた。\nそれに尻尾も嬉しそうにぱたぱた揺れている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさん、大好きですっ!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ああ、俺もだよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "嬉しそうに尻尾を揺らしながら、シエルは強く俺に抱き着いてくれる。\nその身体をまたしっかり抱きしめて、頬をそっと撫でて見つめる。\nシエルを決して離しちゃいけない。誰の犠牲にもさせない。そんな想いが強くなる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シエル……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そっと唇を近付けると、シエルは驚いたように身体を震わせた。\nだけど、すぐに目を閉じて俺の唇を受け入れてくれる。\n触れるだけの口付けを何度も繰り返すと、シエルも何度も口付けてくれる。\nお互いの身体を抱きしめ合い、何度も口付けて……。\n繰り返されるその抱擁と口付けは、お互いを受け入れる証のような気がした。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"レイ",
"新"
] | 09_Sekai | 1304_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "すっかり傷も癒えて、体力も戻った翌日。\n俺はシエルと共に玉座の前にいた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさん、お城に帰らなくていいんですか?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ひとつ、やり残したことがあってね",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "やり残したことって……玉座の間に忘れ物ですか?でも、何もなかったような……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "すぐにわかるよ……レイ、ブレイブギア起動!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "了解です、マスター!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そのまま出力全開!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "了解!ブレイブギア、出力全開!!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "ブレイブギアを起動させ、そのままを全開まで引き上げ、大きくブレイブギアを振り上げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、アラタさん!何をするつもりなんですか!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "言っただろ、やり残したことがあるって!!レイ!目標は魔王の玉座。このままこいつをぶっ壊す!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "了解です。1ミリのブレもなく照準を合わせます!マスター、そのまま振り下ろして、玉座をぶっ壊しちゃってください!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "おらぁあああああああっ!!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ひっ!!!!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "レイの指示のまま、玉座へと向けて一気にブレイブギアを振り下ろす。\n……ふむ。ブレイブギアでも一撃で破壊できないとか、さすがは魔王の玉座だな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、アラタさん。どうしてこんなことを?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そんなの決まってる。シエルはもう魔王にならないんだから、こんな場所は必要ないだろ!\nよっしゃ!!次で最後だあああっ!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "出力更に全開!ブレイブギア、最高出力です!!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "だらあああああああっ!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "渾身の力でブレイブギアを振り下ろすと、大きな音が響いた。\nそして、ブレイブギアの出力を元に戻して玉座があった場所に視線を向ける。\nそこには、玉座の欠片すら残っていなかった。うん。さすがは俺とブレイブギア。\nまあ、壁までいっちゃったのはご愛敬、ということにしておこう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "玉座、完全に破壊されました。完膚なきまでにぼっこぼこです!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "よし!これでいい!!……ん?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "玉座を破壊してすっきりしたんだが、その壊された壁の向こうに気が付いた。\nそちらに近付きそっと様子を見てみると、そこにはなんと地下へおりる階段がある。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんだ、これ……いくらなんでも、お約束すぎないか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ、あれ!?なんですかこれ?なんなんですか?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "え?シエルも知らなかったのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "え、えーっと。あのー。うーんと……うろ~んと記憶にあるような、ないような……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "まあ、知ってたとしても、覚えてなかったってことだよな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "は、はい。すいません……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "いや、謝らなくてもいいよ。それより、どこに繋がってるんだろう……\nちょっと降りて行って様子を見よう。危なければ引き返せば大丈夫だろう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "周りは警戒しておきますがご注意ください",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "ああ、わかってる。行ってみよう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ、あ!アラタさん、待ってください~",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "俺は、周囲を警戒しながらゆっくりと階段を下りて行く。\n隠し階段の向こうにボスがいる、なんていうのは結構お約束だ。何があってもすぐ反応できるよう、気配を探っていく。\nそして、階段を下りきった時、その先にあるものを見て、俺は驚きに息を呑んだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんだ……これ……!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そこにあったのは、明らかにラグナギアの技術水準を超えた部屋だった。\nそれどころか、俺達の世界の技術水準すらも遥かに超えている。\nこんなのはSF映画くらいでしか見たことないぞ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "な、なんなんですか、これ?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "……わ、私にもさっぱりです。マスター、どうしますか",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "い、いや俺にも何がなんだか……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "得体の知れない部屋をきょろきょろと見回すが、ここで何かしようとしてもどうすればいいかもわからない。\nよく見ると部屋の中心には謎の端末が置いてあり、これで何かデータを引き出せそうだけど……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ここで俺達だけで何かするより、一旦戻ってみんなと相談した方がいいかもしれないな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ、そうですね。研究室の皆さんが詳しいかもしれないです",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "確かにギアの研究に使う端末と、あの端末は似ていますし、可能かもしれません",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "よし。やっぱり一旦戻って、王様に報告しよう。それから、博士やアウロラに調べてもらおう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "この部屋を俺達だけで調べるのは無理があると判断し、今は急いで王城へ引き返すことにした。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"レイ",
"新"
] | 09_Sekai | 1308_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "はぁ……はぁ……これで、終わりだよな……?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……索敵終了……どうやらそのようです。魔族反応は一つも残っていません\nあちらも、村人の避難は全て終わったようです",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そうか……そっかぁ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺は、あらためてレイの言葉を頭の中で繰り返し……、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あーっ、疲れたーっ!流石にもう無理!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ドサッと地面に座り込んだ。\nけど本当によかった、灯がいてくれて。\nあのままだったら俺だけじゃなくて、他のみんなも……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "新くんっ!",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "その本人が駆け寄ってきた。\n心配そうな顔が飛び込んでくる。\n今にも零れそうなくらい涙をためて。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "新くん新くん!よかった、本当によかったぁ~!うわぁぁ~~ん!",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "おいおい、泣くなよ灯。ここはニヒルに笑うところだろ?『全く、私がいなくちゃ何も出来ないんだから』って",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ぐすっ……ふざけないでよ……私、心の中では必死だったんだから……\n……新くんを守れるようにって……新くんを……そう、新くんみたいに……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そして、袖でぐっと涙を拭った。\n自分の中の何かを消し去るように。\n次に見えたのは真剣な眼差し。強い覚悟を決めた目。\nその先に来るだろう言葉をしっかりと受け止めようと、俺も正面から見返した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私……本当は新くんみたいになりたかったの……小さい頃、いじめられてた私を助けてくれた、新くんみたいなヒーローに……\n……だけど、私は弱いから……いじめられて、自分じゃ何もできないような私は弱いから……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "灯……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "これはあの時の、あの日の告白の続きだ。\n灯が吐きだした想いの……。\nだから俺は前と同じように黙って聞き続ける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも……そんな弱い私で思ったの……新くんを守りたいって……\n……見守るだけじゃ、やだ……みんなのために頑張る新くんを、私が守りたいって……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そして一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。\n心の扉と一緒に。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だから……ねぇ新くん、私をヒーローにさせて……?新くんを守る、新くんだけのヒーローに……!",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "また涙が流れる。\n今度は俺がそれを優しく拭う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "何度も言ってるだろ。灯は弱くなんかない\n灯がいてくれたからこそ、俺は頑張れた。灯が信じて見守っていてくれたからこそ、俺はヒーローを目指せた",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "新、くん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そんな灯が決めたことだ。俺にはそれを止められないし、止めようとも思わない\nむしろ俺から頼むよ。これからも俺を見守ってくれ、特等席で",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "新くん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "見る見るうちに涙がまた溜まっていく。\nだけどそれは悲しみとは違う。真逆の意味で。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うんっ!",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "涙を零しながら。\n零れる笑顔で頷いてくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ならさ、新くんは私が絶対守るから。私のことは、よろしくね",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "一つ二つと瞳から雫が落ちる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あぁ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "もう一度涙を拭いながら即答する。\n嬉し泣きでも、灯の涙は見たくないから。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺がみんなを、灯を守って。灯が俺を守ってくれて\n互いに守り合ってる俺達は二人で一人の、最強のヒーローだ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うん。きっと私たちは……ううん、絶対私たちは、無敵のヒーローになれるよ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そうだな。最強で無敵のヒーローだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そして俺たちは笑い合う。\n至近距離で。お互いの呼吸を感じながら。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "…………あ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "どうした、灯?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "………………",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "気づけば灯の顔は真っ赤だ。\n……そうだ。冷静に考えればこんな近くに。\nちょっと顔を動かせば唇が触れ合うような……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "悪い灯、ちょっとテンション上がりすぎた",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "急いで体を離そうとするけど、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、待って……っ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そうはさせないと、止められる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……灯?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "…………っ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "はにかんだ笑顔で、見つめられる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……なんか、テンションが上がったみたいで……流されたみたいでちょっと嫌だけど……\nでも、告白するよ……私の、もう一つの気持ちに……正直になるよ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "さっきと同じ。真剣だけど、愛おしそうな目で。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私は……新くんのことが好きです\n……知ってたかもしれないけど、でも言わせて\n世界中の誰よりも、大好きです\n新くんの一番大切な人に、新くんが帰ってくる場所になりたいんです",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "…………灯",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "返事をする前に、手を握る。\n強く、優しく。気持ちが伝わるように。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……気づいてたよ。灯の言う通り、灯の気持ちに……\nでも、最後の一歩を踏み込んでこなかった。だから俺も、その気持ちにちゃんと答えようと、応えようとしなかった",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……うん。だって告白して、もし本当に受け入れてもらえたら、新くんはみんなよりも私を優先してしまうかもしれない……\nみんなを守るヒーローじゃなくなっちゃうかもしれない……それは、ヒーローを目指してる新くんの邪魔になっちゃうから……そう考えたら、怖かった……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "灯もより強く握り返してくれる。\n暖かな気持ちが伝わってくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だけど……だから、灯が言ってくれたから……俺もちゃんと言うな?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "押し込めてた気持ちを解放する。閉じ込めてた想いを解放する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺も灯が好きだっ\nずっとずっと前から、大好きだ\n俺の一番大切な人に、俺の帰る場所になって欲しい",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "最初から決めていた感情をそのままに伝える。\n草原を流れ、どこまでも届くくらいの声で叫ぶ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "新くん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "俺の告白に灯は笑ってくれて。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……うん。そんなの、当たり前だよ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "嬉し泣きじゃない。涙も流さずに笑ってくれて。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "灯……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "新くん……ん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そして気持ちを通じ合せた俺たちは、何も言わずそっと目を閉じ、\n二人の想いをもっと、確かに感じるために。\n唇を重ねた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"レイ",
"灯",
"新"
] | 09_Sekai | 2306_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "おはよう新くん、えへへ♪",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "……ん、おはよう、灯",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "朝起きると目の前に灯の顔があった。\n満点の笑顔が降り落ちてくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あれ、驚かないの?",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そりゃ驚いたぞ。でもそれより、起きて一番に灯の顔が見れた幸せの方が大きいな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "えへへ。そっかそっか、えへへ♪\n…………ん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "もじもじしながら、そっと目を閉じてくる。\n頬を真っ赤に染めながら何かをずっと待っている。\nここで『何をしてるんだ灯?』と言うような俺ではない。\nそう、おはようのキスってやつを求めてるんだろう。\n俺にはわかる、何故なら俺もしたいからだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "もちろん今すぐキスしたいけど、恥ずかしそうにしてる表情を見てると少し意地悪したくなって……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "灯……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ん……新くん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "灯の頬に手をやり……、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ん……ってあれ?",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "ん?どうした?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "おでこにキスをしてから顔を離すと予想通りというか、不満そうな灯の顔が。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "むぅ……新くんのイジワル……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "何がイジワルなんだ?キスして欲しそうだったからやったんだけど、もしかして違ったか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "嬉しいけど、違うの……違うくないけど、ちょっと違うの……嬉しいけど……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "全く俺の彼女は。してほしいことはちゃんと口に出して言わないと――",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……っんっ?",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "そんな可愛く拗ねてる灯へ、今度はちゃんと唇に。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ん、んっ……んぅ……っん……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "いきなりキスをされて最初は驚いた様子だったが、すぐに受け入れてくれて。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "んっ……ちゅ、んぅ……ちゅ、っちゅ……ちゅぅ……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "灯の柔らかい感触を俺も味わう。\nぷにぷにして、思わず食べたくなるような唇の気持ちよさ……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はぁ……んちゅ……んっ、んっ……ちゅぅ……ちゅっ……ぷはぁ……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "充分堪能した、わけじゃないけどある程度で止めないとずっとしたくなるから。我慢して顔を離す。\n……それに、このままだと止めることもできなくなるだろうしな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "びっくりしたか?朝一番に驚かされた仕返しだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "………………くす\nこんなビックリならいつでも大歓迎だよ、新くん",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "俺もだ。さっきみたいなのはいつでもやってくれ。俺もやり返せるし",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "も、もう……新くんたらっ♪",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "今度はニコニコと嬉しそうに笑ってる。\nうん。さっきの拗ねた顔も可愛いけど、やっぱり灯には笑顔だな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "さてと、灯のおかげで目もばっちり覚めたし、今日も一日勇者稼業頑張るかー!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "大きくを伸びをしてから、灯と一緒にベッドから降りる。\n手早く着替えてっと。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もう無理ですっ、勘弁してください!\n私はマスターと一体化してるんですからお二人のやりとりを強制的に見せつけられるんですよ?\nわかりますか?一つ喋ったらイチャイチャ、二つ触れたらベタベタしてる様子をずっと見なくちゃいけない私の気持ちがっ、気持ちが!\nったく……ご理解してくれたようでしたら今後はもう少しくらい自重なさって……って",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "それじゃあ朝飯食べにいくか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うん、いこいこっ",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "何かギアからレイが出たように見えたけど気のせいだろう。\n俺と灯は腕を組みながら部屋を出ていった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……はぁ。恋は盲目、愛は妄信……いえ猛進ですか\nもう、お二人とも待ってください。大切なパートナーを華麗にスルーしていくとは何事ですか。マスターとしての気づかいというものが足りないのでは……",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そうしていつの間にか出ていたレイに何故か怒られながら広間へと向かった。\n朝から幸せでいっぱい過ぎて何を言っていたかあんまりわからなかったけどな!",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"レイ",
"灯",
"新"
] | 09_Sekai | 2308_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "シャイン、どこですか?いたら出てきてください\nなんて、呼んで出てきたら苦労しないんですけど",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ベッドの下、椅子の裏、クローゼットの中、タンスの上。\n万篇なく探すもやはりシャインは見つからなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふぅ、疲れた……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルは一息つきながらベッドの上に座る。\n新たちの前で『魔王城は自分の庭!』と言った手前ではないが、少しでも彼らの力になろうと走り回っていたからだ。\nそのままぽすんと横になる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "帰りたいと言えば帰りたいし、帰れないなら帰れなくていい、か……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "誰もいない部屋で一人呟く。\n体を抱きしめ、犬のように丸まる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……やっぱり、嘘だよね……?私だったら、帰りたいって思うもん……\n私と同じ……私は魔王としてこの世界に生まれて、アラタさんとアカリさんは勇者としてこの世界に来て……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ぎゅっと自分を抱きしめる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私は魔王として生きるだけだけど……二人にはちゃんと帰る場所があって……\n本当はずっと一緒にいたい。帰したくない、離したくない、別れたくない……\n……でも、二人とも大好きだから……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "大好きだから。その後の言葉はいくら待っても出て来ることはなく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "………………\nダメダメ、アラタさんたちは自分で探すって言ったんですからそれを信じなきゃ\nよし、ならなおさらシャインを探さないと!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ぐっと拳を握りしめ、飛び起きる。\nそこにさっきまで縮こまっていた少女の姿はどこにもなく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でもこういうのって探すのをやめた途端に出て来たりするんですよね。あれっていったい何でなんでしょうか?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "さぁ?もしかしたら探し物が逃げてたりしてね",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "突然に声をかけられ、反射的に振り返る。\n確かに誰もいなかったはず。その姿を探していたからなおさら。\nしかしそこにいたのは紛れもなく……。\n実体化したシャインで。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シャインッ?あなた……っ",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "早鐘を打つ鼓動を必死におさえながら気丈に言う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "今までどこに……っ……いえ、今は関係ありませんね\nさぁシャイン、一緒にアラタさんのところへ戻りましょう。そして知ってることを全て話してください。代行者のギアなら何か……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "えー?教えてあげてもいいけどどっしよっかなー\nう~~ん……でもでもー、今から本物になるぽんこつ魔王には関係ないことだと思うけど。ねー?",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "本物になる……?一体どういう意味?\nそれにあなた、誰に話しかけて……あっ……!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "…………",
"speaker": "???"
},
{
"utterance": "それは影。突如現れた紫の影。\n本来ここにいるはずのない存在。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "…………",
"speaker": "???"
},
{
"utterance": "な、なんであなたが……?あくっ!?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "瞬間、シエルを襲う衝撃、激痛。\nシャインではない。無邪気に笑う彼女ではない。\n隣に佇む影が動いたのだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "夢の中に行ってらっしゃーい",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "……う、うぅ……な……なんで……?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そしてシエルの瞼と意識は閉じて行った。\nシャインと影は床に這いつくばるシエルを見てにやりと口角を上げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "喜びなさい、出来損ないの魔王。あんたはこれから、正真正銘の魔王になれるわ\nくっくっくっ……あはは……あーはっはっはっ!",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "物言わぬ魔王を中心に、少女の高らかな声が響き渡った。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"???",
"シャイン"
] | 09_Sekai | 2405_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "……来ましたね、シエル",
"speaker": "???"
},
{
"utterance": "はい、来ました。アラタさんが、アカリさんが信じてくれてるから",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "防御システムを意に介さず。\nシエルが抜けた先、そこにマザーはいた。\nそれはシステム。巨大なシステム。\n遥か昔からラグナギアを見守っているシステム。\nそれはプログラム。巨大なプログラム。\n世界を構築し、管理しているプログラム。\n母のように優しく。母のように厳しく。\n見た者に神々しさと恐れを。\n安心と畏怖を同時に感じさせるもの。\nマザーシステム。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それで。どうする気ですか、こんなところまで来て。私を止めようとでも?",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "もちろん、あなたを止めるためです",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そんなマザーを前に臆することなく、\nゆっくりと、けれどしっかりと歩みを進めていくシエル。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "止まりなさい。魔王シエル、今すぐ止まりなさい\nこれは警告であり忠告です。今すぐ止まりなさい",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "無駄です。先ほどの攻撃でわかっていますよね?私に魔法は通じません",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そんなこと……!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "マザーシステムから放たれる防衛の魔法攻撃。\nだがシエルの言う通り、覚醒した魔王にそんなものが通用するはずもない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "近づかないでください。これ以上近づけば本気であなたを排除します",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "いいえ、あなたに私を排除することはできません",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルに当たる直前で魔法が消える。\n立ち昇るオーラに全て弾かれる。ダメージにすらならない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……なっ",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "アラタさんと、アカリさんとの約束です。あなたを止めます",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "一歩一歩。\n当然のように歩いて行く。\nアラタに話しかけるように。\nアカリを誘うように歩いていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "…………な、なぜ……\n……何故……何故あなたがそこまでするのです!?何故私に刃向うのですか!そんなことをしても、あなたには何の得もない……!\n勇者を倒し、普通なら生き長らえたいと思うはず……!なのにどうして!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "全てを知っているはずのマザーが。\n全てを理解してるはずのマザーが狼狽し問いただす。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あなたの言う通り、私は生きたいです……ですけど\nアラタさんとアカリさんがいない世界で生きても、何の意味もありません\n私は、お二人と……みなさんと一緒に生きたい!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "……!そんなっ!そんな答えっ!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "それは予想していた答えだろう。それは予測していた応えだろう。だが、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "何故!何故!!何故!!何故!!!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "今まで冷静に冷徹に冷酷なまでに世界を見てきた者の初めての怒り。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "何故あなたたちはあの男に従うのです、惹かれるのですか!?何なのです、あのコウジマアラタという存在は!?\nあの存在のために全てが崩れた!\n本来なら覆すことなど出来ないシステムを!エラーなど起こさないはずのプログラムを!\n辿りつくことない私に!何故あの勇者は乗り越えてくる!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "それは絶叫。それは激昂。\n今まで自分を押し殺していたはずのマザーが。\n子どものイタズラと見ていたマザーが。\n感情を爆発させる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "勇者として役目を果たさず!あまつさえ魔王を助けたことに始まり……っ……代行者の撃破……!\n……この世界が産まれてから一度も起きたことのないもう一人の勇者の誕生!\nエラーを正すために……苦渋の末シエルと接触した、代行者も復活させた!\n……勇者か魔王、あるいはその両方を排除しようとしたのに結局代行者のみが破られる……っ",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "………………",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "この部屋自体がマザーの体内なのか。\nマザーの言葉と意見に同調するように部屋全体が震える。\nシエルはそれを、静かに見ている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "最後の手段として用意していたシャインでさえも、勇者と魔王が手を組むというイレギュラーな現状の前に阻まれる!\nそしてシエル……あなたがここにいる……!\n全てはあの者が勇者として……いや、ただの勇者のついでとして呼ばれてから起きたことっ。あの男は一体何なのですっ!\n何故あの者は私の思い通りにならない……何故あの男は私に屈しない……!!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "アラームが鳴る。警報が鳴り響く。\nマザーの怒りを表してる。\nシエルは理解した。アラタの召喚から……いや、もしかしたらそれ以前から始まっていたイレギュラーの連続。\nこの世界と人類を護る。ただそれだけを考え、尽くしてきたはずのマザーを、そのイレギュラーがどれほどまでに追い詰めていたのか。\nただそんな様子を見て。\nそんな様子を見たからか、シエルはどこまでも冷静に、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "答えは簡単、アラタさんがヒーローだからです",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シンプルに、単純に。\n明確に、明快に、明解に。\n簡潔に完結に答える。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あなたが作り出した、ストーリーに沿った勇者なんて存在じゃない\n村を、街を、国を、世界を……アカリさんを、みんなを……魔王となった私を……\n全てを……総べてを救おうとする、本物のヒーローなんです",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "知らない!私は知らない!私はそんなもの望んではいない、作ってはいない!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "そんなシエルの言葉など端から聞く気はないのか、マザーはヒステリックにさらに続ける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "さらに最悪なのは……最後の最終の状況で、ここに来たのがシエル……あなたなこと!\nやはりあの時、二人の勇者に対抗するためとはいえあなたと接触するべきではありませんでした……!\nあなたにこの世界の管理は渡しはしない……っ\nこの世界を管理し、見守り、教え、与え……繁栄に導くことが出来るのは唯一私一人なのです!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "……あぁ、やはり……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "その言葉で、シエルは全てを思い出し、悟った。\n先ほどからずっと感じていた感覚。\n魔王としてではない。\n世界を思い通りに出来る支配感と万能感……そして抱擁感。\nその正体は……マザーとしての……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それが私の本来の役目、なんですね……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そしてシエルは一つの覚悟を決める。\nそしてシエルは一つの言葉を告げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "マザー……いいえ、もう一人の私\n私はアラタを、アカリを……全てを救おうとするヒーローを見て人の輝きを知りました……人の持つ可能性を知りました",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルはそっと目を伏せる。\nそれは『自分』を否定する言葉で。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……そして、私たちの作り上げてきたこの世界は間違ってると気付きました",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "まち、がってる……?私が……?何千年、何万年、何億年と……この世界を見守ってきたこの、私が……?",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "シエルは聞こえてないのか、聞こえていても答えないのか。\nこう続ける。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "少なくとも魔王なんて存在は必要ないんです……人は、そこまで愚かじゃないんです\nですよね。アラタさん、アカリさん",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そして笑う。\n二人の前で笑うように。\nマザーの前で笑う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だから、後はお二人に……人の手に全てを委ねましょう。私たちは文字通り見守りましょう\n人が作っていく、これからの世界の行く末を",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "シエルの笑顔は美しく、麗しく、優しく……それこそ母のように。\n感情を爆発させたおかげか、先ほどよりいくらか冷静にマザーは、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……その提案は受け入れられません。彼らはまだ私たちの手を必要としています。世界が私を必要としています!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "しかし拒否し、否定する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私自らの手で整理することはあっても彼ら自らの手には任せません。そうしなければ彼らはすぐ間違いを犯す、誰かが前にいなくては!\n彼らを管理することが私の仕事であり思想であり使命\nあるべき物語にあるべき結末を。導く存在が必要なのです!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "……確かにあなたの言ってることは正しいのかもしれません",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "マザーの中にいたシエルもそれは理解している。頷けるところもある。\nだけども、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……けれど、彼らはいずれ立ち上がります、自分の脚で",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "それがアラタたちと一緒に過ごして至った結論だった。\nあるべき物語にあるべき結論。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "………………",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "マザーシステムの思考する音が冷たい部屋で静かに響く。\nシエルの言葉を聞き、マザーが至った結論は、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ありえません……ただちに魔王シエルをこの世界から消去します……",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "シエルの想いは、気持ちは、マザーに届かず。\nマザーシステムの防衛魔法が作動する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……なら、しかたありませんね……直接あなたを止める以外ないみたいです……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "言いながら魔法など気にすることなく、端末へと足を動かしていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やめなさいシエル。まだ世界には私たちがいなくてはなりません",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "……ごめんなさい……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "コントロールパネルを操作していく。\n画面を文字が次々と流れていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やめなさいシエル。こんなことをしてどうなるかわかっているのですか?\nこの星が、ラグナギアがなくなるかもしれないのですよ?",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "やめません……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "やめなさいシエル。今すぐやめなさい……やめっ――\nやめなさいっ、やめてっ、やめて!\n何故です!私は彼らのことを考えて、世界のことを考えているのに!そんな私が何故消えなければならないのです!?\n消えるのはむしろあなたの方でしょう!魔王シエル!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "…………ごめんなさい……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "魔法の炸裂する音の中、再び謝るシエル。\nただマザーに聞こえない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "これで…………",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "そしてシステムの管理権限を自分へと。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やめなさい!そんな、そんなことをすれば私はぁっ!",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "ここまで来てそんな言葉を聞くわけもなく。\nかといって聞き流せるわけもなく。\n有りえたかもしれない自分を悲しく思いながら。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ごめんなさい、ありがとう。そしてさようなら……\n最後まで人の可能性を信じることのできなかった……もう一人の私……\n……あなたも、アラタさんたちと出会っていれば……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "謝罪と、感謝と、離別。\n自分の中にある全ての感情を伝え。\nマザーシステムを眠りにつかせた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"???",
"マザーシステム"
] | 09_Sekai | 2417_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "はあ、はあ……はあ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ぐったりと倒れて動かないソルを見つめて息を整える。\n正直、ここから立ち上がられたらヤバイかもしれない。なんとか、このまま動かないでいてくれれば……。\nそう考えて身構えていたが、ソルが動き出す様子はなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "勝った……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ルミネさま、アラタさまはあちらに!",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "あ!アラタさま!!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "姫さま……っ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "動き出さないソルに安心していると、姫さまがルナを伴ってやって来た。\nその姿を見た途端、一気に安心して全身から力が抜けてしまいそうになる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさま!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "わ、悪い……ちょっとかっこ悪いよな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そ、そんなことありません!アラタ様はとってもかっこよくて、とっても強くて、とってもステキな勇者様です!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "はは、良かった……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "フラついた俺の身体を、姫さまが心配そうに支えてくれる。\nその肩に手を置きなんとか身体を支えていると、剣を手にしてルナが倒れているソルに近付いて行くのが見えた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ルナ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "まだ敵は息をしています。ルミネさまのため、油断はできません\nアラタさま……とどめは?",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "ソルから決して目を離さず、ルナは冷静な口調で言った。\n確かに彼女の言う通りだろう。起き上がって周囲に危害を加えないとは言い切れない。でも……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "無理に命を奪う必要もないだろうし、この傷じゃ起き上がっても何もできないさ\nそれに、聞きたいこともある。拘束してある程度治療をしてから、話を聞こう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "わかりました。それでは、そのようにいたします",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "ああ、頼む",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アラタさまも治療をしないといけません",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "わかってるよ。ありがとう、姫さま",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "それでは城に戻りましょう。彼のこともすぐに手配せねばなりません",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "ああ、そうだな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "気を失ったまま動かないソルはそのまま連れて行き、王城で治療をうけさせることになった。\nすぐには無理でも、しばらくすれば傷も癒えて話ができるようになるだろう。\nその時には、知っていることを色々話してもらわないとな。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ルナ",
"ルミネ",
"新"
] | 09_Sekai | 3300_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "はー。それにしても、ブレイブギアの力はすごいな。体力がもうほとんど回復してるぞ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "本当だよね。帰ってきたばかりの新くん、しばらく動けないかもって思ったのに",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "勇者のためのギアなんだから、当たり前というものです。しかも、こんなに可愛い女の子つき!\nパーフェクトに決まってるじゃないですか~",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そこ、あんまり関係ないと思うんだけどな……",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "ソルとの対決でかなり消耗していたはずの身体は、ブレイブギアの持つ回復促進の影響もあってすっかり回復していた。\nこの回復力にはかなり驚いたが、勇者が持つ伝説のギアだから当然のことなのかもしれない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、俺の方はおかげですっかり元気だけど……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……ソルさんだっけ。まだ目を覚まさないって言ってたよね",
"speaker": "灯"
},
{
"utterance": "ああ……ギアの方も無反応だそうだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そりゃあもう、マスターが全力でぎったんぎったんのびったんびったんにしましたからねえ\n普通だったら目を覚まさないんじゃないですか。生きてるだけで儲けものですよ",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "とは言っても、そうしなきゃ俺がやられてたからなあ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "気にする必要はありませんよ。あの代行者は見た目こそ人間ですけど、普通の人間じゃありませんから\nだから、通常の治療じゃ効果が薄いだけだと思いますよ",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そうか。じゃあ、長期治療ってことになるのか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "早く話を聞きたいんだが……目を覚ますまでは、待つしかないってことだな。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"レイ",
"灯",
"新"
] | 09_Sekai | 3301_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "……あ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "姫さまの話を聞いているうちに、すっかり日も暮れて、辺りは夕焼けの赤に染まり始めていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさま、次の勇者様のお話の為に資料を取ってきますね",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "姫さま、今日はもうこれくらいにしておこう。ほら、日も暮れてきてる",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "いえ!わたしはまだまだ平気です!!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "どうやら、姫さまの勢いはまだまだ止まりそうにない。本当に三日三晩でも話し続けそうだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも、今日はもう時間も遅いし明日にした方がいいよ\nそれに、あまり遅くまでふたりきりだと王様辺りに何を言われるかわからないしね",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "え……あっ!あ、あの!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "うん?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺の言葉を聞いた姫さまは、顔を真っ赤にして慌てて少し距離をとった。\nどうやら、とても近くで話していたことに今ようやく気付いたらしい。\nだけど、距離をとった姫さまはじっと俺を見つめている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、あの……アラタさま……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "姫さま?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ、あの……あの……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "真っ赤になったまま、姫さまは俺から視線を外さない。そして俺も、そんな姫さまから目を離せなかった。\n赤くなった頬、潤んだ瞳、そして緊張した表情。それがどうしてなのか……そんなもの考えなくてもわかる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……っ!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "……!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そんなことを考えていると、姫さまはじっと俺を見つめていた目を閉じて上を見上げた。\nそこまでされて、それがどういう意味を持つのかわからないわけがない。\nだけど、あまりに突然のことすぎてどうすればいいかわからず、身体を動かすことすらできない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "…………",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "……う",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "姫さまの方は俺のことを受け入れる気満々だった。だが、ここで姫さまに手を出すというのはやっぱりどうしても……!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ルミネさまー!ルミネさま、どちらですかー?",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "……きゃっ!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "っ!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "戸惑っていると、図書室の外からルナの声が聞こえてきた。その声を聞き、姫さまは慌てて目を開け俺から離れる。\n俺の方も我に返ってわざと姫さまから離れて姿勢を正した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああ、こちらにいらっしゃったのですね……おふたりとも、どうかされたのですか?",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "ど、どうもしないわ!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "そ、そうだな。別に何もそんな、うん",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "図書室にやって来たルナは、俺達ふたりを見て不思議そうにしていたが、すぐに何かに気付いたような表情になった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……はっ!まさかアラタさま!ルミネさまのあまりの可愛らしさにあんなことやこんなことを!??!",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "な、なんでそうなる!そういう納得の仕方をするな!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "この微妙な雰囲気、おふたりの距離、これはもうそのように解釈しろということではないかと\n遂にやりましたね、ルミネさま!",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "も、もー!そ、そんなのはアラタさまに失礼です!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "そうでしょうか?ルミネさまの念願が叶ったのですから、失礼も何もないとは思いますが",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "きゃー!も、もーいいの!ほら、わたしを探しに来ていたのでしょう!は、早く戻りましょう!!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "わかりました、ルミネさま。では参りましょう",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "姫さまは真っ赤な顔をしながらごまかすように図書室から出て行こうとしたが、一旦立ち止まるとこっちを見つめた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、アラタさま、明日も勇者さまのお話をいたしますわね",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "ああ、よろしく頼む。それじゃあ、また明日",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい、失礼いたします",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "それでは失礼いたします、アラタさま",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "明日の約束をすると、姫さまは足早に図書室を出て行き、ルナも俺に頭を下げてから一緒に出て行く。\nなんだか最後は慌しい感じだったな。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ルナ",
"ルミネ",
"新"
] | 09_Sekai | 3305_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "先日の一件以降、姫さまと一緒にいる時間はわかりやすく増えていた。\nでも、話す内容のほとんどは勇者や魔王についての伝承や、それに対する考察だ。\n様々な伝承を知る度、それぞれの勇者に個性があり、皆苦悩や葛藤を抱えていたんじゃないかということがわかる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさまなら、この場合どうしますか?",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "ふたりの美女から求婚か……でも、勇者にはこの地に残るっていう選択はないんだよな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい、そうですね。魔王を倒したら必ず元の世界へ戻らなければいけませんから",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "俺が同じ立場だったらどうするか、伝承を教えてくれる度、姫さまはそう質問する。\nどう思うか、どう考えるか、どう行動するか……多分、本人は無意識だろうけど、以前よりも俺のことを知りたがっているのがわかる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でもなあ、そもそも美女に求婚されるっていうシチュエーションが俺には無縁そうだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そ、そんな!アラタさまほどステキな方なんですから……ああ!でも、そ、そうなると困ります……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "あはははっ!いやあ、ないない",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "気付けば、勇者の伝承のことだけじゃなくて、ごく個人的な内容の会話も増えていた。\n今日は何をしたとか、こんなことがあったとか。俺の方も姫さまにいろんな報告をした。\nそれは当たり前のなんでもない会話だったけれど、その当たり前がいつの間にか増えているのが嬉しくもあった。\n姫さまは明らかに、俺を勇者としてではなくただひとりの個人として好意を向けてくれている。それは嬉しいことだ。\nそれに、そんな姫さまの好意そのものや、俺に見せてくれる様々な感情や表情……そんなものをいつしか俺も意識するようになっていた。\n姫さまと俺のそんな関係を咎められるかと思ったが、周りはまるでおとぎ話に出てくる英雄と姫を見るように、微笑ましく見守ってくれていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おお、アラタ。いいところで会った",
"speaker": "フォルト"
},
{
"utterance": "何してるんだ、王様。また仕事をサボって出かけるつもりか",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はっはっは。それはそれ、これはこれ。今はお前に聞きたいことがある",
"speaker": "フォルト"
},
{
"utterance": "別にしちゃいけない話じゃないのか、それは……まあ、いいや。聞きたいことって?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "最近、随分ルミネちゃんと仲がいいみたいじゃないか……",
"speaker": "フォルト"
},
{
"utterance": "ああ、まあ……そうですね……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "しかし、姫さまと仲良くなるってことは、このめんどくさい王様の相手もしないといけないってことだ。\nこれだけはただひとつ、厄介なことかもしれない。\n悪い人じゃないんだけど、姫さまのことになるとおかしくなるからなあ……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "確かにルミネちゃんは可愛い!それはもう可愛い!ルミネちゃんを選んだお前の審美眼は正しい!!\nだが!ルミネちゃんと結婚したいなら、まずは俺様を倒してからだ!!",
"speaker": "フォルト"
},
{
"utterance": "……考えときます",
"speaker": "新"
}
] | [
"フォルト",
"ルミネ",
"新"
] | 09_Sekai | 3308_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "王様との一件があったその日の夜、俺はルミネの部屋に呼ばれていた。\n部屋にはルミネがいて、当然ルナがいる。ふたりきりではないんだけど、なんだかすごく落ち着かない……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ルミネ、こんな夜に王女様の部屋に来て大丈夫なのか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "大丈夫ですよ。だって、もうお兄さまにも認めてもらったのですから、わたし達の仲は公認です",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "あ、それもそうか……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい。隠れなくても、堂々とアラタさまと一緒にいられます。だから……今日という日をもっと一緒に過ごしたいんです",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "恥ずかしそうに頬を染めて見つめながら言われ、胸が高鳴るのがわかった。\nその気持ちは俺も同じだ。できるなら、もっとルミネと一緒にいたかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺も同じだよ。ルミネとまだ一緒にいたい",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ああ、良かった!わたしだけがこんな気持ちだったら、どうしようかと思いました",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "そんなわけないだろ。そうじゃなきゃ、部屋まで来ていないよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うふふ、そうですね。あ、ルナ、お茶をいれてくれる?",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "わかりました。ルミネさまがお気に入りの紅茶をご用意いたしますね",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "ええ、ありがとう",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "用意してもらった紅茶を飲みながら、ルミネと談笑をする穏やかな時間。\nまさかこんな時間が来るとは思わなかった。\nふたりだけでやりたいこと、行きたい場所、そんな他愛ない話をたくさんした。\nそんな俺達を、ルナは優しく見守ってくれていて、なんだか少しくすぐったい気持ちになる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうだルナ。王様が逃げた後どうなったんだ?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "いつも通り、ライジング・サンにおりましたので、確保いたしました",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "もう、本当にお兄さまったら……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "今現在も罰として、執務室で仕事をされていることでしょう",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "あの人も懲りないな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "本当です……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "執務室で仕事をしているであろう王様を想像すると、なんだかおかしくなってしまった。\nそれはルミネも同じだったようで、ふたりで同じタイミングで笑いあった。こんな何気ないことが嬉しくなる。\n話しているうちにすっかり夜も更け、ルナは後片付けをしに部屋を出ていた。\n俺もそろそろ部屋に帰ろうかと思うんだが……どうも、出て行き辛い。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、あの、アラタさま……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "あ、ああ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "チラチラとこっちを見るルミネの表情は、もっと一緒にいたいと伝えている。それは俺も同じ気持ちだ。\nこうして堂々と一緒にいられるようになったんだから、ずっと一緒にいたい。それに……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あの……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "もじもじとこちらを見つめて何かを期待している様子のルミネは本当に愛らしくて、今すぐにでも抱きしめてしまいたくなる。\nあとはきっかけだけだということは、俺もルミネもわかっていた……こういう時は、リードしてあげるべきだよな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ルミネ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "は、はい!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "俺はルミネを一番大切に思っているし、もっとルミネと一緒にいたい。それに……もっとルミネのことを知りたいんだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "わ、わたしも……アラタさまのことを、もっと……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "もっと深く、たくさん……いいかな?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "言葉の意味を理解したルミネの顔が一気に赤くなる。\nそのまま視線をそらしてしまったけれど、すぐに真っ直ぐ俺を見つめてくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "わ、わたしにも教えてください……アラタさまのことを、たくさん……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "ああ、もちろん……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "頷きながら答えてくれたルミネを強く抱きしめると、ルミネもしっかりと俺に抱き着いてくれた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ルナ",
"ルミネ",
"新"
] | 09_Sekai | 3311_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "んん……あ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ゆっくりと目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋じゃなかった。\n目を開けると、隣には幸せそうに眠る裸のルミネがいた。\n昨日のことは紛れもない現実で、夢じゃなかったと確かめられて安心する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさま、そろそろ朝のご準備をお済ませください",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "ん?ああ、ルナ……わかった……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "朝起きて目の前にルミネがいて、ルナが挨拶をしてきて……。\nルナが、挨拶!?\n寝ぼけていた思考が一気に覚醒した。\nヤバイ!これは明らかにヤバイ!だって隣には裸のままでルミネが寝ていて、俺も裸でこの状況はどう見ても……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "え!ちょ、ちょっとルナ!!?あの、これはだな、そのえっと……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そろそろルミネさまのお着替えの時間ですので、起きて頂かないといけないのですが",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "い、いや、あの……は、はい。わかり、ました……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あまりにも冷静で、あまりにも落ち着き、何もかも理解していますよと言わんばかりのルナの様子。\nこれはもう言い逃れもできないレベルだし、何を言ってもどうしようもない状況だ。もう、諦めるしかない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "……!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そ、そのネタをラグナギアに伝えた勇者(バカ)は一体誰だああ!!!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさま、わたしは元々ルミネさまのお世話役ですので何も焦らないでください\nそれに、おふたりの間に何かあるのは昨晩の時点で気付いておりました",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "え……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ティーセットを片付けて戻って来た時には、既に部屋の中から明らかにいたしている最中の声が聞こえてきましたので……\n私の気持ちを考えてくださるのなら、このくらいの仕返しは許して欲しいものです",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "あ、いや、あの……それは……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そう言われてしまうとぐうの音も出なくなってしまう。\nルナのルミネを思う気持ちがとても大きいのは俺にだってわかっている。だからこそ、何も言えない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん……んん?",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "あ……起きたのか、ルミネ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ、アラタさま、おはようございます",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "あ、ああ。おはよう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "おはようございます、ルミネさま。朝の支度を整えましょう",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "あ、おはようルナ。そうね、朝の準備をしてしまわないと",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "それと、おめでとうございます。おふたりで、幸せになってくださいね",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "あ……!ありがとう、ルナ!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "目覚めたルミネはルナがいることに驚きもしていないようだった。\nそしてかけられた祝福の言葉に嬉しそうな微笑みを浮かべる。\nまるでこうなることがわかっていたような当たり前の態度。でも、それは当然なのかもしれない。\nだって、ルナはルミネのすべてを知っている。昨夜のことも知られて当然だと思っていたんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うふふ……嬉しい。朝起きたらアラタさまがいて、ルナにこうして祝福されて……。わたし、今きっと世界一幸せだわ",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "ルミネさまの幸福が私の幸福です",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "嬉しそうに微笑むルミネと、それを穏やかに見つめるルナ。\nふたりを見ていると、さっきまで慌てていた気持ちが落ち着いてくるのがわかった。\nこれ以上俺が口出しして、ややこしくなる前に部屋を出た方がよさそうだな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ルミネ、俺は部屋に戻るよ。また後で会おう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい、わかりました。また後ほど",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "………っ!",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "あ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ベッドから出て立ち上がった瞬間、俺はとんでもないことに気が付いた。\nついさっきまで裸で寝ていて何も身に着けていない状態だ。\nそして、ベッドの脇にはしゃがんでルミネの起床を待っているルナ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、あああ……あああああああ……",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "ルナの目の前には、おもいっきり昨日ルミネの中で大暴れした俺のアレが……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "きゃああああああ!!!!!!",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "がっ!!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺のアレを直視してしまったルナは珍しく可愛い悲鳴をあげたかと思うと、おもいっきり強烈な一撃を俺の鳩尾めがけて食らわせた。\n完全に油断していたせいでその一撃を避けることも防ぐこともできず、そのまま食らってしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "が……あ、ああ……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "きゃああああ!!アラタさま!アラタさましっかりしてくださいー!!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "……は!し、しまったついうっかり!",
"speaker": "ルナ"
},
{
"utterance": "あ、あ……あ…",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ルナの強烈な一撃を食らった俺を心配するルミネの悲鳴と、珍しく戸惑うルナの声を聞きながら、意識が遠く……なって……。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ルナ",
"ルミネ",
"新"
] | 09_Sekai | 3313_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "前回同様、一進一退の攻防が続いていた。\n互角に近い能力なのは間違いないが、気をぬけば一気に持って行かれるのはわかっている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "勇者……前より弱くなったか?",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "そんなつもりはない!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ソルが繰り出す蹴りを身体を捻って避け、そのまま反撃の拳を繰り出す。\nだが、その拳は寸でのところでかわされる。\n拳を引いて後方へ距離を取り、俺がまた身構える前にソルはこちらに向かって走り出して来ていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "マスター!すぐに来ます!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "……っく!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "その動き、前にも見たぞ……!",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "走り出した勢いのまま、ソルが上下に一度ずつ蹴りを入れる。\n一撃目はかわせたが、続いての蹴りを避けることはできず、慌てて腕でそれをガードする。\n吹っ飛ぶことはなかったが、腕だけでなく全身にその衝撃が襲ってくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はあ……さすがに、やるな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "前回より動きを見切られる確率が高くなっています。以前の戦いで動きや攻撃のクセを覚えられたのでは",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "ああ、そうだろうな。それに、戦闘経験はあいつの方が遥かに上\n見切られる確率が上がって当然だろう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "能力や武装が互角でも、戦闘経験が圧倒的に違う。\n俺はヒーローに憧れて鍛えてはいたが、実戦なんてこっちに来るまでほとんど経験して来なかった。\nそれに比べてソルは、この世界でずっと勇者と戦い続けて来たんだ……そりゃ差は出る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうした?今になってビビってきたか?",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "ああ、そうかもな。こんなに手ごわい相手、ここじゃお前が初めてだからな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ソルの攻撃は蹴り技がメインだがそれしかないわけじゃない。\n両足どちらでも変わらぬ攻撃力を誇る蹴りをメインに、拳や肘もつかってその時使える部位を最大限に利用して一撃をぶつけてくる。\n全身凶器と言ってもいいほどの攻撃力は、どの一撃をくらっても無事ではいられないだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "レイ。可能な限りソルのデータをとって、そこから予測される動きの結果を常に教えてくれ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "わかりました。マスターが私の処理速度に対応しきれるかはわかりませんが……",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "余計なお世話だ。何もないよりずっといい……行くぞ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "了解です!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そうだ、もっと俺に向かって来いっ!",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "はああああっ!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "勢いをつけて繰り出した拳をソルは直前でかわし、上半身を捻って肘を入れようとする。\nレイのナビゲートを駆使し、ソルの攻撃を避けると更に次の一撃を狙う。\nお互いに決定的な一撃を食らわないよう立ち回り、何度も攻撃を繰り返す。\nレイの正確なナビゲートに素早く対応し、攻撃を避けるのが精一杯だ。\nこちらから一撃をくらわそうにもソルはすぐ動きに反応する。\nしかもヤバイことに、さっき馬車に攻撃をくらってルミネを守った時にどこかを打ち付けたようで身体が痛む。\nその痛みのせいでいつもよりも動きが悪いのは自分でもわかる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうした勇者!!動きが悪いぞ!",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "しまった!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "おらあぁああああっ!!!",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "マスター、防御行動では防ぎ切れません。このままギリギリまで引き付けて回避を!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "ああ、わかった!!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そして、痛みのせいで生じた一瞬の隙をソルが見逃すはずはなく、俺に向かって渾身の一撃を放ってくる。\nレイの指示を受け、その一撃を避けることだけに集中する。これを食らえばヤバイ。それだけはよくわかる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "今です!!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "っしゃ!!\nっく!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ギリギリでそれを避けることができたものの、バランスを崩してその場に転んでしまう。\nそんな俺の頭上目掛け、ソルは高々と足をかかげる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もらった……!",
"speaker": "ソル"
},
{
"utterance": "……っ!!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そのまま一気に、その足が振り下ろされる……!\nそう思った次の瞬間、ソルの身体を一筋の光が包み込む。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "な……んだっ!?",
"speaker": "ソル"
}
] | [
"レイ",
"ソル",
"新"
] | 09_Sekai | 3407_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "結局、マザーシステムの管制人格がシエルに何を残したのかはよくわからないままだった。\nけど、マザーシステムは稼動を続けたままだし、世界は何も変わらず今日も平和で穏やかだ。\n世界には相変わらず魔物が出没したりしているけど、人間は力を合わせてそれを倒して平和を維持し続けている。\nシエルはマザーシステムに託されたものの正体が何かを知ったようだったけど、俺達にはあえて何も言わなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もう魔王も勇者も代行者も作られることはありませんよ。すべては、人類が望むままに……",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "ただ穏やかに微笑みを浮かべてそう言っていたけれど、きっと、それがシエルの判断なんだろう。\nこの一連の事件は、世界に公開されることなく封印された。\n人は今までもやってこれたのだから、きっとこれからも上手くやっていける。\n今まで通りの生活を送っていけばいい。\nそれが平和っていうものだ。\nそれに、この世界にはヒーローがいるんだから、これからも必ず上手くやっていける。\nマザーシステムの件が落ち着いてからしばらくの時が流れた頃、クラウン王国中が嬉しいニュースに沸いていた。\nそれは王女であるルミネの婚約が発表されたからだ。\n相手はもちろん……この世界の勇者である俺だ。\n俺とルミネの婚約は大勢の国民の前で大々的に発表された。\nけれど、それに反対するものは一人もいなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタさま、わたし幸せです……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "俺もだよ、ルミネ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "もっとも、こんなに幸せそうなルミネの表情を見て、反対が出るはずもなかった。\n王様も泣きながら祝福してくれたし、ルナもとても喜んでくれた。\n博士もアウロラもシエルも、みんなが俺達を祝福してくれたことが何よりも嬉しかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "こんなにたくさんの方に祝福されるなんて……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "ルミネが愛されてる証拠だよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "寄り添い合い、笑顔で国民の声援にこたえると、歓声がひときわ大きくなった気がした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも、こんなこと夢みたい……本当に、アラタさまと一緒になれるなんて……",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "だから言っただろ。俺は元の世界に帰ることも、ルミネのことも諦めないって",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい!",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "俺と灯はシエルのおかげで、自由に元の世界へと戻れるようになっていた。\n向こうの世界での生活が落ち着くまでは、ラグナギアと行き来しながら過ごす二重生活になるだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも、しばらく慌ただしくなると思う。すぐに安心させてあげられなくてごめんな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "いいえ、いいんです。アラタさまといつでも会えるってわかっていますから",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "そっか、それならいいんだけど……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "向こうの世界での生活が落ち着くまでは、こちらもアラタさまが生活するための準備をしっかり整えておきますね",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "ありがとう。でも、ふたりの新居のことは少しずつでも、ふたりで一緒に決めよう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……はい!そうですね。それがいいです",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "嬉しそうに微笑みを浮かべるルミネがしっかりと腕にしがみつく。\nその感触を受け止めて、俺も微笑みを浮かべた。\nしばらくは二重生活になるけど、いつかはこちらの世界に移り住むつもりでいる。\n灯もこの世界を気に入っているし、俺のいる場所が自分のいるところだと普段から言っているくらいだから……。\n多分、あいつも最終的にはこっちに移り住んでくるんだろうな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そういえばアカリさんが、自分は側室でいいからと仰っていましたよ",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "ええ!?あいつ本気かよ。何考えてんだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うふふ。あの表情は本気みたいでしたよ。でも、それもいいかなあって思います\nだって、わたしアラタさまもアカリさんも大好きですから",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "まあ……ルミネがそれでいいなら、別にいいか。居ないと居ないで寂しいしな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい……アラタさま、わたし小さい頃からの夢が叶って、本当にとっても幸せです",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "おいおい。これくらいで満足してもらっちゃ困るな。なんと言っても俺は勇者なんだからな\nこれから先、もっともっと、いつまでもルミネのことを幸せにするんだからさ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "あ……はい!わたし、あなたのそばにいつまでも一緒にいます。ずっとずっと、ふたりで幸せでいましょうね",
"speaker": "ルミネ"
},
{
"utterance": "もちろんだ。愛してる、ルミネ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "わたしもです。愛してます……わたしの勇者さま!",
"speaker": "ルミネ"
}
] | [
"シエル",
"ルミネ",
"新"
] | 09_Sekai | 3419_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "あれから一週間ほどが過ぎた。\n研究室では、今日も博士とアウロラがシャインの調査に没頭している。\n俺のダメージはギアの機能ですぐ回復したのに、シャインは応答しないままだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どう?変わりある?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラの表情はさえない。\nでも博士は、昨日よりはいい顔をしていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ある。これを見ろ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "見ろと言われて博士のいじっている分析装置の表示を見てみたものの、俺にはさっぱり分からない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "で?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "博士は偉そうな顔をした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シャインとレイの比較が終わった。その結果――",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "こっちの様子を窺うような博士の目線に、俺は期待して頷き返す。\nそこには、楽しげな笑みがあった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シャインはレイと同型機とまでは言わないが、極めて近似した形式になっている\nハード面でも、素材の成分・加工精度等が一致していて、恐らく同じ工房で前後して作られたと断定出来る、いや、この私が断言しよう\nシャインとレイは、姉妹機だ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "姉妹と聞いたら、気になることは一つだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どっちが上なんだ?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そこ?他に突っ込むところがあるでしょ!",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "聞こえない。こと、にしておこう。\nそれは博士も同じだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "レイだ\nレイの実体化の仕様で不完全な部分が、シャインでは改善されている\n性能はシャインの方が勝るが、それは作った側の都合だろうな",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "へぇ~。よく勝てたな、俺",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "昨日、レイに確認したけど、シャインは性能を出し切ってなかったみたい\nラッキー、だったんじゃない",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラの言う通りなら、確かに、ラッキーだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、運も強さの内さ。勇者の条件の一つだよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい、はい。それなら、その運の強さでシャインを起動させてよ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "その指摘に俺は天を仰ぐ。\n昨日も一昨日も、その前の日も、研究室に来るたびに、シャインの宿るギアに声をかけたり撫でたりしていたが、未だに反応は無い。\n悔しいが、ここは力不足だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、それに関しては申し訳ない。ほんとすみません",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "気にすることは無い。シャインが起動していなくても調査できる項目は山ほどある\nなんせ代行者のギアだ。いろいろな事が分かるだろう\nもしかしたら、アラタ達が元の世界に戻れない理由も分かるかもしれない",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "それ、本当か!?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺の言葉に、博士が真顔になった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "その辺は、シャインが目を覚ましてくれないと難しい",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "あ、やっぱりですか……",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "さすがに、がっかりしたと言うか、脱力する。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "心配するな。天才である私が、調査を続行する\n助手として少しは役に立つアウロラ嬢と共に",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "少し?少しってなんですか?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "分相応ということだ。違うかね?",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "ぐぅぬぬぬぬぅっ!",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "研究室の中の空気が、一気に危うくなる。\nうん、これは俺の出る幕じゃなさそうだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あっ、俺、行ってくるから",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "勇者の居場所は研究室じゃない。\n俺はいつものように、勇者を待つ人々のもとへ、倒すべき魔物のいる場所へ向かう。\nとりあえず、全力疾走で。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"アウロラ",
"アーベン",
"新"
] | 09_Sekai | 4303_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "魔王城に来るのも三度目だ。勝手は、それなりに分かってる。\n中に入れば、前に来たときと同じで、空気は軽い。レイに探索を頼めば、魔物の存在はあるものの、その数は少ないらしい。\n魔王がいないせいで、ここから出て行ってしまっているのか……まあなんにせよ、俺とアウロラがいれば問題なさそうだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "さすがは魔王城、と言うべき広さだな……",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "でも、薄暗いのね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "で、どこから調べる?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "初めての魔王城に目を輝かせる二人に対し、俺は尋ねた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "無論、魔王が本来いるべき場所……玉座の間だろう",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "了解",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "最初は一時間もかからずに、次はダンジョンに迷って辿り着くまで数時間かかった玉座の間だ。\nでも、今度はそんなにかからない。\nシエルを連れて出たときに通った道を、逆に行けばいいだけだった。レイに頼んでマッピングしておいてもらったのが大正解だな。\n俺達は、時々現れる魔物達を倒しながら、奥へと進んでいく。レイの探索通り、その数は多くなさそうだ。強さの方も正直俺の敵じゃあない。\nそして進むこと数十分。俺達は問題無く玉座の間に入った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "時間があれば、きちんと測量して正体不明のスペースを突き止めるのだがな……",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "で、どうする?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ここは、ヒーローの直感力を試してみるシーンだろう。任せた",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "何?その超御都合主義的展開は",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ま、いいじゃないか。時間がかかるわけでもなし、やってみよう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "博士の言い分に苦笑しつつ、俺は魔王の玉座へ向かった。\nここは、お約束。玉座の周囲をじっくりと調べてみるが、それらしいモノは無い。\n正体不明のスペースにつながる、何か。\nそれが簡単に見つかったら、誰も困らない。が、見つからな過ぎる。\n玉座そのもの、背もたれの飾り、玉座を囲むカーテンの陰……絨毯の下も見た。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うーん……無いなあ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "他に方法は無いの?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ないことはないんだろうが、まあ考えてみよう。その前に、一休みだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺は魔王の玉座に座ってみる。クッションは少し硬いが、座り心地はいい。\n腕を肘掛の上に置いて、背もたれに寄りかかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "へえ、こんなゴツゴツしてるしもっと座りにくいと思ってたけど、気持ち良さそうね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "座ってみるか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "肘掛の端のしゃれこうべ型の飾りを掴んで立ち上がろうとするが、その時指が眼窩の穴に入ってしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ん?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "なんだろう。なんとなく何かありそうな気配がする。指を更に奥の方へと差し入れてみると、指がボタンのような物に触れた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "慌てて覗き込むと、そこは、さっき見た通りの、ただの穴だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もしかして",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "もう一回、玉座に座って、眼窩の穴に指を入れる。\n指先に、ボタンが触れた。なるほど、視認できないように幻影を貼ってるわけか……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あったぞ、アウロラ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "何が?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ボタンだ。隠し扉のスイッチか、自爆装置か、緊急脱出装置か――",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "……どれだと思う……?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "押せば分かる",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "それ、研究者のセリフじゃないから!アラタ、勝手に――",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "ぽちっと、な",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "押しちゃった……\nまさか……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "素晴らしい……大正解だったか!",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "玉座の背後の壁が持ち上がり、新たな通路が開いた。\n深い闇に満たされた、どこへ続くか分からない道。\n本物のダンジョンはここからだ、と、俺の直観が告げた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よしっ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "奥に広がる世界にどこか胸をわくわくさせながら、俺はみんなと暗い通路に踏み出した。\n携帯式の照明用ギアで行く手を照らし進んで行くと、銀色のドアに突き当たった。\nそのドアは、俺達が前に立つと音も無く、開く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えぇっ!?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "想定外、または、お約束な展開だ。\n開いたドアの向こうには、巨大な円形のホールが広がっていた。\n眩いほどの照明で照らされた、金属の壁が銀色に光るSFチックなホール。\n天井までの高さは、数十メートルくらいある。\nそして、壁の周囲に巡らされた円形の通路より少し低くなった床の中央部は透明になっていて、その下に無数の配管が見えた。\nその透明な床を囲む壁の手前に、端末にしか見えない装置が置かれている。\n中世ヨーロッパ的なラグナギアとは、別世界だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "これが、魔王城の正体か……",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "冒険ファンタジーから、未来SFへワープかよ。上等じゃないかっ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "アラタ、それどういう意味?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "はは。ヒーローは、活躍する世界を選ばないってコトだな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "さあ、調査を始めよう……ふふふふふふふふ、研究者魂がうずいてきたぞ!",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "博士は何の躊躇いも無く、むしろ喜々としながら床に降りて行く。\nそして、端末のような装置に触れた。\nその仕組みは、アウロラ達がギアやエーテルの研究に使っている道具や装置に近い物のようだ。\n実際、博士とアウロラがいじってみたところ、ほとんど問題無く使えるらしい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "これ、もしかして大発見?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "当たり前だが、はしゃいでるヒマは無い。解明しなければならん事があり過ぎる。ふふふ……調べまくってやろうではないか!",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "俺は取りあえず、サポート役として付いて来ている兵士の一人に、魔王城外に待機している本隊へ目的地点に到達したことを伝えるよう頼んでから、周囲の探索に入った。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"アウロラ",
"アーベン",
"新"
] | 09_Sekai | 4331_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "調査開始から、数日。\n端末のような装置は本当に端末で、博士やアウロラすら知らない、この世界についての真実が、その中に一杯詰まっていると分かってきた。\nどこの誰が作ったかは分からないシステムがどこかにあって、そのシステムが世界を司っていること。\nそのシステムがこの世界、ラグナギアを作りだしたときに関する、諸々のこと。\n人間より先に作られたエルフは、スペックを高く設定し過ぎたせいで、そのスペックに精神が追いつけず、失敗作として扱われたことも、分かった。\nアウロラは『やっぱり、そうなのよ』と、かる~く流して見せたが、実のところは結構、ショックだったらしい。\nでも、アウロラにそんなことを引きずっている暇は無かった。いくらでも調べることがある。アウロラは、朝早くから夜遅くまで調査を続けた。\n俺は、この広間にあるいくつもの扉の向こうに何があるか調べてみた。\nどの扉も、ちゃんと開く。そしてその向こうには、床も壁も天井もこの広間と同じ、銀色の金属製の通路があった。\nただ、どの道も延々と続くだけだ。交差とかカーブとかはあるが、他の部屋とか突き当たりも無い。\nどこまで続いているのかも分からないその通路に下手に深入りすれば、本当に帰れなくなりそうだ。だから、ほどほどで引き上げる。\n同じことを、全ての扉について繰り返した。\nそれが終わると、調査に参加できない俺は正直ヒマになる。\n俺は端末にかじりついてるアウロラに、声をかけた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ひと息入れに、外へ行かないか?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "後にするわ。いま手が離せないところだから、アラタだけで行ってきて",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "分かった。んじゃ、ちょっと行ってくる",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺は、広間から魔王城の玉座の間をつなぐ通路の扉の前に立った。\nが、扉が開いた瞬間、俺は言葉を失ってしまう。\nそこには、シャインの姿があった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "パパーっ!パパだっ!寂しかったよーーー!",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "な、シャイン!?お前、なんでこんなところに!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "飛び付いてくるシャインを抱いてやる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "パパも、ママも、ぼくに何も言わずに行っちゃうんだもん!\nぼく、怒ってるんだから!",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "怒ってるより、泣きだしそうな顔を見ると、俺まで泣きたくなってくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ごめんな、シャイン。ほんと、急な仕事だったんだ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ぼく、パパとママと一緒がいい。ぼくも、お仕事する",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "困ったな、と思いながら聞く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも、よくここまで来れたな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うん。お城からここへ食糧なんか運んで来る馬車に乗って来たんだ",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "もしかして……黙って?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "うん!\n魔王城についてからはね、兵隊さんの後をつけて、ここへ来る道を見つけたんだよ",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "いくらなんでもここまでこっそり一人旅とか……行動力ありすぎるな……。そもそも誰か気付けよ……。\nもしくは……以前ここに来てた時のログを、無意識に辿ったのか?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それで、パパ。ママは?",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "ああ、あそこだよ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺は苦笑しながら、アウロラの方を見た。\nアウロラは、気付いていたらしく、驚きの表情でこっちを見ている。\nシャインも気付いて俺から離れると、アウロラの方へ駆け出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ママぁーーー!",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "飛び付いてくるシャインを、アウロラも苦笑いしながら抱き締める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もう、しょうのない子ね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "だって、だってぇーーー",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "寂しかったのね。ごめんなさい",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "本当なら危ない場所に来たことを怒らなきゃいけないんだろうが、俺もアウロラも、シャインに会えたのが嬉しくて、それどころじゃない。\n俺達も、寂しかったんだ。\nアウロラに抱かれて落ち着いたのか、シャインは息をついた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もう、パパも、ママも、離さないんだから!パパも、こっちへ来て",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "俺は自然と笑みの形になった顔をそのままに、二人の横へ行くとシャインの頭を撫でる。\nしばらく、一緒にいられる幸せを味わうと、シャインは笑顔になった。\nそして、シャインはアウロラに聞く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ママ、何してたの?",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "ああ、これはね――",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラが端末に顔を向ける。\nシャインは振り向くように、端末と向き合った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なに?これ――",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "シャインは手を伸ばして、端末に触った。その瞬間。\n端末のモニターが眩しく光り、表示が凄いスピートで流れ出す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "な!?まさか――",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラがシャインの手を掴んで、端末から離そうとするなり、表示は元に戻った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……マザー、システム…………",
"speaker": "シャイン"
},
{
"utterance": "そう呟いて、シャインの体がよろける。\n慌てて抱きとめた俺の腕の中で、シャインは気を失った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シャイン?おい、シャイン!しっかりしろ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "声をかけても、揺らしても、シャインの意識は戻らない。\n俺と作業を中断したアウロラは、意識の無いシャイン共に、城に戻ることにした。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シャイン",
"アウロラ",
"新"
] | 09_Sekai | 4332_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "意識の無いシャインを、どうにかアウロラの部屋まで運んできた。\nぐったりしたシャインをアウロラのベッドに寝かせる。\n魔王城から戻ってくる途中で出始めた熱は、上がる一方だ。\n戦闘用ギアの管制人格でも、実体化してるときの体は、生身の人間と変わらない。\n俺とアウロラは、冷たい水を汲んできて、濡らしたタオルでおでこを冷やしたり、熱さましの薬を飲ませたりした。でも何が違うのか、効き目が無い。\nただ、冷たいタオルを乗せた瞬間だけ、苦しそうな表情が緩む。それでも高い熱のせいか、喘ぎながら動くから、タオルはすぐ落ちる。\n落ちたタオルを拾って、また乗せる――。\nその単調な作業を、俺とアウロラが交代で続けるうちに、ドアがノックされた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "私だ。入るぞ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "いいわよ。あら、今日も魔王城に泊まりじゃなかったの?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "キャンプ飯は飽きたのでな。それに、シャインの様子も気になる",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "博士は、持ってきた測定機を突き出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ちょっと!こんなときに何する気よ!",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "こんなとき、だからだ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "博士は、ちらっと俺を見る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "任せるさ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そうだ。シャインはギアの管制人格。人間とは違う。だったら、今一番信用できるのは、やっぱりこの人だろう。\n博士は、シャインのデータを取り始めた。\n俺とアウロラは、シャインのおでこを冷やしながら、その様子を見守る。\nそしてその作業は、すぐ終わった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "二人とも、ちゃんと聞け――深刻な状態だ\nシャインのギアとしての機能は活性化している。活性化が進むと本来の記憶を回復して、敵に戻る可能性が高い",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "アウロラの表情が強張った。\nこんなときの博士は、変にアテになるから困る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ねえ、なんとかならないの?あんた、天才なんでしょ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "確かに、私は天才ではある。しかし、万能では無い",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "その宣告に、アウロラの表情が暗くなった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "打つ手、無し、か",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "博士は頷く。が、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "無いな。ただし、『いまのところ+私には』と、限定付き、だ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "そう続けると、俺を見てニヤリと笑った。ああ、本当に頼りになるなあ、この人は。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そんなときは、なんとかする、と、言ったろ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "そうだ。確かに、言った。だったら、俺のすることは決まっている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうだったな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "後は、任せた。私は、ライジング・サンへ行く",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "博士は俺の返答に満足そうに頷くと、何の憂いも無い顔をして出ていった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタ……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "シャインを助ける方法を探そう",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "決意をこめた俺の言葉に、アウロラは深く頷いた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"アウロラ",
"アーベン",
"新"
] | 09_Sekai | 4333_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "延々と続く通路は、一見、同じように見えた。\nでも、それがただの廊下じゃないのは、お約束だろう。なんといっても、世界を司るシステムへと通じる通路だ。\n前に探索した範囲から少し先に進むと、もうヤバくなってきたらしい。\n右手の甲から光が立ち昇ると、レイが出てきた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "マスター、なんか、極ヤバな気配です。準備おっけー、でしょうか",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "わざわざ警告してくれるってことは、さっきやりあってた奴らよりもヤバイってことか。サンキュー、レイ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "そりゃあ、こんなとこで、マスターがやられた日には、この後の私の楽しみがなくなってしまいますから",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "つまり、この先にはレイがワクテカするほど強力な敵がいるってことだな",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "大正解です。マスター、成長してますね……って、前方から、攻撃来ますっ!防御!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "よっし!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "右腕を装甲化して突き出しながら、シールドを展開する。\nそれを待ってたように通路の向うから、ビームのような光が幾本も飛んで来た。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それじゃあレイ、かる~く、行くぜ",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "了解ですっ!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "博士、下がってろ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "俺は右拳を固く握りしめ、前方へと飛び出した。\n……………………。\n…………。\n……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや~、マスター、冴えてらっしゃる",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "て、言うか、線香花火だよな。出所も、一発で消し飛ぶし",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "この調子でいきましょー",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "さっきの魔物とのバトル以来暴れまくっているせいか、レイの機嫌が妙にいい。これでいいのか、管制人格。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "で、マスター。ひとつ伺いますが、どこへ行くんです?",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "聞いてなかったのか?マザーのところだ。ま、いいから俺に付いて来いって",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "はい、はい",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "ところどころ、穴が開いたり、黒く焦げたりした通路を俺達は先へと進む。\nその後も、レイの警告が出るたびに、ビームっぽい攻撃が繰り返された。\nビームは、本数が増えたり、カラフルな色つきになったり、波打ったり、ねじれたり、派手になるにつれて威力は増してるようだが、すべて発射装置を排除した。\nその代わり、通路の焼け焦げや穴は、少しづつ酷くなっているようだけれども……まあ、こっちも命がかかってるからな。少しくらいはいいだろ。\nだが、それでもレーザー攻撃は終わらない。徐々にその数を増し、威力を増していく。さすがにこの調子で続くと、俺とレイでもきついな……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "博士、本体まで、あとどのくらいだ?",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "もう、目の前だな",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "だが、どうやら俺達のガマンの勝ちらしい。博士が指さす通路の先に、開けた空間が見えた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ビンビン来てますっ!なんだか知らないけど、凄そうです!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "そうか――乗り込むぞ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "これが最後。俺は全力でレーザー兵器を破壊しながら前へと進む。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"レイ",
"アーベン",
"新"
] | 09_Sekai | 4340_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "ソルはシャインを脚の装甲に、俺はレイを全身の装甲にして、戦闘に入る。\n前に戦った経験は、残念ながら役に立たなかった。\n余裕をかまして、こっちの出方を見ながら遊び気分で技を繰り出すソルは、いない。\n今度のソルは、はなっから全開だ。最初から全力で突っ込んで来る。\nだからこそ俺も、最初から全力だ。あいつを嘗めてかかったりはしない。フルドライブモードで立ち向かう。\nあの蹴りを正面からくらえば、かなりのダメージを受ける。それは蓄積されて、いつしか俺を動けなくするだろう。正面から受けたらダメだ、全力で避けるしかない。\nだが、避けることに意識を取られてしまうせいで、こちらの攻撃も鈍る。せめて一撃、喰らわしたいが、動きが速い。俺の拳はかすりもしない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まっすたー、下手っ",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "言い返してる余裕は無い。次から次へと飛んで来るキックを、見切るだけでも大変だ。\nなんせ、全て一撃必殺レベルだ。殺意さえ無い機械的な攻撃が続く。防御の弱い部分にくらえば、どうなることか。\nただ、力押しな分、パターンが見切れる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "よっし!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "ソルの蹴りを左腕で弾きながら、右の拳をソルの脚に叩きつける。が、弾かれた瞬間に、ソルは離脱する。俺の攻撃は、かすった程度だった。\nくそっ。前のソルなら逃げるより攻めてきただろうに。\nだが、そんな俺の努力を、冷たい声が遮る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ソルを倒せばシャインがどうなるか、分かっていますか?",
"speaker": "マザーシステム"
},
{
"utterance": "知るわけないだろ!分かりたくもない!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "それは本音だった。どうなるかなんて分からない。分離している時ならともかく、装着し繋がってる今の状態で倒せばどうなるのか……。\n前はしばらく機能停止しただけだった。でも、今度はどうなるか。最悪、消えて無くなるかもしれない。\nでも、それでも俺はシャインを助けたい。\nあんな、勇者を倒すための武器でなく、俺達の元で笑ってた一人の少女にしてあげたい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "シャイン!必ずお前を助けるからなっ!シャイン!見てろ!聞いてろ!",
"speaker": "新"
},
{
"utterance": "応答は無い。それでも呼びかける。ソルの攻撃をかわしながら、シャインを呼ぶ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "マスター!戦いに専念して下さい!",
"speaker": "レイ"
},
{
"utterance": "専念は出来ない。だがソルの攻撃は激しくなる。俺は次第に押されて、劣勢へと陥り始めた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"マザーシステム",
"レイ",
"新"
] | 09_Sekai | 4342_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "アウロラとシエルは、マザーシステムの本体がある部屋を目指して進んでいた。\n魔王城に着き、玉座の間から端末のあるホールに入ったアウロラは、端末の前に残されていたアーベンのメモを見つけた。\nそのメモを見てアウロラは舌打ちする。どうやらアーベンは、アウロラがここに来ると信じていたらしい。\n本当に嫌な奴。小さく呟き、けれどその口元を緩めながら、確かに言った。ありがと、と。\nアウロラは、そのメモを手掛かりに端末からマップを引き出して記憶すると、シエルとともに、マザーシステムの本体のある場所を目指す。\n通路を進むにつれ荒れていく壁と床を見れば、何があったか見当がつく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アウロラさん、まだ着かないですか?",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "次の角を過ぎたら、すぐよ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラは、記憶したマップと今まで歩いてきた順路とを重ね合わせて答えた。そして、角を通り過ぎる。\n通路の先に光が溢れていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうやら着いたようね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラとシエルは歩みを速めて、その部屋へと向かっていく。\nそしてその部屋へと入った瞬間、二人は言葉を失った。\n巨大なホールと、その中心にそびえ立つ巨大な何か。そこで戦っている二人の男。\nアラタとソル……!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アラタ……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "不安げに呟くアウロラを元気づけるように、シエルはあえて力強く言う。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大丈夫ですよ。だって、アラタさんは、勇者、ヒーローなんですから\nあ、奥に博士様がいます!",
"speaker": "シエル"
},
{
"utterance": "!",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラは駆け出すと、新とソルの戦いには目もくれず、アーベンのところに向かった。\nシエルもアウロラに続いて、アーベンの側へと走る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "何か凄いことになってるんだけど。30秒で説明してくれる?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラ嬢か。まさかここまで追ってくるとはな。アラタに任せておけばいいものを",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "アーベンは、ついさっきマザーシステムから聞かされたことを二人に話した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そして、シャインはマザーシステムによって無理やり戦わされている。アラタは、それを助けようと戦っている。そんなところだ\nどうやら勇者召喚のシステムと代行者の存在は、セットになってる。で、その仕組みを作ったのが、マザーシステム、ということだろう\n代行者のギアを作ったのがマザーシステムなら、勇者の使うブレイブギアを作ったのも、マザーシステムだ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "なるほどね……なんとなく、見えてきたわ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラは、横目で新とソルの戦いぶりを見る。新がソルに押されているのは一目瞭然だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "どうやら、以前のソルとは姿形は同じだが別人のようだな。戦いを楽しむこともなく、戦士としての誇りを持つこともなく、ただアラタを殺すことしか考えていない\nシャインを助けるために全力を出し切れないアラタの方が、このままだと不利だ",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "分かってるわよ。なんとかしないと……",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラは必死で考える。その間にも、ソルの脚甲から繰り出された強烈な一撃が、新の頬をかすめた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あんな奴、シャインさえいなければアラタの楽勝よ\nシャインさえ切り離せば、シャインを救えるし、ソルも倒せる……でも、どうやって?",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラは、更に考える。どうすればいいか。今の自分に何ができるか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ソルもシャインも、マザーシステムにコントロールされてて、こっちからは手を出せない。そのコントロールを外さない限り……でも、コントロールを外せば――",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "アウロラは、何かに弾かれたようにアーベンを見た。アーベンも、アウロラの考えたことを完全に理解した。そして、頷く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "コントロールから外れれば、シャインの意思で分離出来る",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "なら、やるしかないわね",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "この世界を司る、神にも等しいシステムを乗っ取ることなど、普通に考えれば不可能に等しいがな",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "できるわ。あたしは、エルフだから\nエルフのあたしと、人間の天才であるアーベンが力を合わせれば、出来るのよ",
"speaker": "アウロラ"
},
{
"utterance": "止むを得ん。付き合ってやろう",
"speaker": "アーベン"
},
{
"utterance": "アウロラはアーベンと共に、マザーシステムへの挑戦を開始した。\nシエルが立ち上がり、アウロラとアーベンの前に出る。\nそして、止むこと無く続く新とソルの戦いの激しさから二人を守るように、手を広げた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"シエル",
"アウロラ",
"アーベン"
] | 09_Sekai | 4343_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "それで、いよいよ明日からか",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "街からわずかに離れた泉の前。俺の眼前には、一組の男女が立っていた。\nどちらも神に選ばれた、と言っても言いすぎではないだろう端正な顔立ちに、金色の髪。こうしてただ目の前にいるだけなのに、輝いているかのようなオーラを感じる。\nそれも当然だろう。この二人は普通の人間じゃない。この世界においては天の神々に連なる血筋と呼ばれている人物達。王族だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああ。悪いな、俺のワガママのせいで手間かけさせた",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あのなあ、俺らはお前に命をかけさせたんだ。それに比べりゃ、この程度、手間にもならねーよ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "そうですよ、ユウキさま。ユウキさまのして下さったことに比べればこの程度",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "別に、俺一人で成したことじゃないしなあ。それを言うなら、ハイレンだって同じだろ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "だから俺は、充分な見返りをちゃーんともらっているぞ。俺個人としての名声と自由を、な",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "お兄さまは、見返りなんかなくてもずっと自由でしたけれどね",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "父上の目を盗んで、だったのが、お墨付きになっただろ。俺はやる時はやる男だ。自由にさせといても大丈夫ってな",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "ここ、レウリトス王国の第二王子『ハイレン=アルセ=ノーリウム=ネオン』と、同じく第一王女『フロウラ=アルセ=ノーリウム=ネオン』。\n当然ながら、一般人がこんな話し方をすれば、もれなく不敬罪で捕縛される。それを許されてる俺は、つまりは特別、ということだ。\nとはいえ、それを平然と人前で行うわけにもいかないので、こんな街から離れた人の目が無い場所をわざわざ選んでいる。\nそして俺は、今その特別を捨てようとしていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大丈夫かどうかはともかく、やる時はやる男ってのは間違いないな。でもまあ、俺も同じだよ。俺が欲したのは、ある意味で『自由』だからな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "もう……本来なら公爵の位と共に領地と豪邸、一生をかけても到底使い尽くせない程の財と、両手に余るだけの女性を欲しても文句を言われない立場なんですよ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "……まあ、正直言うと、それ貰って豪遊も悪くないかなあ、なんて一瞬思った。けれど、そんな自分を想像してみたら、すんげえ退屈そうでなあ\nそれに、今の俺の心情だと……本気でどこまでも腐っちゃいそうでさ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "スキャナさま、ですか……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "ま、豪邸に閉じこもって酒飲んでるよりかは、よっぽどいいと思うぜ。お前の選んだ道は\nそれでバカやって騒いで、さっさと忘れちまうことだ。もしくは女でも抱いてろ。抱いてる間に別の女の良さが分かるだろうさ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "……男性というのはそういうものかもしれませんね。幸い、ここにユウキさまのお相手を出来る女性もいますし",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "フロウラさん?恥じらいながらのその台詞は、少々破壊力がありすぎるんですが",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "私は、すでに身も心もユウキさまの所有物です。たとえユウキさまが拒否をなされても、この事実は変わりません。お父さまの命令書も発行済みです\nこれは、我が国が……いえ、この世界がユウキさまに捧げる報償と謝罪の一部。何よりも優先され、もはや私は他の誰のもとにもいけません。そんな気もありませんけれど",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "……俺が拒否したら?というか、してるはずなんだけども……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "生涯独り身で、ユウキさまだけをただ想い続けて生きていきます",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "この異世界『ディーニア』においても過去類を見ない美姫、とまで呼ばれる子をここまで思い込ませるとかなあ……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お前のやったことには、最低でもそれくらいの価値あるものじゃなきゃつり合わないってことだ\n……しかも、この国は、お前に恩を仇で返しちまった……王国最高の宝石くらいは差し出さないと、周囲が納得しない",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "安心して下さい。私は生涯ユウキさまだけのものですが、ユウキさまの生活の邪魔をするつもりはありません\nむしろ、そのお手伝いをすることこそが私の役割だと思っていますから",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "あーくそ。ほんといい子なんだよ。すっごい美少女で優しくてほんわかでスタイルよくておっぱいとか大きくてすんごく揉みがいありそうで!\nこんな子を好きに出来るとか、本来の俺だったら絶対ありえない。拒否するなんて間違いなく頭おかしい。うん、今の俺、絶対超絶で頭おかしい。\nだけどまあ、そんな子だからこそ、俺の理性がブレーキかけるんだよな。物扱いしていい子じゃない、って。\nこれで、可愛くてスタイルいいだけのむかつく暴力女だったりしたら、絶対もらっちゃって好き勝手したぞ俺。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、残念だが、これに関しては拒否権なしだ。父上の許可はもちろん、議会でも満場一致で認可された\nさっきも言ったが……あんなことになっちまったからな。王国として、他国の連中も納得する褒美を出さんとまずいわけだ。これで拒否されると王国の沽券に関わる",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "いやまあ、王族って存在は、その身を国のための道具として使われる、ってのは理解してたつもり……ではあったんだけども",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "日本で暮らしていた俺としては、その感性にどうしても引いてしまうんだよな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ほんと、悪いな。俺が煮え切らないせいで、フロウラを引きずり回してるのは分かってるんだが……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "バツの悪そうに言う俺に、けれどフロウラは優しく笑って首を左右に振った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "気にしないで下さい。元々、私が自ら望んで進言したことですから",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "女にここまで言わせるとか、お前不能なんじゃないのか?",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "違う、違うよ、絶対違うっ。俺様、超健康、毎朝元気!\nいやだからな、そりゃ、フロウラみたいな完璧美少女を自分のものにできるとか、これ以上ないご褒美ですよ。召喚された代償にも充分だ\nただまあ、これでブレーキ外したら、俺はもう本気で止まらんぞ。毎晩どころか一日中、それはもうケモノどころかケダモノと化して貪るね、俺は\n俺のピュアダークネスな性欲の前には、フロウラの気高き意思とて牡丹の花のように、ぼてっ、と無残に墜ちるであろうさ!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "童貞がよく言うわ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "悪かったなあ!それを言うならお前だって同じだろうが!二年も一緒に旅して、そんな暇はまったくなかったからな!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "残念でしたあ。俺には隣国の第二王女という婚約者がいるからなー。それはもう、とっくの昔にお楽しみ済みさあ!",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "あの、お兄さま?あちらの王族の方々は、確か正式な婚姻まで身体を重ねるのは禁止では……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "……………………フロウラよ、分かってくれ。男には、あえて踏み込まなければならない茨の道があるんだ……",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "ガマンできなくて押し倒しやがったな、こいつ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ごめんなさい!本っ当にごめんなさい!あの胸とか凶器すぎるんです!でも超大事に優しく扱いましたから許して下さい内緒にして下さい!\n魔王退治の旅から戻ってくるや否や、よくぞご無事で、って泣きながら抱きついてきたんだぞ、放置する方が極悪だろうが",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "ご感想は?",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "すんっげえ気持ち良かった!!",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "ギルティですね。まあ、国際問題にもなりかねませんので、お父さまも全力で隠し通すとは思いますが",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "いや、いっそ断罪しちまおうぜ。俺より先に超ボインの美女と合体だとか、世界が許そうとも俺が世界を説得して許させん",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "いや、お前だってその気になれば今すぐ合体可能な、ボインの美少女が目の前にいるだろうが",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "あ、あのお兄さま……その……は、はいっ。ユウキさまがお求めになるのならば、それはもう今すぐそこの樹の陰ででも受け入れる覚悟ではあります!で、ですがあの……\nできれば初めては……ふ、二人きりで……というのにどうしても憧れが……い、いえ、これはあくまで私の勝手な願望ですのでっ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "だからさあ、お前、妹もっと大事にしろよ……こんな甲斐性無しに食わせちまおうとかさあ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ほんとバカだな、お前は。その甲斐性無しにだからこそ、だ。他の男だったら、この場で真剣勝負申し込んでる\nそもそも、フロウラがそれを望んでるからこそ、懸命にお前に売り込んでんだろうが。エロガキのくせして、ほんといい加減にしとけよ。このヘタレ甲斐性無し",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "……ほんとすまん。けど今はマジで勘弁してくれ……どうしても、そんな気になれないんだよ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "これでも、最愛の女に振られたばかりなんだ。それじゃあやっぱこっちで、なんて気軽に別の恋愛できるほど、俺は強くないんだよ。\nそんな俺の気持ちが伝わったのか、ハイレンは仕方ないか、と頭をかきながら溜息をついた。\nフロウラも、寂しげな笑みで、俺を見上げている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、マジで頑張れよ。お前のこれからの日々が素晴らしいものであるように、俺もできるかぎりの協力をさせてもらう。何かあったら、遠慮無く言ってくれ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "私もです。ユウキさま、また笑顔でお会いしましょうね\nあなたが来て下さったおかげで、私たちは救われました。本当に……どんな感謝の言葉ですらも、足りません……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "おいおい、今生の別れってわけじゃないんだぞ。新しい生活に慣れたら、また連絡するよ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はい。あまりに待たせるようなら、私の方から連絡しちゃいますから、早めでお願いしますね",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "また会おう。我が親友にして、戦友たる大賢者",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "差し出された手をガッチリと握り、俺はもう一度感謝の言葉を告げると、二人に背中を向けた。\n明日から始まる新たな生活。それに対する不安と希望とを、共に胸へと湧き上がらせながら。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、お前のことだ。どうせすぐに平穏でなくなるとは思うがな",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "うん、頼む言わないで。俺もそれなりには自覚してるんだ\nだけど、それでも願いたくなることってあるだろっ?祈りたくなることあるだろっ?信じてみたくもなるんだよっ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "いやまあ、自分でも無理だって分かってますけどね。なんたって、その祈る対象に仕えてる司祭様が、あれなんですから……。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"悠樹",
"フロウラ",
"ハイレン"
] | 10_Runabout | 0100_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "子供の頃、漫画やアニメに憧れて想像したことが、男なら誰しも一度はあるんじゃないだろうか。\nある日いきなり教室に訪れたテロリスト達。それを隠された力をもって一人で殲滅してしまう自分。\nとてつもない魔力に突然目覚めて、不意に現れた闇の眷属達から人々を守り続ける自分。\nあと、いきなりとんでもない美少女が空から降ってきてベタボレされたり。\n……突然異世界に召喚されて、すごい力を手に入れて勇者様呼ばれたり……。\nまあ、いわゆる中二病とか言われるやつだ。もっとも、本来の中二病ってのはあくまで妄想するだけで、人様の前でキチガイみたいな行動をすることじゃないけれど。\nつまるところ、そんなもんはどれもこれもただの妄想で、現実に叶ったりすることはないわけだ。そんなの本気で信じてたら、ただのバカ。妄想でなく暴走だ。\nもし本気で信じているというのなら、今すぐにでも病院に向かうといいだろう。\nなーんて、思っていました俺も。三年前までは。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ええ、はい、そうです。俺自身がこうして、この異世界『ディーニア』にマジで召喚されるまでは",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "まったく。すごいや、異世界は本当にあったんだ!なんて某アニメ映画みたいなことを素で言う時が来るとは、マジに夢にも思わなかった。\nいや、事実ってのは小説よりも本当に奇ですわ。\n今からほぼ三年前、俺は唐突にこの世界へと召喚された。理由は実にテンプレ通りの、魔王を倒して欲しい、というものだった。\nなんでも、『今この王国で目覚めた勇者を、異世界からの賢者と共に旅立たせよ。それが、人類が魔王を打倒できる唯一の機会となる』。なんていう神の神託が下ったとか。\n結果、召喚されたのが俺だ。勇者との相性だとか、潜在魔力の量に強さだとか、生命力や魂の輝きが云々、とかいう理由が色々あったらしいが詳しくは知らん。\nはっきりと言えるのは、俺は三年前にこの世界へ召喚され、そして勇者や仲間達と共に魔王を打ち倒した、ということだけだ。\n巷では、『大賢者』なんて呼ばれていたりもするわけだが、日本では歴史関係以外どうにか平均点だった俺が賢者とか、まじ勘弁である。\nけれど、魔王という巨悪がいなくなった瞬間、それまで打倒魔族でまとまっていた人間達は、お約束のようにバラバラになった。\n魔族との戦いで荒れ果てた大地。その復興の隙間から生まれる大きな利権。つまりは、金と権力のために、腐った貴族共が好き勝手に蠢き始めたというわけだ。\nその欲望に、俺……いや、俺達は思いきり巻き込まれた。人間てのは、ここまで身勝手になれるんだと、心の底から思い知った。\nそして、俺はぶち切れた。\n異世界から来た俺に、この世界の権力なんて知ったこっちゃない。持てるすべての力と知恵とコネとをもって、徹底的に完膚なきまでに、汚物を叩き潰してやった。\nおかげで、この国の上層は、大分綺麗になったんじゃないかとは思うけれど……正直、疲れた。精神的に。\nただの一学生でしかなかった俺が、この世界に来て三年。毎日が戦いの日々だった。命がけの日々だった。帰りたい、と思ったけれど、残念ながら帰る手段はない。\n可能性はゼロじゃないってことで世界中で調べ続けてはくれてるらしいが……まあ多分無理なんだろう。だから、俺は開き直ることにした。ポジティブに、前向きに、だ。\n魔王を倒した英雄としての名誉も、大賢者なんて大それた称号もいらない。俺はただの学生でいい。失ってしまった三年間……一人の学生としての生活をただ楽しみたい。\n俺は国王に直談判し、異世界人という立場を捨て、ただの一学生の座を勝ち取ったわけだ。さすが国王陛下は満面の笑みで了承して下さったよ。\nうんうん、極大殲滅呪文はやっぱり説得力あるなあ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "しっかし、まさかこの歳になって、もう一度学生生活を望むなんてなあ。あの頃は、仮病使ってでも休みたい、なんて思ってたのに……\nはは、明日からだってのに緊張するなあ。学生生活がどうだったかなんて、もうまったく覚えてないし",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それでも、俺は取り戻すんだ。あの平穏で騒がしくて楽しかった毎日を。\nここから、もう一度始めよう。この世界での新しい生活を!\n俺は拳を固く握りしめ、胸を張って目の前の建物を見上げる。明日から通うことになる新しい学舎。『王立アーティム学園』の校舎を。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あのぉ……ここに何かご用ですか?今日はまだお休みですけど……",
"speaker": "少女"
},
{
"utterance": "え?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "新たな決意に心を燃やしていたところで、不意にそんな声をかけられた。俺は慌てて振り返る。\nそこには、俺と同年代くらいの少女が、一人立っていた。訝しげな顔で、俺を眺めている。\n……うん、可愛い。普通に美少女といって問題ない少女だ。いかにも活発そうな顔立ちに、ショートカットがよく似合っている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えーっと、見たこと無い人だけど、もしかして新入生だったりですか?入学式は明後日ですけど",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "ああ、いや、編入だ。明日からここの二学年生になる、今日は軽い下見に来ただけだよ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "少し見惚れて固まっていた俺に不安になったのか、自ら確認を求めてきた少女に、俺は慌てて返答した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あ、そうだったんですか。それなら納得ですね。当日の朝に迷って遅刻とか、間違いなく学園生活黒歴史として刻まれちゃいますし、うん",
"speaker": "少女"
},
{
"utterance": "にぱっ、と楽しげな笑顔でうんうん頷く少女。うん、守りたいこの笑顔、って感じだな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "えーと、そんな日程のことを知ってるってことは、ここの生徒?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はいっ。あたしは、ルビィ。ルビィ=ストロムですよ。よろしくですね",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "ルビィか、なるほどねえ、情熱の赤って感じの元気さだし、ピッタリな名前だな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "えへへー、ありがとうございます",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "紅玉と呼ばれる宝石、ルビー。石言葉に、確か情熱、なんていうのがあったはずだ。\nもっとも、この世界にルビーなんて名前の石はない。だから、意図してつけられた名前じゃないんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "にしても、見たこと無い顔とか言ってたけどさ、もしかして全校生徒の顔を覚えてる、とか言わないよな?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "いえいえ、さすがにそれはありません。だって、その黒い髪とかすっごく珍しいじゃないですかー。あ、瞳も黒いんだっ。すっごい!珍しい上にかっこいいっ",
"speaker": "少女"
},
{
"utterance": "俺の目を覗き込み、ちょっと興奮気味に言うルビィ。\n日本では当たり前だったけれども、この世界において黒髪は非常に珍しい。いないわけじゃあないけれど、かなりのレアキャラだ。黒い瞳だなんていったら見たことないな。\nなるほど、そりゃ分かるよな。そんな珍しい黒髪黒瞳が他にいれば、当然目につくだろうし。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふふん。この目は俺のトレードマークだからな、黒い瞳の『羽良悠樹』……ユウキ=ハラ、と覚えておいてくれ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユーキさん、ですか。はい、覚えました\nあたしも、二学年なんですよ。もしかしたら同じクラス、だったりするかもしれませんね。ええ、こんな場所でバッタリとか、運命感じちゃいますよっ",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "運命かー、案外バカにできないもんだしな。マジであるかも\nその時はよろしく頼むよ。ここでの学園生活は初めてなんでさ、不安だらけだ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あ、そうですよね。学校なんて、ここ王都みたいな大都市でもなければありませんし。はい。遠慮無く頼って下さい。お世話しちゃいますから\nそれじゃあ、通りがかっただけなのでこれで",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "ああ、またな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "再会を望んだ俺の別れの言葉に、ルビィは嬉しげに手を振りながら去って行った。うん、早々にあんな子と知り合えるとか幸先いいな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうそう。こういった出会いこそが、学生生活の醍醐味だよな\nおし。ワクワクしてきたところで、とっとと寮に行って荷物置いちまうか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "三年ぶりの学生生活。その始まりに心を沸き立たせながら、俺は学生寮の方へと足を向けた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ルビィ",
"少女",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0101_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "ここが学園寮か……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "目の前にのそびえ立つ三階建ての建物を見上げながら、俺は呆気にとられた声をあげた。\nなんというか……学園の寮にしては豪華すぎないか?\n日本にいた頃、いくつかの寮を見たことがある。それは、これといった装飾もないコンクリートの塊、と言っていいようなものばかりだった。\n耐震構造なんか無視した、ただ大勢の生徒達が住めればいい、という感じの建物。古ぼけて、壁にはヒビすら入って……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、そんなのばかりじゃないんだろうけどさあ……それでもこれは、ちょっと豪華すぎね?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "曲がりなりにも、貴族の令嬢達すら通う、王立学園の寮、ということか。\nとはいえ、一般市民だって通ってるわけだし、中も王城クラス、なんてことはなかろう。まずは入ってみるに限る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……うん。まあ、汚いよりは綺麗な方がいいし、むしろこいつはラッキーだぜ、ということにしておこう\nえーと、管理人室は……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺は玄関内を見回して、入り口のすぐ脇のところに隠れるように置かれたドアを見つけた。雰囲気を壊さないようにわざと目立たなくしてるんだろう。\n俺は、ハイレンとフロウラからもらっていた証明書を管理人さんに見せ挨拶をすると、自分の部屋の鍵を受け取り階段へと向かう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "って、肝心の部屋の場所が分からんぞおい",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "この玄関部分を中心に、左右へと伸びた形の建物。外から見る限りは確か三階建てだったはず。\n恐らくは、食堂や風呂といった共有スペースなんかが一階で、生徒の部屋は上の階なんだろうけれども……男女共同の寮だ。間違った場所に足を踏み入れたらやっぱり……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや待てよ。むしろこれをチャンスと思うのもありかもしれん。間違えちゃいましたてへっ、が通じるこの状況。女子の部屋へと飛び込むなら今しかないのでは……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "うん、そうだ。今日初めて足を踏み入れた編入生が、部屋の場所が分からず女子の部屋へと入ってしまう。この不幸な状況を理解しない者はいないだろう。\nきっと優しく親切に俺を案内してくれるはず。いや、むしろ部屋の奥へと招き入れ、お茶などごちそうしてくれる可能性も……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさま",
"speaker": "少女"
},
{
"utterance": "俺は、夢と希望に満ちあふれたこの計画をどう実行するかを、その場で腕を組んで考える。まずは女子の部屋がどこにあるのかをハッキリさせたいところだ。\nまさか管理人さんに、女子生徒の部屋、それもできるだけ可愛い子の部屋の場所教えてくださ~い♪なんて尋ねるわけにもいかないだろう。教えてくれたらそれこそ危険だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あの、ユウキさま?",
"speaker": "少女"
},
{
"utterance": "ならば、やはり見取り図を確認するのが確実なんだが……日本の駅にあるような便利な見取り図は存在しない……。\n一か八か、勘でアタックか?男の痕跡がない方向をめざせば……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさまああああああああ!!!",
"speaker": "少女"
},
{
"utterance": "は、はいいっ!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "突如、耳元で爆竹でも鳴らしたかのように爆発した音声に、俺は悲鳴にも似た声をあげつつ振り返った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "え……って、リム!?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そこに立っていたのは、余りにもよく知りすぎている、メイド服姿の美少女。耳鳴りのする耳を押さえながらその名を呼べば、メイドさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、なんでここに?しかもメイド?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ふふ。やっぱり驚いて下さったみたいですね。実は、わたしもここの生徒だったんですよ",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "いや待て、それはおかしいだろ。だって俺が王城で暮らしてた間、ずっと傍にいただろが",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "リムは、王城で働くメイドさん、使用人だった。俺と同い年、ということもあって、召喚されたばかりの俺の、専属メイドとして色々と世話をしてくれた。\nそんなリムが、学生になって通える暇があったはずもない。そもそも、俺が王城を出て一人暮らしを始める二週間前まで、ずっと一緒だったわけで。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさまが王城を出て行ってしまわれてから、わたしも勉学の楽しさに目覚めたんです。ええ、それはもうまさに覚醒!っという感じで\nそこで姫さまにご相談して、お暇をいただきまして",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "ほほー……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あの、ユウキさま?なんでしょうかその冷たいジト目は……わたしの心の奥底まで見透かすような疑いの目は……\nあう……だ、だめです……そんな、わたしの心がユウキさまに陵辱されちゃうっ。だ、だめっ、ユウキさま相手じゃ逆らえませんっ",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "ああ、うん。悪かったから、そのクネクネやめてくれ。誰もいないからいいけど、誰かに見られた瞬間、俺の学生生活が終わりそうだ\nまあ、ここにいる以上、学生っていうのは間違いないんだろうけれど……メイド服はそのままなんだな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "身分は学生であろうとも、わたしの心は常にユウキさま専属のメイドですから。その心得を忘れることはありません\nそれにしても驚きましたー。まさか、わたしの通っている学園に、ユウキさまがいらっしゃるなんてー。これはもう、お世話させていただくしかありませんねー",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "……演技が下手なのはまあいつものリムということとして、とりあえずここの案内とかしてもらえるのはありがたいな……\nただ、今の俺はあくまで一人の学生だ。『さま』は無し、せめて『さん』で頼む。もちろん、専属メイドさんも必要ないから",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "言った瞬間、リムはガックリとうなだれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うう……覚悟はしていましたが、まるで心臓に刃が突き刺さったかのようなショックです……ユウキさま……ユウキさんにお暇を突きつけられるだなんて……\nですが、ユウキさま……さんのご意思である以上は、それを優先するのが使用人たる者の務め……『可能な範囲で』かしこまりました",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "うん、今すげえ不安になる強調の仕方したね",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "まあ、リムは心から信頼できる仲間の一人だしな。初めての場所で心強い友人がいてくれてよかった、そう思うことにしよう。激しく不安ではあるが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "とりあえず、この寮の説明頼めるか。内部構造とかそういうの、全然知らないんで",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、はい、お任せ下さい。お風呂から女子トイレまできっちりご案内させていただきますので!",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "この子、俺の好みを完全に把握してるっ。リム、恐ろしい娘!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "伊達にユウキさ……んのお付きをしていたわけじゃありませんから",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "でもそれ、堂々としすぎて言い訳のしようもないですよね。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それでは、まずは全体の構造なんですが、一階に男女共有の施設がおかれていまして、生徒達の部屋は二階と三階になっています\nそれも、この玄関ホールを中心としまして、右側が男子棟、左側が女子棟となっています",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "ああ、なるほど。男女を左右で分けてるわけか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それなら、侵入を防ぐための装置なんかも設置しやすいしな。共有施設はやっぱり一階か。スペースの有効利用を考えるなら、やっぱそうなるか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それでは、まずはわたしの部屋にご案内を……",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "うん、それは確かにすっごい興味あるけれど、いきなり全方位から冷たい視線浴びそうなんで、まずは俺の部屋からで頼む",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そうですか……残念ですが分かりました。それでは、部屋の番号を教えていただけますか",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "俺は頷くと、さっき受け取った鍵を渡す。鍵と一緒に取り付けられたプレートの番号を見て、リムはなるほど、と頷いた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それでは、はぐれないよう、わたしの後についてきて下さいねー",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "まるでどこかのツアーのように言って歩き出すリムの後ろを、俺はその形のいいお尻を眺めながらついていった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"リム",
"少女",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0102_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "うん……いい天気だ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "窓の外に広がる青い風景に、俺は満足げに呟いた。\n今日から、俺の新たな学園生活が始まる。三年前に一度失い、諦めてしまっていた生活が。その初日を彩る天気としては、実にいい感じではないだろうか。\n俺は、少し涼しげで爽やかなその空気を胸いっぱいに吸い込み、そしてゆっくりと吐き出していく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさん、こちらに制服、置いておきますね。それと朝の飲み物は、いつも通りコーヒーに砂糖一つ、でよろしいですか?",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "……いや、だからさ、なんでリムがここにいるわけ?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユウキさんのお世話をしに来たからですね",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "だからさ、ここでの俺とリムの関係は、主従じゃなくて友人。友達。まいふれんど。それが、メイド服着てお世話とかおかしいだろ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "姫さまとか、主従でありながら友人として接してほしいって仰ってくれてましたよ?友人のお世話をしても、何もおかしくはないかと",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "くっ、そういえばそんなこと言ってたな。だが、フロウラみたいな王女のが特別だろうに",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "むしろ、あんな王女様が大勢いたら、その国に同情するぞ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "とりあえずだ、リムもメイド服で学園行くわけじゃないだろう。俺の方はもういいから着替えに戻れ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "……むう。そこまで仰るなら戻りますが……ちゃんと朝食、食べて下さいね。ユウキさん、朝食よりも睡眠を優先するタイプですし",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "安心してくれ。さすがにこの状態からベッドに戻って二度寝はする気になれない",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "分かりました……それでは、また後で",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "そう言って、リムは心から残念そうな足取りで部屋を出ていった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "リムの気持ち自体はありがたいんだけどな、世話してもらえるのも……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "とはいえ、それじゃあ俺の望んでた生活とは違うものになるんだよな……少し強めに言っておこう。\nまあ、リムはあれでもしっかりものだし、ちゃんと話さえすれば分かってくれるはずだ、うん。\n……でも、胸の中に広がるこの嫌な予感はなんなんだろうな……。\n俺はその予感を吹き飛ばすように首を振ると、とりあえず顔を洗おうと洗面所に向かった。\nあの調子じゃリムの奴、一緒に行こうと玄関で待ってそうだからな。俺のせいで遅刻をさせるわけにはいかん。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……それで、これはどういうことだ……?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺は、引きつる頬を懸命に堪えながら、目の前の少女に尋ねてみた。答えの分かりきっている質問を。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はい。私も今日からこちらの学園にお世話になるんです",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "ニッコリ笑顔で、予想通りの回答を返すフロウラ。\n思った通り、玄関で待っていたリムと合流し、学園へと向かったのはよかった。\n街を歩きながら、その風景を楽しみながらの美少女と一緒に通学。なんというご褒美か、と感動しつつ辿り着いた学園前。\n待っていたのはこちらのとびっきりの美少女(ただし訳あり)。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "昨日はそんなことまったく言っていなかったよな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "サプライズって必要じゃないですか",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "お前、俺がなんでこの生活を求めたか分かってるだろ。王女と平然と話す編入生とか、いかにも何かありますよー、ってバラしてるのと同じじゃねーか!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "大丈夫ですよ。私もこの学園では、王女ではなく一学生として生活しますから",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "お前がそう思っても、お前の立場そのものは何も変わらないんですがねえっ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "一般市民の一学生。ただし所有物に王女有り、なだけですよ。特に珍しいことはありません",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "……リム、この世界ではそういう平民が珍しくないというのか……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そうですね。少なくとも、ただのメイドでしかないわたしが、最低一人は知っているくらいかと",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "言い方ってほんと大事だな……なんか、大したことじゃない気がしてきたぞ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それにですね、ユウキさん。その王女さまと、こんな目立つ場所で正面から話してる方が目立つと思いますよ",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "なんとっ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺は、慌てて周囲を見回した。確かに、他の学生達が何事かとコソコソ話しているのが目についた。\nフロウラはこの美貌にこのおっぱいに気さくで平民とも分け隔て無く付き合う王女だ。当然ながらその人気はすこぶる高く、顔だって知られている。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "フロウラさんや……俺の学生生活第一歩が、学園に入る前から崩壊しかけているんですが何故でしょう?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "大丈夫ですよ。これでも私、平民の方々にも知り合いは多いんですから。そのうちの一人……お城で働いている人達の縁者、とでも言い切ってしまえば勝ちです",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "ぐっ、と拳を握りしめ、力強く言い切るフロウラ。こういうところが可愛かったりするからずるいんだよな、この子は。\nとはいえ、確かにそれも一理ある。変に反応するから怪しまれるわけで。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "お二人とも、このままだと遅刻してしまいますし、私たちも入りませんか",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "……そうだな。ここはとりあえずフロウラの言う通り、力尽くで押し通すことにするか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ここで問答していたところで始まらない。とりあえず俺はいくつかの反論を呑み込むと、二人の美少女と共に校舎の方へと足を向けた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"リム",
"フロウラ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0104_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "編入初日、事前に色々と話はしているものの、さすがに今日くらいは職員室へと行く必要がある。\nリムと別れ、俺はフロウラと一緒に職員室へと向かっていた。\nまあ年度途中からの転校生というわけでもないので、教師と一緒に教室へ、なんてことはなくてもいいんじゃないかと思うんだが、この学園、クラス替えがないらしい。\nなので、クラスに早く溶け込めるようにと、やっぱり紹介することになるんじゃないかとはリムの談。\nうん、どうせフロウラがすべてかっさらうだろうから、テンプレ道理の簡単紹介ですませよう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……にしたって、本当になんで来たんだ?まさか真面目に俺を驚かすため、ってことはないよな?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "訝しげな視線を向ける俺に、フロウラは苦笑しながら小さくかぶりを振った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "安心して下さい。私も、ユウキさまと一緒に学園生活を楽しみたい……そう思っただけです\n私たち王族は、基本、学園に通ったりせず、王城内の専属教師から教育を受けます。でもだからこそ、ユウキさまの言う学園生活に憧れを抱いた……\nユウキさまと同じですよ。王女だ神託の巫女だ、なんていう立場を捨てて、一人の学生としての生活を送ってみたくなったんです",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そんなフロウラの言葉に、俺はさっきまでの態度に対する申し訳なさを感じていた。\nそうだな。異世界人で大賢者。そんな立場から自分を特別視してたけど、フロウラだって充分に特別なんだ。俺と同じ事を願っても何もおかしくない。\nなんのことはない。一番自分を特別視してたのは俺だったってわけだ。まったく、反省しないとだな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "悪い。少し疑心暗鬼になりすぎてた",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "気にしないで下さい。あんなことがあったんです。ユウキさまが周囲を信じにくくなるのも仕方ありません",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "あんなこと、か\n……なあ、あいつは、どうしてる?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "スキャナさまのこと、やっぱり、気になりますか?",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "気にならない、と言えば嘘だな。まあ、だからといって、今さら元の鞘に収まるとも思ってないし、無理だけど",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "向こうも同じようです。ユウキさまのことを知りたがってはいるようですけれど、知ったからといって何かできるわけでもないからと、静かにしていらっしゃいますね",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そっか……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "スキャナ。スキャナ=フォン=タニム。世界を魔王から守り抜いた救世主にして勇者。共に戦った仲間であり……そして、大切な人だった。\n少なくとも、彼女と共に生きていけるなら、この世界から戻れなくても構わない。そう言い切れるくらいには。ま、過去形なのが悲しいところだが。\nそれでもまあ、俺とあいつの道が外れてしまったのは事実だ。そして、二度と交わることはないだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、俺はもう大賢者でもなければ、異世界人でもない。ただの学生として、ここでの生活を満喫するだけだ\nまずは、友人を作らねばならん!さもなくば……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユウキさまの言っていた、ぼっち、というやつですね\nユウキさまとぼっち仲間……うふふ。胸の奥がぽかぽかしてきます♪",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "おかしい……それ、絶対俺の知ってるぼっちと違う……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "途中、俺はともかくフロウラの顔を知っているのか、唖然と立ち尽くす生徒数人とすれ違いながら、職員室の前へと辿り着く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おう、やっと来たか、遅かったな。つーわけで、俺がお前らの担任だからよろしくな",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "そして固まった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いやいやいやいや、第二王子で世界を救った勇者パーティーの剣士様が何いっちゃってんだてめえ!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あっはっは。いや、旅も終わっちまったしな。またあの王城に閉じこもってるとか退屈でよう\nまあ、だったら俺も、こういう所で社会勉強もいいんじゃないかってな。当然、父上の許可はもらっているぞ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "勉強どころか教える立場じゃねえかよ!逆だ逆!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユウキさま。お兄さまはこういった人ですから、説得はもう……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "ぐぬぬぬ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "昨日、リムに会った時に予感はあったんだよなあ……フロウラにハイレンまでとか、絶対に計画的だろこれ。\n俺が学生生活をしたいって頼んだ時から、企んでやがったな……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "その……さっき言ったことは本当ですよ。一人の学生としての生活を楽しみたいっていう……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "俺のジト目に、汗をたらしながら苦笑するフロウラ。なるほど。その上で企んだというわけか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんかもう……終わったって感じ?俺の学生生活……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "安心しろって。お前の立場や過去まで広めるつもりはないからさ。むしろ、お前の楽しい学生生活をサポートするためにいると思ってくれ\n秘密を知ってる俺らがいれば、立場的にも揉み消しくらいは簡単だからな",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "……確かにまあそれはあるかもしれないが……ハイレンだからなあ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "決して常識が無いだとか、いい加減だとか、そういうわけではないんだが、少しばかりノリが良すぎる上に、頭も柔らかすぎる、お調子者なところがあるんだよな。\n担任教師としてはいいのかもしれないが、その調子の良さが絶対にハプニングを呼び起こすと、俺は信じて疑っていない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさまにそっくりですよね",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "……はい。ちょびっとくらいは自覚してます……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "つまりは、そういうことだ。自分に似ているからこそ、絶対に何かやらかすだろうなあ、と言い切れてしまうわけです。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、今さらどうこうできるわけでもないからな。ここは諦めて、利用することを考えろ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "実に楽しげに笑いながら、俺の背中をバンバンと叩いてくるハイレン。そんな様子を微笑まし気に眺めているフロウラ。\nはあ……仕方ない。むしろ信頼できる友人が最初からいてくれると思うことにしよう。\n……何かあったらその時は実力行使だ。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ハイレン",
"フロウラ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0105_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "俺は逃げていた。とにかく必死に、命がけで、全身全霊をもって逃げていた。\n理由は当然ながら、さっきの件だ。\n勇者スキャナ=フォン=タニム。正真正銘、本物の勇者。この世界を根底から脅かしていた魔王とその配下を、仲間と共に討ち果たした紛れもない大英雄。\nしかも、その大英雄の正体は見目麗しい貴族のご令嬢。その人気は、紛れもない世界的アイドルレベルである。\nまあ、だからこそどこかのバカ貴族共もやらかしたわけだが……。\nそこで考えてほしい。世界的スーパーアイドルが、大して取り柄もないまさしく平々凡々な男と、衆目の面前でキスをし、好きです宣言をする。\nうん、そりゃあ何も無しで済むわけないですな。嫉妬、怒り、焦り、殺意、その他諸々の真っ黒ピュアブラックな怨念が大爆発して今に至る。\nしかもスキャナの奴、男どころか女にまで人気があるから始末に負えん。\nまさか、アニメや漫画のテンプレとも言える集団鬼ごっこを、この俺が自ら行うことになろうとは……どっかの海の軍師さまでも見抜けなかっただろう、うん。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……でもあいつ……まだ俺なんかを想ってるのかよ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そうならないように、こっぴどく貶したはずなんだけどな……俺のことなんか、綺麗さっぱり断ち切れるように……。\nそう。俺とスキャナは好き合っていた。ハッキリ言えば告白しあった恋人同士で、魔王退治の旅が終わったら婚約、そして結婚、という約束もしていた。\nけれども、その旅が終わりを迎えた時、ふざけきったバカ貴族共がやってくれた。\n五大公爵家といわれる、王国でも最大の力を持った貴族。その筆頭といわれたゴミ共が、スキャナの存在を利用するべく、その力を使って裏で暗躍をしてくれた。\nうちの息子と結婚しないなら、お前の家を取り潰す。その脅迫に、家族を大切にしていたスキャナは揺れた。揺れてしまった。\n迷惑をかけてしまう。そんなくだらない理由で、誰にも……俺にすらも相談をすることなく、あいつは一人で悩み、そして決めた。俺を裏切ることを。\nあの夜のことはハッキリと覚えてる。いきなり呼び出され、そして告げられた別れ話。目の前が真っ暗になって、頭の中は逆に真っ白。多分本当に心臓が止まった。\n他に好きな人ができちゃって、だとかすんげえあっさり言ってくれたけれど、ほんとマジでふざけんな。あんな泣き顔で言われて、誰が信じるかってんだ。\nその後はまあお決まりテンプレだ。スキャナを泣かせた。そのことでぶち切れた俺は、あらゆる力を容赦なく、本当に容赦なく!使って、バカ貴族共を叩き潰した。\nスキャナの件だけでなく、過去にやっていた様々な悪事も徹底的に掘り起こし社会的に抹殺。大賢者としての力でもって物理的に蹂躙。完全に終わらせてやった。\nけれど、それですべてが元に戻るわけじゃない。その一件で、俺とスキャナの間には、確かに溝が出来てしまっていた。\n家族と俺を天秤にかけ、俺を切り捨てたこと。俺達を信用せずに相談すらしようとしなかったこと。自分一人ですべてを背負おうとしたこと。\nそれらすべてがスキャナが背負った負い目であり、俺にとっても許せないものだった。俺達はどちらからともなく距離を空け、会うこともなくなった。\nそして俺は、全てをやり直そうと、大賢者である自分を捨て、一人の学生としての自分を求めた。\nもう二度と、俺とスキャナの道が重なることはない。大賢者としての自分はもういない。そう思っていたのに……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "スキャナの奴……本当に、なんで……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "なんでまだ、俺のことなんて……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "セックスどころかキスすらまだだったんだぞ……綺麗なままでやり直せるのに、なんでまた俺なんか追ってくるかなあ……\nいや、むしろ貶したせいで、罪悪感でも抱いちゃったのか?俺に謝罪しなきゃいけない、なんて……それじゃフロウラと同じだろうに……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "んなわけないでしょーが。女の子の恋心なめんな",
"speaker": "這い寄る恐怖"
},
{
"utterance": "……………………その、いつもながらに突然這い寄る声は……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はあい、みんなのアイドルフランちゃんでーす♪",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "うん、とりあえず何か大事なものを捨ててしまっていることに気づいてくれ、フラン姉",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "特に年齢とか、歳とか、生まれて何年とか……言葉にすると八割殺しにされるので言わないがな!\nとはいえ、別のことに関しては、ハッキリと言っておきたい。いや、言わないと気が済まない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "納得したよ。フラン姉の仕業だったんだな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "昨夜、寮へと送ってきたという人物。今朝、学園にいた理由。その不審者っぷり。この人が裏で仕組んでたというなら納得いく。\nなんといっても、スキャナには俺の情報を徹底的に秘匿していた。俺がここの学生になろうとしている、だなんてあいつ個人で分かるはずがない。\nだったら、伝えた人間がいるわけだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……正確には、あたしの仕業でもある、ね。レンに姫さま、リムちゃんも知ってる",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "そんな俺の追求に、フラン姉はすまなそうに眉をしかめた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……俺を騙してた?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それに関しては素直に謝るわ、ごめん。ただ、最初から仕組んでたわけじゃない\nあんなことがあって、スキャナも相当まいっててね。だけどその本心が、あたしたちにも分からなかった。だから一度だけ、その気持ちを確認してみようと思った\nユウが過去の自分を捨てて、ただの学生としての生活を望んでいる。その情報をね、伝えてみたわけよ。そしたらまあ、あの子、あたしの所に飛び込んできて\n勇者でも大賢者でもなく、ただの学生同士として、ユウとやり直したい。そう泣きながら言ってきた",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "……俺がそれを喜ぶわけない、ってのは当然分かってたよね",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ええ、もちろん。だけどそれでも、あたしは、会わせるべきだと思った\nだって、このままじゃあ、二人とも被害者で加害者のまま終わっちゃうじゃない",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "それを否定はしない。今の俺達は、互いに傷つけ、互いに傷つけられ合った、そんな関係だ。\nけれどそれでも、俺はあいつを許せなくて……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、それでもユウは、被害者側だと思うわよ。あなたが加害者になったのはただの結果だもの。いえ、むしろ加害者になって当然だったのよね\nその上で、あの子に罪悪感が無い、とも言わないわ。なんたって、あれだけ想い合っていたくせに、あんな罠にあっさりハマって、しかも助けられて\nユウでなくたってそりゃ怒るわよ。正直、あたしだって結構血管切れかけてたもの。代わりにバカ貴族の血管切ってやったけど",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "ああ、うん。確かに切ってましたね。切っては回復魔法で治してまた切って、とかやってましたけれども、あの貴族、生きてるのかなあ……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "けれどもねえ、今回は罪悪感、っていうよりは惚れ直しちゃったってところかしら",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "は?あの時の俺のどこにそんな要因が……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "脅迫されて家を取りつぶされそうになり、自分は好きでもないあんぽんたんの慰み者にされること確定。そこに現れ、自分のために悪を滅ぼしてくれた愛しき人\nファーストキスすらまだな処女が惚れ直すには充分すぎてお釣りが抱えきれないでしょうが",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "……あれはあくまでも俺が奴らを許せなかっただけで、別にスキャナを助けようだなんて気は……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "なかったってか、ああん!?",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "すみません、むしろそっちの気持ちのがおっきかったです……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "これは本当のことだ。あの時の俺は、俺のためでなく間違いなくスキャナのために怒っていた。\nスキャナを苦しめ、スキャナを好き勝手にしようとしていたあいつらが、とにかく許せなくて……スキャナを絶対に助けてやる、それしか考えていなかった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あの子も、魔との戦いの中で色々経験して成長してるのよ。しかもずっとユウだけを見てきていた。ユウのそんな気持ちくらい、察しててもおかしくないってこと\nで、あたしたちは、スキャナの想いを分かっていた。好きで好きでたまらないくせに、裏切った自分にはそんな資格ない、なんていうスキャナの想いをね",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "……そういうことか。だから、ハイレンもフロウラもリムもフラン姉もニケすらも、スキャナに協力して、すべてをこっそり話してた、と",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ごめん。ユウの気持ちは分かってたけれど、正直あんたたち見てると歯がゆくてね。なんとかしてあげないとなあって\nだから、これだけはハッキリと伝えておくわ。あの子があなたを追ってきたのは、罪悪感だとかそういうものではなく、ただ本気で好きだから。忘れられないからよ",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "それは、今の俺にとっては衝撃的な言葉だった。けれど、だからといって俺にあいつを好きなままでいろ、というのは無理な話だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……正直に言うなら、スキャナのことは嫌ってまではない。けれど、前みたいにはもう見れない。ただ純粋に、恋愛相手として見るのは今は無理だ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "実際のところ、あの件はスキャナが悪かった、というわけじゃない。むしろスキャナこそが一番の被害者だろう。\nなんたって、もう少しで、あのハゲデブブタカエル貴族の嫁にされるとこだったんだ。だけどそれでも、あいつは俺を選ばなかった。\n家族と俺とを天秤にかけ、家族を選ぶ。これを悪いとは言わない。だけど、助けを求めてももらえずに、ただ切り捨てられた俺はどうすればよかったのか。\n迷惑をかけたくない。そんな理由で、手放したくないものの中から落とされてしまった俺は、あいつにとってなんだったのか。\nただ黙って俺を切り捨て、別の男と入れ換えられてしまった。俺じゃあ、あいつに敵わないと判断されてしまった。\n一度そう思ってしまえば、もう無理だった。前のように、ただ純粋に想い人として見ることは……できなくなった。\nあの時、あいつは確かに俺を切り捨てていたんだ。なのに、今になって俺を選ぶとか、少し勝手すぎないか?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やっぱりさ、俺は自分の中にあるこの怒りを、無かったことにとかできそうにない",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "うんうん、上等上等。今は、って言葉を言えるなら充分。あたしたちだって、二人が元に戻ることを強制する気なんてないしね\nこう見えて、あたしだって実際は怒ってるのよ、スキャナのこと。素直に相談しておけば、あんなこじれることだってなかったってのに\n失ってから、また取り戻しにくるとか、そんな甘いもんじゃないっつーのよ、人の関係は",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "その口調から、フラン姉は本当にスキャナに怒っているのが伝わってくる。だからこそ俺は、フラン姉の言葉を考えることができた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だからまあ、懐かしい友人、とでも今は思ってなさい。ちょっとばかし、ユウを好き過ぎちゃう友人だけど",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "……少し、考えさせてくれ。本当に、どうしていいかよく分からん",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ええ、たっぷり考えて、たっぷり悩んで、それでしっかり答えを出しなさい",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "そう言って微笑むフラン姉の顔は、確かに優しい姉だった。\n俺の、ではなく、俺とスキャナ、二人にとっての……。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"フラン",
"這い寄る恐怖",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0113_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "校舎から出て見回せば、その姿はすぐに見つかった。\n長く赤いツインテールな髪に、その可愛い耳。遠くからでも感じられる上級階級オーラ。うん、多少離れた程度なら一発で分かる存在感持ってるな、この先輩は。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "すいません、待たせちゃいましたか?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "いいえ。お誘いしたのは私の方ですもの。この程度でしたら何も問題はありません",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "急いで駆け寄った俺に、アイカ先輩は優しい笑顔で答えてくれる。\n出来れば荷物を持ってすぐに下りてきたかったんだが、そうは問屋が許してくれないようで。\n教室に戻るや否や、俺と一緒に帰るつもりで待ってくれていた下級生組に、大ブーイングをくらってまいりました。はい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それでは、行きましょう",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "はい。でも、どこに向かうんですか?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "恥ずかしながら、それほどいい場所、というわけでもありませんので……到着まで内緒にさせてくださいな",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "ぺろっと可愛らしく舌を出すアイカ先輩。この人、やっぱり天然の男殺しだろ。\nピンと背筋を伸ばしたまま歩く先輩を追うように、俺も歩き出した。\nアイカ先輩の向かう場所は、王都の外にあった。門をくぐると街を出て、外れの方にある、とある場所を目指す。\nどこか緊張したかのような足取りで歩くアイカ先輩。向かう方角からすると、あそこだろうか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……やっぱり",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そうして辿り着いた泉の公園。\n当然、知らない場所なはずがない。以前にフロウラやハイレンと会う時には、できるだけ人気の無い方がいいからと、よくここを使っていた。\nかつては大勢の人達で賑わった観光名所でもあった場所。けれど魔との戦いの中で、この周囲の大地から魔力が尽き、水を生み出すことができなくなってしまったという。\nけれど、そんな場所にコルト公爵家のご令嬢が、何の用があるっていうんだ?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "王都モルファス、その門を抜けた外れにある、『精霊達が戯れる場所』こと『レヴィアの泉』\n見ての通り、すっかり寂れてしまっていますが、コルト家の管理対象となっていますの",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "コルト家ということは、先輩の?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ええ。もっとも、こんな風になってしまった以上は管理失敗ということなんでしょうけれど……",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "アイカ先輩は寂しげに笑うと、まるで慈しむかのような目で、泉を見た。そして、ゆっくりと周辺を歩き始める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……確か、魔物達との戦いが原因、でしたよね……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ご存じなのですね。ええ、その通りです\nもっとも、そうなってしまったのは、二十年以上も前。私達が生まれる前なのですけれど",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "アイカ先輩はそれ以上の説明をしようとしなかった。過去の人達の責任にせず、コルト家全体の責任として受け止める。そういうことなんだろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……あの、今、私『達』、って言いましたよね……?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺は、聞くべきかどうか少し悩んだが、それでも聞くことに決めた。アイカ先輩は、困ったような笑みを浮かべる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "口を滑らせてしまったとはいえ、随分と耳ざといんですのね\nええ。私には兄がいました。この場所を、誰よりも大切にしていた人です",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "その寂しげな口調に、俺はアイカ先輩が俺を誘った理由を察した。一人で歩くと、きっと引っ張られてしまうんだろう……兄の思い出の中に。\nだから、誰でもいいから同じ場所にいてほしかった。自分を呼び戻してくれる人を。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……過去形、なんですね",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "……ええ。兄は、半年前の魔王との最後の戦いで……\n武力は正直私以下でしたが、人の使い方が上手い人で……コルト家の跡継ぎでした……\n最後の戦いは本当に激戦だったと聞いています。そしてその激戦の結果、勇者さまたちは勝って下さった。共に戦った者として、兄も本望だったでしょう。ですが……\nですが、無念でもあったでしょうね。その夢を叶えることも、可能性を見出すこともできなかったのですから……",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "夢、ですか……?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "この泉を復活させる。自分達の知らない風景を、この目で見てみたい。それが兄の夢でしたわ",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "それを語っていた時の兄の顔でも思い浮かべているのか、アイカ先輩の顔に楽しげな笑みが浮かんでいる。\nそれは確かに、ランザ部隊長の笑顔と重なってみえた。\nこの、枯れた泉を復活か……それが、ランザ部隊長の……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はんっ。現実と妄想の違いも分からず、妄想を抱いたままくたばった、ただのバカだ",
"speaker": "貴族風の男"
},
{
"utterance": "不意に、吐き捨てるかのような侮蔑の言葉が聞こえた。\n視線を向ければ、いかにも、という貴族風の男が数人の取り巻きと共に前方から歩いてくるのが見える。\nうちの制服を着ているということは、一応はうちの学生なんだろう。できることなら同じに見られたくないので勘弁してほしいところだが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ラードさん……",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "そしてこちらも、明らかに好意とは違った顔で、苦々しげに返すアイカ先輩。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やたら辛気くさい顔で出て行ったというからもしやと思えば、やはりここだったか",
"speaker": "貴族風の男"
},
{
"utterance": "……コルト家の者が、その管理している場所へと足を運ぶ。何か問題でもありましたか?",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "いやなに、いつまで死んだ人間を引きずるつもりなのかと思ってな\n所詮はただの妄想。今のままでは決して叶わぬ夢物語だというのに",
"speaker": "貴族風の男"
},
{
"utterance": "楽しげに、相手をジワジワといたぶるように、そんな口調で言葉を続けるバカ貴族。それを、アイカ先輩は悔しげに聞いている。\n兄が大切にし、夢見ていた場所。それを貶されることに対する不快感が、ありありと浮かんでいる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だがまあ、その妄想を現実にする方法は確かにある。お前と、その妄想バカが以前言ってきたようにな",
"speaker": "貴族風の男"
},
{
"utterance": "そんなアイカ先輩の気持ちを知ってか知らずか、バカ貴族は明らかすぎる上から目線でこちらを見下していた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺は構わんのだぞ。例の件さえお前が呑むなら、すぐにでも賛同し、父上に話してやる",
"speaker": "貴族風の男"
},
{
"utterance": "バカ貴族の視線が、嘗めるようにアイカ先輩の身体を上下する。やばい、これだけで俺、こいつ殺してやりたくなった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、これはあくまで私の善意でしかないからな。他に手があるというのならそちらを使うがいい\nもっとも、器の大きさでは五大貴族家随一といえる俺であっても人間だ。いつ気が変わってしまうかもしれんからな。なるべく早く決めることを進めるぞ",
"speaker": "貴族風の男"
},
{
"utterance": "アイカ先輩の胸をじっとりとした視線で眺めながら、舌なめずりをするバカ貴族。ここで殺して死体処分すれば問題ないんじゃないだろうか。\nやめろこのバカ。お前に見られたら、あの素晴らしい形がしぼむだろうが。バカの視線は減らないものを減らすんだよ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、答えは一つしかないだろうからな。私の機嫌を損ねないよう、いらん抵抗はやめておけ。くはは",
"speaker": "貴族風の男"
},
{
"utterance": "そして。バカは本当にバカらしい笑い声を残して引き返していった。本当に何しにきたんだ?マジであれだけのために来たのか、あの集団。\n……時として、バカの行動力って感心するよな……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……アイカ先輩。今のなんなんですか?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "これ以上ないくらいに呆れた顔を浮かべている俺に、アイカ先輩も心底疲れ切ったような溜息を吐く。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……ラード=フォン=ニウムさん。あれでも一応、王国五大貴族の一角、ニウム公爵家の次男ですわ",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "は?五大貴族、ですか?あれで?あんなにバカなのに?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "五大貴族とか、最大勢力だった家をあんな形で俺に潰されてるのに、それをまったく教訓にできてないバカがまだいたとはなあ……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "申し訳ありません。嫌な気分にさせてしまいましたわね\nですが、彼の目的は私です。ユウキさんに危害を加えるようなことは絶対にさせませんので安心してくださいませ",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "でも、アイカ先輩に対して結構不穏な言葉言ってませんでしたか?あの視線も、見られただけで首はねていいレベルでしたよ\n例の件とか、いったい……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それこそ気にしないで下さいな。貴族にとってありがちな話ですから",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "俺を安心させるように、アイカ先輩は小さく微笑む。けれど、こんな状態でまず俺を気遣えるような人だからこそ、気にしてしまう。\nあの言動、どう考えたって、何かを理由に脅してるよな。\n貴族にとってありがちな話って、そういうことだろうし……なんだったら、また潰すか?あのバカの家。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それでは、そろそろ戻りましょうか",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "最後にもう一度この風景を見回して、アイカ先輩は泉へと背を向けた。\nランザ部隊長の夢、か……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アイカ先輩は、その……お兄さんのことを……恨んだり、とかは……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "私が兄を、ですの?なぜ?",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "いえ、結局は、色々と押し付けてる形になってるわけですよね?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "コルト家の後継だとか、この枯れた泉に関してだとか……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふふ。それこそおかしな考えですわね。私は、押し付けられただなんてこれっぽっちも思ってませんから\n後継も、この泉も、すべて私自身が納得しているからこそ、ですのよ",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "そう答えてくれたアイカ先輩の笑顔は、確かに澄んでいた。\n今ここにいない兄への尊敬。それを俺に感じさせるほどに。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"貴族風の男",
"アイカ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0121_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "翌日の放課後、呼び出しを受けた俺は食堂へとやってくると、その姿を探す。お、発見。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "アイカ先輩、マイネ先輩、お疲れさまです",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺の呼びかけに、二人の先輩が顔を向けてくれた。\nこの前の俺の感想を受け入れてくれたのか、マイネ先輩は、あれからメガネを外すようになった。\nうん、やっぱりこの方が可愛いくてよいな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさんも、お疲れさまですわ",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "すみません。お時間を取らせてしまって",
"speaker": "マイネ"
},
{
"utterance": "いえいえ、これがハイレンと二人きり、とかなら全力で逃げますが、お二人と一緒だというならむしろ役得です",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ふふ。相変わらず女性を喜ばせるのがお上手ですわね",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "もう少しその言葉の希少価値を高めていただければ、私もその気になってしまいそうですね",
"speaker": "マイネ"
},
{
"utterance": "クスクスと笑う二人に、俺も笑顔を返しながら、前へと座る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それで、俺に用っていうのは?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はい。実はハイレンさまから、学院の新しい行事についてまとめてほしいと頼まれましたの",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "ハイレン殿下が仰るには、ユウキ様の世界の行事なので、ユウキ様と話して決めてほしい、と",
"speaker": "マイネ"
},
{
"utterance": "……あの野郎。一番ノリ気だったくせに、めんどくさいところを生徒に投げつけやがったな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "今度フラン姉をけしかけてやろう。俺らが背負うのと同等のめんどくささをお前も背負え。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それで、まずはどのような行事がよいのか、ということなのですけれど",
"speaker": "マイネ"
},
{
"utterance": "まずは、どういうものがいいのか方向性を決めまして、それに合う行事を、ユウキさんの知識の中からいただければと思ってますの",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "そうですね。適当に行事の名前を並べても、あまり意味なさそうですし\n差し当たっては、生徒達がまだ馴染み切れてないだろうというのを前提に、でしょうか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そうですね。ですから、チームを組んで、というのは厳しいかと思います。あぶれる生徒が出てしまう可能性がありますから……",
"speaker": "マイネ"
},
{
"utterance": "引っ込み思案な生徒は、自分から相手を探すのは難しいでしょうし……友人を作るキッカケが必要ですわね",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "無理にチームやコンビを作らせようとすると、逆に孤立する生徒を作りかねないですね",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "自由に二人組を作れー、とか、あれなんて教師による公開イジメ!?と俺も何度も思ったもんだ。まあ、俺は幸いにもボッチになることはなかったが。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それに、最初から大騒ぎになりそうなものを企画しても、ハメを外しすぎてしまいそうな気がします",
"speaker": "マイネ"
},
{
"utterance": "そうなると、生徒の皆さんに騒いで楽しんでいただくのは、その後の体育祭としまして、今回は多少大人し目のものがよさそうですわね\n学院は学ぶ場所である、ということは覚えていただきたいですし、真面目な雰囲気のものが良さそうですわ",
"speaker": "アイカ"
},
{
"utterance": "その上で、個人という単位で競い合わせる、というのはいかがでしょう",
"speaker": "マイネ"
},
{
"utterance": "そうですねえ……コンセプトとしては間違ってないと思うので……そうなると、大人し目で真面目で個人単位の競争……あったかなあ、そんな行事……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "正直、日本の学校行事なんて、余程心に残るようなものじゃなきゃ、あんま覚えてないんだよな。\nそこまで色々あったわけでもないし……いや待てよ?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん、今回の行事は『弁論大会』でいきましょう",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そんな俺の言葉を、二人の美貌の先輩は、首を傾げながら聞いていた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"アイカ",
"マイネ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0209_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "はあ……まさかこんなことになろうとは……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あれから適当な理由をつけて二人の元を離れた俺は、全力で学園から逃げ出した。\n正直、あそこまで二人の俺に対する尊敬度が高まっているとは思いもしなかった。クラス内での弁論の内容、広まらないようにしないとなあ……。\nよし、箝口令を敷かせよう。もしクラス外に持ち出したものは、俺ルールで有罪に処す。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんだかすっごい楽しそうな顔してるけど……どうかしたの?",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "その顔をしているユーキの邪悪度は魔王の千倍増しなのじゃ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "なんだ、スキャナにニケか。おいおい、こんなダンディーマスクを捕まえてその言い回しはないだろう?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "むしろ、パンティーマスク、という顔よのう?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "お、上手いこと言うな、ニケ。山田くん座布団ー",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そのヤマダさんが誰かは知らないけど……あの、被りたいなら脱ぐ、よ……?",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "その真っ赤な恥じらいはすげえ萌えるんだけどさあ、キミ達、俺の前だと途端に羞恥ストッパー外すよね",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、外してないもん。すっごい恥ずかしいんだから……\nただ、ユウキが望むなら、できるだけ叶えてあげたいって思うだけで",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "まあ、ユーキの顔に、被りたいから下さい、と書いてあるのがいかんのじゃ\nもっとも、変に隠す輩よりも、ユーキのような素直な男の方が、姫は好みじゃが",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "はっはっは。男の子ですから\nんで、二人は今帰りか?随分遅いけど",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "うん。弁論の直しとか、読む練習とかしてたから",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "教室内はまだ必死な連中でいっぱいじゃ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "安定した職業ってのは、人を変えるものなんだなあ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "こっちの世界でも、就職難は問題ってわけか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でももう終わったから、もし良かったら一緒に帰ろ、ユウキ",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "そうなのじゃ。ではいざゆかんっ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "無理って言っても連れてく気だろお前ら。まあ、別に構わんが",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺は、スキャナとニケ、二人に引っ張られるようにして、寮への道を歩き始めた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "しっかし、思った以上に盛り上がっちゃってるよなあ、弁論大会",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "うん。私もちょっとビックリした。みんな目の色変わってるよ",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "まあ、クラス内の親睦を深める、という意味では良かったのではないか?みな、話し合ったり意見を求めたりと、かなり積極的に繋がっておったのじゃ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "あ、それはあるかも。今までは周りの席の人と話してるだけって感じだったけど、今だと離れた席の人のとこにも行ってるしね",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "個人の知識ではどうにもならない分を補おうと必死なのじゃな",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "そこまでして弁論を頑張るかあ……賞品の件があるにしても、やっぱ凄いなあ。俺なんか、めんどくさくて適当だった覚えしかないのに",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "この世界の娯楽の少なさ、それがやっぱりあるのかもしれないな。みんな、騒げる時には騒ぎたいってことか。\nけどまあ、アイカ先輩達三学年、俺達二学年、で、スキャナ達一学年も仲の方は良好風味、か。この調子なら、体育祭くらいはなんとかなりそうだな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そういえば、ユウキは弁論の方、大丈夫なの?",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "ぎくうっ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "……その反応、準備出来てないのじゃな",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "そんなジト目で見ないでっ\nいや、準備が出来てないというわけじゃないんだが……でもやっぱり出来てない、のかな……?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "正直、あれで本当にいいんだろうか、という疑問が生まれているのは確かだ。だって、もし誰かからアイカ先輩とかの耳に入ったら、俺の名声終了じゃない?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんか、よく分かんない答えだね。ちなみに、どんな内容?",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "本当にただの好奇心かららしく、小さな笑みを浮かべたまま、可愛らしく首を傾けるスキャナ。\nだが今は、その可愛らしい動作が憎らしいっ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いや、その、えっと……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "まあ、ユーキならやはり向こうの世界に関するものか、魔法か、というところかの?新しい何かを考えるほど頑張ったりはせんじゃろ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "……………………ごめん。そこまでも頑張ってない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ねえ、ユウキ。内容なんかは秘密でいいから、どんなものかだけでも教えてよ",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "うむ。ぜひ聞いておきたいのじゃ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "えーと……俺の題材はだなあ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ちょびっと。\nどっかん。\nうん。ここまで相反している二人の前で、胸についてだよ、なんて言ったら間違いなく消されるな……。\n仕方あるまい……すまん、我が戦友、トロンよ。俺、童貞のまま死にたくないんだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "す、数字の神秘について……………………かなぁ、あはは……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "数字って、すっごいねっ。計算出来る人の方が遥かに少ないのにっ",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "うむ。ユーキの国ではほぼ全員ができると聞いてはいたが……これは大騒ぎになるのではないか?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "い、いや、神秘といってもさ、やりすぎちゃうと色々やばいかなー、なんて思うし。う、うん。簡単なものを適当に、分かる人だけ分かる感じで……かな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "バストの数字です……って言ったら色々失うよね、これはうん……。\n先輩ズ同様、まさに憧憬120%の瞳で俺を見上げるチビーズ。女神さま、俺、何か悪いことやったでしょうか……うん、ごめん。きっと色々やってる。\nだ、だが、ここまできたら仕方ない。この際だ、異世界人パワー使って勢いで逃げてやる。\n俺は色々諦めると、乾いた笑いを顔に貼り付けたまま、二人と共に寮に戻った。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"スキャナ",
"ニケ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0215_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "悪夢の『BENRONTAIKAI』が終わってから三日ほど。せっかくの休日を、俺は逃げるように朝から寮を飛び出していた。\nだって、絶対にネタにされてオモチャにされるし。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うう……愛というのはなんて恐ろしいんだ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あれからどこを歩いていても、みんなの視線が生温かい。特に、スキャナと一緒の時の視線ときたら……。\n入学式のキスに続く今回のラブレターだ。嫉妬と殺意は相変わらずだが、学院公式片思いカップル、とかいう称号を与えられてしまった。\n片思いでカップルとか、どんな矛盾だっつーの。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "男として、そりゃあそこまで好意もたれて嫌な気はしないんだが……スキャナ可愛いし、いい子だし、頑張り屋だし、一生懸命だし……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "くそ、こうしてちょっと考えるだけでも長所ばっかり浮かんでくる。\nだが、あんな辱めを受けてだ、落ち着いてなどいられないわけで。\n結果、どこを歩いていてもニヤニヤされてる気がしてしまう身体になってしまった……。\nなんといっても、あの内容を知らない街の通行人すら、俺を見ている気がしてしまう。自意識過剰と言うなかれ。これはむしろ恐怖だ。\n完全に無関係だろうとは思う。分かってる。けれど、どうしても拭えないのだ……。\nみんなが俺をニヤニヤと見ているような気がしてだなあ……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "あー、くそ、スキャナの奴め……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "色々と言ってやりたいことはありすぎて食い放題の店が三つや四つは開けそうなほどなんだが……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大好き……",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "あれを思い出すだけで、すべてが吹き飛んでいってしまう。\nあーそうだよ、嬉しいよ。スキャナにあんなこと言われて嬉しくないわけないっつーの。\nそもそも、あんな大勢の前での告白だ。スキャナ自身が一番恥ずかしかっただろう。それでも言わずにおれなかったわけだ。\nそれはつまり、まんま俺への想いの裏返しなわけで……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……いっそ、スキャナが嫌いになれるような嫌な女だったらよかったのに……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "現実はその反対。あそこまで可愛い上にいい子、そういないよなあ……。もしあの事件がなければ、俺はきっとこのセリフ言ってたかもな。あの壇上で……。\nそんなことを考えながら歩いていると、",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキ兄さま?",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "愛してます、結婚して下さい!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺は『このセリフ』による告白をぶちかましていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "……随分と愛のない告白ですね……",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "あ、ああ、アルームか。すまない、ちょっと考え事の内容による条件反射でな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "でも、それでOKしてしまえば、超お金と権力持ちの大賢者さまの妻として色々好き放題、かもしれません……",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "本当にすまなかった。マジに黒い算段立て始めるのやめて下さい",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "女の子の気持ちを適当に弄ぼうとするからです",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "いや、弄ぼうとしたわけじゃないんだが……男というのは可愛い女の子を見るとどうしてもねえ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "褒めていただけるのは嬉しいですけれど、その言い方ですと、誰にでも言っている、と聞こえますので喜べませんね",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "う……確かに。少し反省しよう。これじゃあナンパも成功しない",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "スキャナのことを考えていたせいだ、なんて口が裂けても言えないな、これは。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ですが、ルビィ姉さまなら躊躇せず乗ったかもしれませんね\nルビィ姉さまの夢が、最短距離で叶いますから",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "夢?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はい。ルビィ姉さま、ストロム商会を世界中に知られるくらいに大きくして、ご両親に報いることを夢見てますから",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "また随分と堅実な夢だな。店を大きくするのは分かるけど、両親に報いる、ときたか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "姉さまのご両親、相当に苦労されてきたそうですから。それを一番近くで見てきたからこそ、なのでしょうね",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "で、そこに大賢者の財力と権力ですか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "商売は夢見るだけではやっていけません",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "胸を張り、ニッコリ笑うアルーム。さすがというか、この子もやっぱりしっかりしてるなあ……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、とはいえ、ユウキ兄さまはもう先約済みなわけですし、難しいでしょうけれど",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "先約?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "聞き返したその瞬間、アルームはその端正な顔立ちをニヤリと歪めた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "相当熱烈だったそうですねえ。スキャナさまのラブレター",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "いやあああ!!やめてええええええ!!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "全校生徒の前で語られる、その愛されるきっかけと想い",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "ぐぬぬ……ルビィか……ルビィのやつかぁ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はあ、女として憧れてはしまいますねえ。そこまで一途に想える相手との出会い。身体を張って守ってくれる愛しいあの人……\nそんな出会い、あたしも経験してみたいです",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "あれ?そういえば俺、アルームとルビィのこと守ったんじゃないか?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "え?……………………ああああっ!\n言われてみれば確かにその通りですねっ。凄い、あたし、そんな夢見る出会いを経験しています!\nユウキ兄さま、結婚しませんか!?",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "なんていうか、百年の恋も冷める勢いだな、これ……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "おれは、現実の恋愛というものを知った。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"スキャナ",
"アルーム",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0218_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "神殿?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はい。やっぱり安らぎを求める人たちの多くは、まず神殿に行きますから。そこで使ってもらって、効果を感じてほしいなって\n特に今は、魔王との戦いも終わって、皆さんが安らぎを求めてる時ですし",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "あれから数日。ルビィは教えたアロマキャンドルを売り込むために、色々と頑張っていた。\nその手段の一つとして、神殿を使ったらしい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それに、礼拝に来た人たちが、みんなホッとしたような表情で、穏やかになっていくんだそうです\n徐々にですが、我がストロム商会に来て下さるお客さんの数も増えてきているんですよ",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "しかし、あれからまだ一週間も経ってないってのに、もうそこまで話持っていったのか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "いくら俺を通じてフラン姉と知り合ってたとはいえ、マジ凄いな。これが商売人モードのルビィなのか……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "スイッチが入ったルビィ姉さまの行動力は凄いですから。どうしても必要なら、竜の巣だって入っていってしまいそうです\nああ、野犬の群れには一度、突撃しそうになってましたっけ",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "……お前、周囲の迷惑考えような",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あはは~。あれは、ですねえ、若気の至りといいますか……し、仕方なかったんですよぉ……\nでもその後で思いっきり叱られまくったので、その、まあ、終わったということにしましょう、うん",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "普段ルビィを信頼しきっているアルームがこんなジト目を送るくらいだから、結構問題になったんだろうなあ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でも、お話を伺った限りでは、そこまで複雑な作り方じゃありませんよね?確かにある程度の魔術技量はいりそうですけど、決してマネできないレベルじゃないですし",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "ああ、うん。それはその通りだと思います。そんなに作るのが難しい品だったら、値段的にも厳しいだろうし、うちなんかじゃ扱えないでしょうから",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "あの、それじゃあすぐに他の大商会に持っていかれちゃうんじゃあ?",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "ふっふっふぅ。そんな困った時のためのユキえもんなのですよっ",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "ぱんぱかぱ~ん。はい、どくせんはんばいきょかしょう~",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "……あの、あたし今、どんな顔すればいいのでしょうか……",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "あ、あはは……ユーキさん、やっぱりこれ恥ずかしいですよぉ。ユーキさんの国の必須やり取りだって言ってましたけど……",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "うん、俺もやってみて、だめだこりゃ、って思った",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "いやあ、こんなの素でやれる奴らとか絶対やばいわー。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "とりあえず、三年間の独占販売の許可はもらっておいた。フロウラから陛下に掛け合って貰ってな\nまあ、これ以上引っ張っても、そこまで話題になり続ける商品でもないからな。さしあたっては充分だろう",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はあ……本当にとれちゃったんですね……なんていいますか、いざという時に大切なのは人の繋がりなんだなって思い知らされました",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "コネは立派なその人の力だからな。コネをバカにする奴は間違いなくコネで死ぬ\n自分に出来ないのなら、出来る人を頼ればいいのだ!そう、魔に対する盾に俺がなれないのなら、ハイレンを押し出せばいいのと同じように!!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "すいません。ハイレンさまにちょっと同情しました……魔王討伐の旅、大変だったでしょうね……",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "まあ、この旅で出来た傷は男の勲章!将来きっと役に立つ!例えば美女とベッドを共にした時とかに!なんて笑ってたからな。こちらも全力で使わせてもらった",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ああ、はい。だったらいいやって感じですね……",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "あの男、黙って戦ってる分には実際かっこいいんだがなあ。仲間のために本気で身体張ってたし。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、とはいえコネも、頼む人材次第だけどな。裏切られたり責任感とか持ってなかったり、結構きっついのもあるから",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ああ、はい。それはもう、よく分かってます。自信満々に胸張って言うから任せてみれば……うう、なんだかお腹痛くなってきました",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "信用が売り物と言われる商人関係は、さぞかし厳しかろうよ……\nま、今回のはちゃんと証書もあるから問題ない",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "その、本当にすみません。何から何まで……",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "まあ、そこまで気にしないでくれ。俺はルビィが相手だから知識も教えたしコネも使った。これが嫌いな奴だったら絶対に無視したし",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ふふ。ルビィ姉さまが、ユウキ兄さまにとってそれだけの価値がある人だった、ということですよね",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "ああ、まさしくその通りだ。だからまあ、これでお前の店が大きくなるキッカケになるなら、俺も嬉しいよ。大事な友人の成功に、手助けできたってことだしな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユーキさん……",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "ああ、やっぱり俺は、こういうのに慣れてないなあ。当然のことだ、って言おうとしてんのに、顔が勝手に熱を持ってしまう。正直、ハズイ。\nそして、そんな俺を、どこか熱に浮かされたような目で見るルビィ。うう、そういう顔ずるいだろ。お前可愛いんだから。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はい、ありがとうございます。そんなユーキさんの気持ちに応えられるよう、あたしも頑張っちゃいますよっ。ね、アム",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "そこであたしにふってごまかそうとするのずるいですよねえ。ルビィ姉さま、お顔が真っ赤ですよ。胸を高鳴らせる乙女、って顔してます",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "う……そ、そんなことないですよー。ちょっと夢を叶える一番重要な第一歩に絶大な協力をしてくれただけの人に転んじゃうとか、あたしチョロすぎちゃうじゃないですかー",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "いえあの……それでまったく心が動かない人って、冷血すぎませんか……",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "うぐ……\nふ、ふんだ、ですよっ。チョロくたっていいじゃないですか!チョロイの最高!ビバチョロイン!!",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "あ、ルビィが壊れた",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "その、ただの照れ隠しなので、気にしないであげて下さい",
"speaker": "アルーム"
},
{
"utterance": "アロマです!そうです、アロマの香りのせいで色々とおかしくなっちゃってるんですね!アロマ!なんて危険なアイテムなのでしょう!!",
"speaker": "ルビィ"
},
{
"utterance": "そう言って、真っ赤になりながら俺に背を向けるルビィ。そんな姿を、俺もアルームも、微笑ましく眺めていた。\nほんと、成功するといいな、ルビィの商売。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ルビィ",
"アルーム",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0221_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "というわけで、ここ一月ばかりずっと調べていたわけだけれど……",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "お前、フラン姉にああも言われてまだ諦めてなかったのか……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "目の前で、拳を握りしめ熱く燃えている男トロン。俺は尊敬を三周ほどして呆れていた。\nこの学院寮の風呂覗き。かつてフラン姉にすら言われたそれを、こいつはまだ諦めていなかったらしい。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああも言われたからこそさ!そう、あれはフラン様なりの、僕への応援だったんだ!\n頑張れ、負けるな!っていうね。いやあ、燃えたよ僕は",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "……絶対にただ面白がっただけだぞ。そんな可愛らしい女じゃないから、あれ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そもそも、スキャナやフロウラがいる寮の風呂覗こうとしてる奴の応援とか、するわけないだろ。\n見つかったら冗談抜きで極刑確定だぞ。いや、捕縛されてって意味でなく、その場でな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "というわけで、一応最適のスポットと、そこに向かうための道筋はなんとか見つけ出したんだよね",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "お前、マジ凄いな……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "結界に囲まれまくったこの寮で、それに感知されずにそれを見つけ出すとか。トロンの奴、騎士団の諜報部隊とか行ったら、マジでやれるんじゃないのか?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でもさあ、一つだけ、どうしてもどうにもならないことがあってねえ……",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "結界だよな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "うん、そうなんだよね。フラン様も言っていたけど、あの結界、ほんとヤバイって。ヤバすぎるくらいにヤバすぎてもうヤバイ!",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "既に言葉でなくなってる気もするが、まあ理解できるぞ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あのフラン姉があそこまで言い切ったんだ。マジに突破できるの、どこぞの大賢者、つまり俺くらい、ってことだろう。\nんでもって、それを分かってるからこそトロンは俺に話しかけてきてるわけだな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "というわけだから、ここはぜひ大賢者ユウキ=ハラ様のご助力をぜひに!!",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "ことわりまーす",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "え、うそ、なんで!?ユッキがこんなに素晴らしい話を断るだとか何か悪いものでも食べた?!\nさてはお前ユッキじゃないな!返せ!僕の親友でおっぱいの大きさについて三日は徹夜で語り合える心友を返せ!!",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "すまん、トロン。俺とお前の友情は本物だ。語り合うというのなら、三日どころか一週間は語ってみせよう。だけど、それでもこれは無理だ\nスキャナやフロウラやアイカ先輩やルビィやニケやリムやマイネ先輩とかの裸を、なぜにお前に見せてやらねばならん!!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺すら見たことがないというのに、断じて断る!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "う……まさかここで男の独占欲が出てくるとは思わなかったよ。ユッキ、実は結構みんなに本気だったんだね",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "ふっふっふ。嫌いだなどと言ったことは一度たりとも無い!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "胸張ってるけどさあ、それって女の子にとっては結構最低の発言だよね",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "言うな。俺も分かっているんだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うーん……じゃあ仕方ない、こうしよう\nユッキが指定する子の入っている時には覗かないっ",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "いや、そんなのどうやってやるんだよ。誰がいつ入ってるかなんて、実際に覗いてみなきゃ分からないだろ。覗いてから、入ってるんでやめまーす、とか認めんぞ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "手はまあ、考えればあると思うよ。たとえばそうだねえ……うん、この部屋でお茶会でもやってさ、みんなを集めちゃうとかどうだろう\nユッキが呼べば、余程何かないかぎりはみんな揃うだろうし、その間に僕は天国の扉を開くわけさ!",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "…………お前、まじ天才じゃないのか?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "こういう行為に関するトロンの頭の冴えは、時としてマジに女神に届くのではないかとすら思えるな。言ったら女神様、ガチギレしそうだけど。\nだが……確かにそれならば……俺もトロンも未知の世界に踏み込めて神秘の情景を堪能できる……まさにウィンウィンの関係だったりするのではなかろうか?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "更に更に、記念すべき第一回の権利はユッキに譲るよ。僕は今日一日その行為を封印する。だけど場所も道もすべて教えよう。だから、今日はユッキが楽しむといいよ\n女の子は風呂好きだし、むしろ入らないと死んでしまう生き物さ。もちろん、スキャナ様だってフロウラ様だって入るだろうし、その他にもね",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "アイカ先輩、ルビィ、ニケ、リム、マイネ先輩その他諸々……俺の頭の中を、美少女達の姿が埋め尽くしていく。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、まあ、どんな感じかを、俺がこの身をもって試してやる、くらいはいいかもしれないなあ、あーははは……\nトロン!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユッキ!",
"speaker": "トロン"
},
{
"utterance": "漢達は、互いのその手を固く握りしめた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "…………トロンの奴、ほんと、よくここまで調べたな。これ、あと三十センチも踏み込んだら結界が反応するんじゃないか?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "トロンに渡された地図とメモとをしっかり読みながら、俺は寮の外へと出た。\nここから大きく外周を迂回し、露天風呂の脇の方へと向かうという順路になっている。\nまさしく複雑怪奇に張り巡らされた無数の結界。これはもう、宮廷魔導師団を本気で全員動員したな。\n並大抵の魔導師なら、解除や無効化はもちろん、存在すら気づかなかっただろう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だがそれでも……俺ならば!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "風呂を覗く。それはもちろん禁じられた行為だ。だが、俺達男にとっては決してさけることのできない、まさに夢への第一歩なんだ。\n男と女。その違いを知るための、さけては通れないスタート地点。ああ、みんなごめんよ。そしてありがとう。俺は今、君達の麗しい姿に、男としての真理を得る。\n俺はカーテンのように閉じられた結界を、自らの大魔力によって音も立てずに相殺する。\n一歩を踏み入れてみれば、そこは真っ暗だった。なるほど、侵入を封じる結界の次は、視界を封じる結界か。だがしゃらくさい。この程度の結界ならば……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキ=ハラさまですね、ようこそいらっしゃいました",
"speaker": "メッセージ"
},
{
"utterance": "はい?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "その瞬間、俺の脳内にテレパシーで話しかけられてるかのように言葉が響いた。若い女性の、けれどどことなく機械音っぽい声だ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "現在、露天風呂の方にはフロウラ様ならびに多数の女性徒の存在を確認しております",
"speaker": "メッセージ"
},
{
"utterance": "おおっ、フロウラが!?いきなりヒット!?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それに伴いましてフロウラ様に、ユウキ様のいらしていることを連絡しました。覗き、よくない、ぜったい",
"speaker": "メッセージ"
},
{
"utterance": "……………………え?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺は、それを聞いた瞬間に理解した。あー、うん。これ、フラン姉の残した防衛装置だ。\nそうだよなー、あのフラン姉が、あんなこと言っておきながら完全放置していくわけないよねー。しかもあの時、大賢者なら、って強調してたしな。\nここに来れるのは俺しかいない。というわけで、俺が来た時のために用意しておいたわけですなー。\nあはは……あれは絶対、俺がこういう行動に出ると知った上で、楽しもうと思ってたな……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん……とりあえず、フロウラに土下座の準備をいたしましょうか……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "フロウラにしか連絡していないフラン姉の優しさに涙しつつ、俺は静かに来た道を戻っていった……。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"メッセージ",
"トロン",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0222_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "その日、ハイレンに呼ばれた俺は、休み時間に空いている教室を利用して次の行事に関する話をしていた。\n当然ながら、体育祭についてである。\nBENRON大会(あくまで弁論ではない)に関する生徒の評判は実に上々。まあ、俺の狙ったものとはまったくの別ものだったが、この際それは仕方あるまい。\nけれども、必然的に、次はどんな行事がくるんだろう、という期待感を煽ってしまったらしい。まあ、こっちもそのつもりで動かしてはいたんけどな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "んー、やっぱ来客は厳しそうだな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "安全面がどうしてもな。身分的に高い生徒が多いから、何かあるなら格好の的になりかねん\n校庭だけならどうにかなるんだが、勝手に色々動かれるとさすがにな",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "ならやっぱり、生徒だけで行う方向だな",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ああ。とりあえず今回でどんな感じになるかさえ分かれば、来年以降は呼べるかもしれん",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "となると、来客を交えての競技は無しの方向だな。初めての行事だし、変に珍しい競技をいれるよりは、基本を並べていくべきか\nケガとかはどうするんだ?やっぱ、貴族の子供がケガしたら面倒に?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "命に関わるとかなら問題だけど、そうでないなら治癒魔法の使い手なんかを集めておけば平気じゃない?なんなら神殿の方で手配するわよ\nまあ、それで文句言うような貴族には、鍛え方が足りないんじゃないの、ぷぷぷーって返してあげれば平気でしょ",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "ほんと鬼だな、あんた",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そうなると、この『騎馬戦』ってのはぜひいれたいところだな。多少激しいが面白そうだ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "逆に、こっちの『マラソン』は地味ね。選手の方も辛いだけって気がするし外していいかも",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "そうだなあ……あんまり難しい競技を前面に出すと、運動や武芸の苦手な生徒が拒否しかねないから、一部のんびりした競技もほしいな。玉入れとかは必須か",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "玉入れってこれ?へえ、なかなか楽しそうじゃない。こういうの、あたし好きよ\nやっぱり、参加する生徒の方が楽しめないと意味ないしねえ……最後はやっぱり、このリレーってやつ?",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "やっぱり、最終競技としてはそれだと思うんだよなあ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "得点に関しては二倍、というところか。最下位が一発逆転出来るような数値にすると、今までのはなんだったんだ、ってことになるしな",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "とりあえず、行う種目は決めておかないとだしなあ……で、フラン姉",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "なに?どうかした?",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "さっきから聞きたかったんだが、なんで当たり前のようにここにいる?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "次の行事について、レンから聞いたのよ",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "さっきも来客を切ったくらいだし、この学院部外者は立ち入り禁止なんですがねえ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "あらん。ダメぇ……?",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "そういってシナを作りながら上目遣いで俺を見るフラン姉。このわざとらしさが流石すぎるわ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああ、うん。ただ言ってみただけ。もうとっくに諦めてるからどうでもいいです",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ま、フランをどうこうできるくらいならとっくに俺がしてるし",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "はあ……もういっそのことハイレンが第二夫人にでもして抑え込んじゃえよ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "お前、そんなに俺のこと憎かったのかよ……",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "そうねえ、レンなら顔はいいし権力あるしお金あるし権力あるしお金あるし権力あるしお金あるし",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "あ、ごめん。もういいストップ。これに権力与えたらまずいって改めて分かった",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺達はフラン姉から視線をそらすと、競技の選別へと戻っていった。\nフラン姉、その勝ち誇った顔は女としてどうなんだ……。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"ハイレン",
"フラン",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0224_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "ふう……やっぱり露天風呂はいいなあ。一日頑張ったご褒美サイコー\nこれでコーヒー牛乳とかあれば完璧なんだが……いや待てよ。これこそルビィに教えてみるべきでは……いや、砂糖が高いから高級品になっちゃいそうだしなあ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "風呂上がりに火照った身体を冷ますように、窓の外を眺めながら一息をつく。\nやっぱりね、一日の終わりは湯船に入らんと疲れ抜けません。\n旅の時には風呂なんかほんと入れなかったしな。川とかで身体拭いたり、小さな村でタライにお湯もらったり。\n……ちょこっとスキャナの胸とかフラン姉の胸とか覗いちゃったのはナイショだ。離れたところで身体拭くくらいしかできなかったしね。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うし。明日に備えてもう寝るかね",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "軽い背伸びをして戻ろうとした瞬間、何か白いものが視界の端に映った気がした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それが妙に気になった俺は、窓から外を見回してみる。なんだろう、何やら白っぽいものが動いているような……って、まさか。\n俺は玄関の方へと足を向けていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はあ……はあ……はあ……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "外に出ると、丁度フロウラが走るのを止め、息を落ち着かせているところだった。\n王女にして神託の巫女として、運動なんてほとんどしたことのないフロウラ。体力だってそれほどあるわけもなく、結構苦しそうだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "大丈夫か、フロウラ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "え……あ、はぁ……ユウキ……はぁ……さま……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "ああ、無理して話さないでいい。とりあえず休んでくれ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、はい……はぁ……すみま、せん……はぁ……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "フロウラは本当に苦しそうに、寮の壁に身体を寄りかからせる。空を仰ぎながら、懸命に空気を求めていた。\n俺の差し出した水を受け取ると、ゆっくりと飲んでいく。\nそれから数分、ようやく落ち着いてきたのか、フロウラは俺に笑顔を向けてくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "すみません、お水、ありがとうございます",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "いや、俺の方から来たんだし気にしないでくれ\nにしても、夜のマラソンとか、フロウラ、そんなのやってたっけか?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "窓から見えたのは、一生懸命に寮の前を走り続けているフロウラの姿だった。\n少なくとも、体重がどうこう気にするようなスタイルじゃないよな。まあ、これでも女の子は気にしちゃうのかもしれないけど。\n俺の質問に、フロウラは恥ずかしそうに首を左右に振った。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いえ、恥ずかしながら今日からなんです。少しでも、体育祭で頑張りたいな、って",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "あー、ひょっとして、あの賭けのため、か?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "えっと、それだけ、ではないんですが、それが大半ですね\nユウキさまとのデートはもちろん行きたいですし、やっぱり、クラスのみんなと一緒に楽しみたいなとも思いますし\nでも私、運動は本当に苦手ですから……あまりに結果が酷すぎると迷惑かけちゃいますし",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "まあ、それに関してはあまり気にしなくてもいいと思うけどな。ハイレンも言ってたし、そもそもこの国の連中がお前に求めてるのは、そんな部分じゃないだろうしさ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ふふ。それでも、ですよ。皆さんと同じように楽しむためには、やっぱり私も、同じ高さに立てる努力をしませんと",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "王族らしからぬ親しみやすさと、そのための努力。フロウラが国民から慕われてるのは、こういうところなんだろうな、やっぱり。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そっか……なら俺が何か言うのはおかしいな。頑張れよ、フロウラ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はい、ありがとうございます。デートの約束も、忘れたらいやですよ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "分かってるよ。でもさ、たかがデート一回だろ。別に今後も出来ないわけじゃない。それに関しては、そんな無理しなくてもいいんだぞ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それはダメです",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "俺の言葉に、フロウラは珍しく強い否定を発した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "だって、運動が苦手だから……たったそれだけの、その程度の理由で引き下がってしまったら、皆さんの想いに負けちゃいます\n正直に言えば、勝負そのものは勝てると思っていません。でも、それは勝てなくてもいいんです。他の皆さんだって、ずっと昔から頑張ってきたから今の能力なんですし\nでも、それでも……ユウキさまへの想い、という一点に関してだけは、絶対に負けたくないんです。負けてなんてあげません。だがら、頑張りますっ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "その両手を握りしめ、むん、と可愛らしく気合いを入れるフロウラ。その言葉は間違いなく本心だ。それが分かる。\nそしてその言葉を聞いて、俺は驚いていた。俺はひょっとして、間違えてたのか?勘違いしてたのか?\nフロウラの俺に対する気持ちっていうのは……所有物って言葉の意味は……違うのか?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "な、なあ。フロウラはさ、俺とのことどう思ってるんだ?その、いつも所有物だ、とか言ってただろ。そこに恋愛感情とかって無理に持ち込まなくても……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "無理になんて持ち込んでいませんよ。むしろ、そちらの方が先ですから",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "まさかと思って尋ねる俺に、フロウラの答えは即答だった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "先?えっと、それはつまり……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ですが、これ以上を求めたいとは思いません。でないとさすがにズルすぎますから。他の皆さんに申し訳が立ちません\nですから、私はあくまでもユウキさまの所有物。それでいさせて下さい",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そんな言葉を口にするフロウラの目は、確かに俺を、俺だけを見つめていた。\nそこに感じられる想いも、熱も、疑う余地なんてまったくなくて……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "なんで、所有物だなんて……",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ふふ。王族の女には色々あるんですよ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "その口元に浮かぶ、自嘲めいた笑みに、俺はそれ以上を聞くことが出来なかった。\nけれど納得してしまう。自分が完全に間違えていたことを。\n風呂を覗こうとした時のフロウラ。あんな風に自ら裸を見せようとしたりとか、謝罪にしてもおかしいと思っていた。\nけれど、もしあれが俺への想いからだったとすれば。\nあんな姿を見せてまでも、他の子達に負けたくないと、そう思ってくれての行動なら。\nあの時のフロウラは、いったいどれだけの羞恥をこらえていたんだろう。それだけじゃない。俺の前のフロウラの行動や言動のすべてが、その想いから来てるなら……。\nスキャナのような、強い想いじゃないのかもしれない。ニケのような、強い憧れでもないのかもしれない。それでも、そこにわずかながらに、そんな想いがあるのなら……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ごめんなさいっ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "え?あの、ユウキさま?頭を上げて下さい。その、謝られる理由が……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "フロウラがこれ以上を言えないというなら、俺もあえて言わない。けれど、悪かった",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "フロウラが言葉にしない以上、その気持ちが本当はどんなものなのか、俺には分からない。それでも、俺が考えていたものと、違うような気がする。\nなら、俺は謝らないといけない。だから俺は、頭を下げる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさま……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そんな俺の気持ちをちゃんと受け止めてくれたのか、フロウラは嬉しそうに微笑んでくれた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それでは、私はもう少し走っていきたいと思いますので、ユウキさまも早めに休んで下さいね",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そしてフロウラは一礼すると、またゆっくり走り始める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まったく……本当に女っていうのは強いよなあ。男なんて、どう足掻いても女の手のひらの上、って気がするよ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "一生懸命に走り続けるフロウラにもう一度だけ視線を送って、俺は寮の中へと戻ることにした。\n俺の関係することで頑張ってくれてる子の姿をジッと見てるっていうのは、なんだかズルい感じがしてしまったから。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ああ、リム。丁度良かった",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユウキさん、外に出てらしたんですか?",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "ああ、ちょっとね\nそれで、今フロウラが頑張ってるからさ、無理しすぎないように見てあげてくれ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "姫さまがですか。はい、分かりました。お任せ下さい",
"speaker": "リム"
},
{
"utterance": "これでフロウラの方も大丈夫だろう。俺は外に向かっていくリムの姿を見送って、部屋への階段を昇っていった。\nほんと、俺も頑張らなくちゃなあ、色々と。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"リム",
"フロウラ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0226_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "おし、んじゃ俺達の出番だな。行くか、フロウラ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、はい。よろしくお願いしますっ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "俺はフロウラの手を取ると、みんなの声援を受けつつ待機場所の方へと向かっていく。\nちなみに、手を握ってるのは、この競技が二人一組のものであり、別れて合流が遅れるとまずいからだ……という名目で俺がただ握りたいだけである。\n白魚のような手、というのはよく言ったものである。すべすべで柔らかくて温かくて、実に素晴らしい手触り。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "いいか、フロウラ。俺達の種目は、単純ではあるけれど二人で息を合わせないと勝利は難しい",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、はい。だからこそ、ですよね。ここ数日の特訓は",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そうだ。そして俺達は完璧な呼吸を身につけた",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "絶対に勝てる……いえ、勝ちますっ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "俺とフロウラの参加する二人一組の種目。それはもちろん……。\n二人三脚である!",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "フロウラ、もっと密着して構わないから、肩を",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、はい。すみません、これくらいで……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そうそう、これでOK",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "足を結び、肩を組んで、その身を寄せ合いゴールを目指す、まさしく体育祭の伝家の宝刀!\n最近の体育祭だと、三人とか四人くらいの人数にして難易度をあげてるところもあるみたいだが、この世界では初めてだからな。そんなに難易度を上げても意味がない。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。俺とフロウラなら、息はピッタリだ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、はい。練習を思い出して頑張りますっ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "その頬を赤らめ恥じらいながらも、その身体をピッタリと俺にくっつけるフロウラ。\n豊満な身体が……特に一部の……俺の身体に押し付けられ、形をわずかに変えている。なんという役得。\nちなみに、こうなったのは俺が押し通したから、なんて理由では断じてない。\n邪さんな心の持ち主が多かったため、二人三脚はくじ引きとなったわけだが、そこで見事引き当てたのがフロウラだった。\n当然のように男性陣が色めき立ったが、王女様と密着するようなパートナーを、普通の人間に任せられるわけもない。というか、ハイレンが切れた。\nフロウラは、恥ずかしそうにしつつもどなたでも構いませんと言っていたが、さすがにそうはいかないだろう。うん、ぶっちゃけハイレンが切れなかったら俺が切れた。\nというわけで、俺がそのパートナーになった、というわけである。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、にしても役得だな。フロウラとこうしてられるとか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ユウキさまに喜んでいただけるなら、この身体を磨いてきた意味もありました",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "嬉しそうに微笑むフロウラ。この笑顔が自分のために向けられてるとなれば、普通の男は死ぬ気で頑張るよなあ。俺ももちろん頑張ります。\nスターター役の教師の手が真上に上がる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "位置について……ヨーイ\nスタート!!",
"speaker": "スターター"
},
{
"utterance": "スタート代わりの爆炎魔法が、小さく打ち上がった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "フロウラ!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "はい、大丈夫です!",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "今日にいたるまでの数回の特訓によって、俺とフロウラの息はまさしくピッタリになっている。\n少しのズレもなく同時に動いた俺達の足は、左右の選手より確実に一歩先に出ていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "イチ、ニ、イチ、ニ……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "真剣な表情で、呪文のように呟きながらタイミングを合わせるフロウラ。\n俺の方が背は高い。だが、スラリと伸びたフロウラの足は長く……結果ほとんど同じ長さという悲しくも切ない現実。\nけれども、その現実のおかげで俺とフロウラのタイミングがずれることはほとんどない。\n互いにしっかりと身を寄せ合い、タイミングを合わせ、お互いの呼吸を感じながら前へと進む。\n少し視線を下げれば、ぽよんぽよんと揺れる実った果実。いやもう特等席にも程がありますわ、この場所。\nあとはこの幸せをフロウラにもお裾分けできるよう、このままトップでゴールするだけだ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "フロウラ、このままトップとるぞ!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "は、はい!よろしくお願いします、ユウキさま!",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "見学している生徒達から悲鳴のような声があがる。誰か転んだな。そしてもう一回、同じような悲鳴が。\nふはははは。当然だ、俺とフロウラのコンビにこの競技で勝てる者などそうはいない。なんといっても足の長さが違うのだからなこんちくしょう!\n左右から追ってくる気配は無い。多分両方とも転んだんだろう。とはいえ、遅れてるとはいえ、転んでいない選手もまだいるはずだ。\n転んだ瞬間、俺達はきっと追い抜かれる。だから俺は転ばぬよう、そう、あくまでも転ばぬよう、もっと強くフロウラを抱き寄せ、その身体を固定した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさま、走りにくくはないですか?",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "全然大丈夫だ。むしろ身体が安定して気持ちい……じゃなかった走りやすい!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "も、もう……ユウキさま、えっちです",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "いかんいかん、つい本音が。\nけれど、そんな俺に対するフロウラの声は、笑っていた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "おっしゃあ、ゴール!!",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "ゴール、です!",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そして俺達は、その後転んだりすることも、たたらを踏むことすらもなく、見事トップでゴールした。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ユウキさま、ありがとうございましたっ",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そして、本当に嬉しそうな笑顔で俺へと応えてくれるフロウラ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "俺の方こそ。フロウラがパートナーでほんと走り安かった",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "それに気持ち良かった、ですか……?",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "はい、その通りでございます",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "勝たせていただいたお礼、というにはちょっと安かったでしょうか……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "いやいや。むしろこっちは大儲け。大変素敵な商売をさせていただきました",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "私、こんな風に他の誰かと一緒に勝つって、初めてなんです\n一緒に走れたのがユウキさまで、本当によかった……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そんなフロウラの笑顔に、俺も笑顔で返す。\nフロウラには、王宮にいたんじゃ味わえない色々なことを、もっとたくさん知ってもらわないとな。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"スターター",
"フロウラ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 0232_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "悠樹と別れたフランは、そのまま学院の外へと向かった。必要な話はもうすんでいる。悠樹と出会ったことも、ただの偶然でしかない。\nとはいえ、さすがに少し失敗したかな、と肩をすくめた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うーん、やっぱりさっきのは踏み込みすぎちゃったわよねえ……ごめんね、ユウ、スキャナ\nでも仕方ないじゃない。二人とも、見ててじれったいんだもん",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "呆れたような顔を浮かべながら、フランは校舎の方へと振り返る。\nそして、さっきハイレン、フロウラと共に話していたことを改めて思い出した。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "やっぱり、間違いないのか?",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "ええ、各地の神殿すべてと連絡をとって、可能な限り人手を割いて調べたけれど、どの文献にも存在しないわ\n異世界から召喚された人物の、元の世界への送還実績なんて",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "残念そうに首を振ったフランに、フロウラが悲しげに顔を俯かせる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そうですか……やっぱり、ユウキさまは戻れないのですね……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そこで落ち込むな、フロウラ。お前はそれを分かった上で、それでもこの世界のために心を鬼にした。だから、それは間違ってなかったんだと胸を張り続けろ\nでなければ、それこそユウキに申し訳が立たない",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "そうね。あの時姫さまが強引にでも押し通さなければ、あたしが間違いなく握り潰したわよ、あの儀式\nそうなれば、大賢者はこの世界に存在せず、魔王も未だ倒せていない。犠牲はきっと増え続けていた",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "はい、それは分かってます。あの時の決断を間違っていたとは思いません\nですがそれでも……私がユウキさまから様々なものを奪ってしまったことは……変わりません……\nユウキさま、時々、寂しげな表情で空を見上げることがあります\n無意識でやっていることのようですけれど……やっぱり、本心では帰りたいと思っているんです……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そうだな。それを悔いるなとまでは言わないさ。けれど、だからこそお前はユウキにすべてを捧げた。すべてを奪った分、すべてを捧げたことでな、代償は払ってる",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "大切なものは人それぞれで違うから、その代償が彼にとって充分なものかは分からないけれど……少なくとも、その姫さまの気持ちはちゃんと理解してるわ。ユウは",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "……だからこそ、ユウキさまは、私に普通に接してくれているのですよね。私は、それに少しでも応えないと……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "別にフロウラ一人で応える必要はない。帰りたいという願いを叶えてやることができないなら、他にできることは限られる\n帰れないなら、帰りたくないと思わせてやればいい。元の世界よりこの世界にいる方が幸せだと、そう思わせてやればいい",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "あら、レンにしてはいいところつくわね。その考え方、気に入ったわよ",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "あいつがこの世界での生活を幸せだと思い、帰りたいという想いを忘れていくほどに、その苦痛は軽くなるはずだ。そのための協力なら惜しまんぞ",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "そんなの当然でしょうに。でも、そのキーポイントになるのは、やっぱり",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "フランは微笑むと、フロウラを見た。ハイレンもまた、それに続くように頷きフロウラを見る。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "フロウラ、お前とスキャナの二人だ。これでもかというほどに女の武器を使いまくれ!揉ませろ!撫でさせろ!挿れさせろ!!",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "あの、お兄さま……その考えが間違っていないのは分かるのですけれど……その……あうう……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "フロウラは、やっぱり真っ赤になって俯いてしまう。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "もうちょっと言葉選びなさいよ。姫さま、感じて、感じさせて、出させるのよ!!",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "出さっ……!!",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "いや、それもどうかと思うぞ……\nなんにせよ、だ。帰りたいと思わせないための最大ポイントとしては、こちらの世界に一番大事なものを作らせることだろう\nそれがあるから、向こうには帰れない。帰りたくない。そうなってくれれば、あいつはこちらの世界で幸せになれる",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "それは、本当ならスキャナさまがなるはずだったもの、ですね……いえ、今もきっとそうだと思いますけれど……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そうね。そのためにも、可能であればまたくっつけちゃいたいところなんだけど……今ならそこに姫さままでついてきて、男としてこれ以上の幸せなんてないでしょ",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "ああ、間違いない。これだけの美姫二人、向こうの世界に戻ればもう手に入らないだろうからな",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "あ、あの、私がユウキさまのものになるのは、私自身の願いでもありますし問題ないのですけれど……スキャナさまは……",
"speaker": "フロウラ"
},
{
"utterance": "そこなのよねえ……",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "そこだ。強引にでも押し込んでしまっていいものか……ある意味ユウキにとってのトラウマだからな。逆効果になる可能性も……なくはない",
"speaker": "ハイレン"
},
{
"utterance": "そうして三人は、溜息をついて黙り込んでしまった……。\n先ほどの会話を思い出したフランは、校舎を見上げたままで、今度はさっきまで会っていた弟子の顔を思い浮かべる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "男女の関係っていうのは、やっかいよねえ。できれば手を出したくなかったんだけれど……\nでもまあ、こちらの世界に留めてしまった者の一人として、あたしたちには、あなたに幸せになってもらう義務がある\nあの子が、あなたにとっての一番になってくれると嬉しいんだけどなあ。両方の友人として",
"speaker": "フラン"
},
{
"utterance": "フランはヤレヤレ、と肩をすくめると、神殿に戻るために背を向けた。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"フラン",
"フロウラ",
"ハイレン"
] | 10_Runabout | 1306_converted.jsonl |
[
{
"utterance": "深夜、と呼ぶにはまだ早い時間。消灯まではまだそれなりの時間がある。スキャナの部屋へと行こうとした俺は、そこに二人の姿を見た。\nどこか神妙な顔をして外の方へと向かっていく二人。俺はなんとなく気になって、その後をついていった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うん、ここならいいよ。部屋だと、ユウキが来ちゃうかもしれないしね",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "よいのか?ユーキと話さないで",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "うん。多分、今ユウキと話したら、泣いちゃうからね、私。それはダメ。絶対にダメ\nそれは間違いなく、ユウキに対する裏切りだと思うの",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "姫からすれば、今のスキャナの態度こそ問題あると思うのじゃが……",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "はあ、と呆れるニケに、スキャナが、そ、そうかな、と慌て出す。\n隠れて見ている俺からすれば、そうだもっと言ってやってくれニケ、という感じではあった。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "それで、本気でユーキを送還するつもりなのかの?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "うん。たった一度しかないチャンスだもんね。必ず成功させる。させて、ユウキを元の世界に戻してあげる",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "……少なくとも、今のユーキは本気でお主を愛しておるのじゃ。見てるこっちがイラついて何度後ろから極大魔法で吹き飛ばそうかと思ったかっ、くらいにはのう",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "ニケさん、それシャレになってない。あれ、俺達そんなやばかった?",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "その状態で送還されて、ユーキは幸せになれると思っておるのか……?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "少なくともね、私は、そう思ってる……\nニケなら分かるよね。家族がいてくれるってことが、どれだけ幸せなことか……",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "……それを姫に問うとは、ズルすぎるのじゃ……",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "ごめん。だけど私もね、家族を盾にされて、強引に結婚を迫られて……やっぱり思っちゃったんだ、家族を守りたい。一緒に笑っていてほしいって……\n家族なら全部が仲がいい、なんて言うつもりはないよ。実際、旅の中でも、弟に嫉妬してる、どうにもならないワガママな兄とかいたし。最後には縁切られてたけど\nでも、ユウキを見てると分かるよ。旅の途中のお話の中に、何度も家族や友だちのことが出て来た。あれは、慕ってるから、仲がいいから、だよね\nユウキの気持ちと、ご家族の方のユウキに対する気持ち……それを考えたら、その先はもう言えないよ",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "笑顔で答えるスキャナ。だけど笑顔だからこそ、分かってしまった。その違和感に。スキャナの声が、わずかに震えていたことに。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "うむ。スキャナの建前はよく分かった。ユーキのことを考えたからこそ、そう言ってるのは\nそれで、本心ではどうなのじゃ?お主はユーキが帰って大丈夫なのか?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "うん、大丈夫。私の中に、ちゃんとユウキはいるから。ユウキとの時間はね、私がお婆ちゃんになったって、決して色あせないで残ってる\nだから、私はユウキとずっと一緒。大丈夫だよ",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "うむ。お主の建前はよく分かった。それで、本心ではどうなのじゃ?お主はユーキが帰って大丈夫なのか?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "あのねえ……だから、大丈夫だって言って……",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "姫が聞いているのは、お主の本心だと言ってるのじゃ。そんな表面を無理やり塗り固めたような強がり、通せると思うな、なのじゃよ\nそれでごまかせるなどと思っているなら、さすがに姫に対する侮辱じゃぞ\nいいか、もう一度聞く。本心ではどうなのじゃ?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "ニケの静かな追求に、笑顔だったスキャナの表情が歪む。\nスキャナは、湧き上がる何かを懸命に抑え込もうと歯を食いしばり、けれど、それを抑えきれないとばかりにニケに力いっぱい抱きついた。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "帰ってほしいわけ、ないじゃないっ!やだよ、帰ってほしくなんかないっ。一緒にいてほしいっ",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "そして、その双眸からいっぱいの涙をこぼしながら、ただ叫ぶ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "抱きしめてほしいし、優しく頭なでてほしいし、キスだってしてほしい!好きだって言ってほしいし、いつかは、赤ちゃんだって……っ\nだけど……だけどそれでも……ユウキに幸せでいてほしい……ううん、違う\n私は、ユウキにいっぱい幸せをもらった、幸せにしてもらった。だから、今度は私がユウキを幸せにするんだっ\n今度こそ絶対に、私が!",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "溢れ出る感情の奔流を思うがままに放出し、ニケへとぶつける。\nここに俺が隠れている事も知らず、スキャナはその本心を、思い切り解き放ってくれた。\n俺の想いも、スキャナの想いも、色々な人の、様々な想いがあるのだろうけれど、でも一つだけ、確信できる。\nスキャナのどんな言葉も、それは本当に俺を想ってくれてのことだということ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まったく……本当に難儀な娘じゃの、お主は",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "そんなスキャナの身体をしっかりと支えながら、ニケは笑う。\n優しく、まるで母親のような笑みを浮かべ、スキャナの熱い激情を受け止める。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "そこまでユーキのことを愛しているなら、いっその事奪い取ってしまえばいいだろうに\n相手が別の世界の家族だろうと……今引き止めれば、二度と奪われることはないぞ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "それはダメ、だよ……そこには私の気持ちだけしかない……私の願いしかないもん……\n私の願いよりも……ユウキの幸せのが大事……",
"speaker": "スキャナ"
},
{
"utterance": "そうか……なら、姫から言うことは何もないのじゃ。好きにするとよい",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "ただ静かに、慰めるようにスキャナの頭を撫で続けるニケ。まったくもって、頼りになる後輩だ……。\nきっとニケは、あえて言わなかった。\nスキャナの願いを叶えた方が、この世界に残る方が、俺の幸せになる可能性を。\nそれを決めるのは、俺とスキャナだ。俺達の気持ちだ、そういうことだろう。\n俺はそれ以上聞くことをやめ、音を立てないよう気をつけながらその場を離れた。\n俺の幸せ、か……それはいったいどこにあるのか、何が一番の幸せなのか……。\n好きな人は、一人じゃない。恋人として好きな人。家族として好きな人。友人として好きな人。\n一人も不幸にならない幸せなんていうのは、ないものなのかな……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ん?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そんな物思いに耽っていたところで、小さくノックの音が響く。\n扉を開けるやいなや、ニケが当然のように部屋へと入り込んでくる。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ふふん。さっきぶりなのじゃ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "……もしかして、気づいてた?",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "うむ。乙女の秘密をバッチリ覗いていたようじゃのう",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "ニンマリ笑いで返してくるニケ。そういえばニケの一族は、気配に特に敏感だったな。隠してたつもりなんだが、無理だったか……恐ろしい子っ。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "ま、覗いていたことを責めにきたわけではないのじゃ。着替え中だったりしたら、それを盾にして第二夫人の座くらいは奪い取ったかもじゃが",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "女の武器平然と使おうとしてるよ、この子っ。恐ろしすぎる子っ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "女の身体というのは男の人生に匹敵するくらいの価値があるということじゃな\nで、じゃ。とりあえず、意思の確認に来たのじゃが……結局、ユーキはどうするつもりなのじゃ?",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "それはもちろん、さっきのスキャナの言葉を聞いていたことを前提として、だろう。\n正直、色々と悩んだし、まだ悩んでもいるんだが……やっぱり一つしかないな。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "まあ、この前言ったのと変わらないな。お前の言ったとおり、全部周囲に任せるよ\nスキャナの想いと、スキャナの幸福。どっちも俺にとっては大切でさ、選べそうにないんだ\nだから流れに任せて、その上であいつが選んでくれた道を行こうと思う",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "俺が帰った方がいい、という想い。俺がいた方がいい、という幸福。どちらも本当に大事にしてやりたい。\n俺としては、当然一緒にいたいと思う。だけど……。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "でもま、今のままなら多分帰ることになるだろうな\n少なくとも、俺は一度スキャナを傷つけた。あの時あいつは俺を裏切ったが、同時に俺もあいつを裏切ってた。今ならそれが分かる\nだから今度こそ、あいつの想いを裏切りたくない。あいつが俺を想って、そうするべきだって決めてくれたなら、俺はそれを受け入れる",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "お互いに裏切って、お互いに二度と裏切らないって決めた。だからまあ、そんな想いだって、きっとありなんじゃないだろうか。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "はあ……二人とも、本当にめんどくさい純愛してるのじゃ",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "はっはっは。世界最高のラブラブカップルだぞ、俺達は。当然じゃないか",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "そうじゃなあ。互いが互いの幸せを考え実行しようとしている。寂しい結果になってしまうのかもしれんが……そんな愛というのも確かにあるんじゃろう",
"speaker": "ニケ"
},
{
"utterance": "そう苦笑するニケに、俺も頷き、そして迷いのない笑顔で答える。",
"speaker": "地の文"
},
{
"utterance": "その分、せいいっぱいスキャナを愛してみせる。これは俺の絶対だ",
"speaker": "悠樹"
},
{
"utterance": "我ながら、めんどくさいと思う。なんだこのカップル、って思う。だけどまあ、そうなってしまうなら仕方ない。\n互いを嫌った結果でなく、互いのことが好きで好きで仕方ないからこその結果なんだ。それだったらまあ、仕方ないじゃないか。\nそんな風に思う俺を見るニケの笑顔は、やっぱり、優しかった。",
"speaker": "地の文"
}
] | [
"スキャナ",
"ニケ",
"悠樹"
] | 10_Runabout | 1328_converted.jsonl |